運命の夜 Ⅱ

「・・・・・・とまぁ、わたくし平賀才人はその時から、ルイズ・フランソワーズ嬢を好きになってしまったワケで・・・・・・いや、だからどうしたって言われたら、それまでなんだけどさ・・・・・・」

 結局グダグダのまま終わらせてしまい、恥ずかしくなった才人はルイズから視線をそらしてしまう。

 ・・・・・・はぁ、なにわけわかんないこと言ってんだよ。ルイズはこんなに成長したっていうのに、・・・・・・

 答えに困る話をしてしまったばかりか、せっかく切り上げてくれた話題まで掘り返している。もう少し気の利いたこと言えただろ、と自責に沈む才人だったが・・・・・・ふと、恋人がその指で自分の背中をつついていることに気づいた。

「ルイズ?」

「ね、そのことなんだけど。あんた保健室でのこと覚えてる? わたしが心配して見に来たら、テファの胸揉んでたときのことよ」

 ゆっくりとした語り口。思わず怯む才人だったが、蒸し返してしまった以上ルイズの話も聞くべきだ、と腹をくくって頷いた。

「あのときわたし、あなたがウソついてるって思ったの。わたしへの当てつけなんだって、大きい子が好きなんだって。勝手に怒って悲しくなって、その気持ちをあなたにぶつけてばかりだった」

 朗々とつづくその声に、黙って才人は耳を傾ける。説教のたぐいではないようだが、話の意図が分からない。

「だから本当のことをテファから教えてもらったとき、すごく怖くなったの。・・・・・・嫌われちゃったらどうしようって、二度と帰ってこないかもって思っちゃって。気付いたらあなたを捜してた」

「ああ、だから覗きの話も聞いてくれたのか。素直に信じてくれたから驚いたよ、お前のとこから出てって一日も経ってなかったから」

「そういうこと。でも、わたしがもっと素直だったら、あんな勘違いしてなかったのよね。好きって言ってあげられなかったから、あなたのことも疑っちゃったワケだし。・・・・・・いや、あなたもあなたでひどいことしたんだけど、でも・・・・・・」

「ひどいこと」という言葉が才人の耳に残るが、わざわざ藪の蛇をつつく必要はない。知りたい気持ちをこらえて聞き流していると、独り言のような呟きがピタリと止まった。

「・・・・・・つまり、あんたってばヌケてるから、たまにはわたしの方からもその、ちゃ、ちゃんと伝えてあげるべきよね。うん」

 そう言うとルイズは意を決したように、才人の顔をのぞき込んでくる。

 なにを言うつもりだろう? と様々な想像が頭を巡ったが、ルイズの問いを耳にした瞬間、思考はどこかに吹っ飛んでいた。

「ねえサイト、その・・・・・・、き、キスしても・・・・・・いい?」

 途切れ途切れなその声に、才人は雷に打たれたような衝撃を覚えた。キス「して」とねだられることはあれども、キス「させて」と言われたことなどついぞなかったからだ。

 え、あの、聞き間違いじゃなくて? そもそもルイズからのキスだなんて、今まで数えるくらいしか・・・・・・

 驚き戸惑うその間に、頬を両手で掴まれ引き寄せられる。重ねた唇から恋人の小さな舌が、才人の口に滑り込んできた。

(!? っな、ななな、なぁッ・・・・・・!?)

 口の中をめちゃくちゃにされて目を白黒させる才人だったが、唇を何度も合わせるうち、次第に恋人の様子がおかしいことに気付く。

 ───上目遣いに自分を見つめる、潤みきったその瞳。上気した頬の赤みは留まることを知らず、重ねた唇から吐息を漏らすごとにその火照りを増している───いやこれはもう完全に、紛れもなく───

(・・・・・・で、出来上がって、いらっしゃる・・・・・・?)

重ねる唇からは熱とともに、精一杯の「イエス」が伝わってくる。しかしそれを知りながらも、自分の想定を次々と超えていくルイズの行動に才人は戸惑っていた。

 これが自ら勝ち取った勝利であれば心の中で喝采を上げ、すぐさまにお持ち帰りとなっていたであろう。しかし、うまく話せなかったという負い目が勝手に、もっともらしい理由を探し始める。

(な、なんでだ!? なんでこいつこんなに・・・・・・!)

 そのとき、ふと先ほどのルイズの言葉が蘇り、才人は目を見開いた。

“わたしの方からもその、ちゃ、ちゃんと言ってあげるべきよね・・・・・・”

「・・・・・・お、おまえ、もしかして・・・・・・! 最初からずっと、俺のこと待って・・・・・・」

切れる吐息の間に言葉を挟むと、これが答えだと言わんばかりにルイズは唇を再び押しつけてくる。胸へとなだれ込んでくる想いに、困惑はすぐさま愛おしさに変わった。

「~っか、かわいすぎだバカ野郎ッ! ほッ、本気で心臓止まるかと思ったぞ・・・・・・!」

 焼け付くような熱に耐えかね、がむしゃらに舌を絡ませてしまう才人だったが、ルイズは拒む様子もなく応じてくれる。リンゴのように朱くなる頬が、伝える想いに蕩けていくその瞳が、才人をさらに加速させていく。

 

 双月に照らされ踊る人形たちの足音に、互いの唇を求め合う水音が混ざり合う。

・・・・・・しばらくするとさすがに息が切れたのか、ぷはっとルイズは唇を離した。


「・・・・・・そ、その。ずっとここにいるのも悪いし、・・・・・・そろそろ部屋に、戻らない?」

「だ、だな! ちょっと冷えるしこのままじゃ、風邪ひいちまいそうだもんな!」

再び顔を近づけてくるものの、辺りで踊る人形たちが気になったのか。立ち上がろうとするルイズを支え、歩きだそうとした才人だったが、そこでとある問題に気づいた。足下に置いてある金貨の袋をどうするかだ。

「悪い、ちょっと待ってくれ。・・・・・・よし、こうすれば持ってけるな」

 革袋の結び紐を広げて左手に通し、二の腕にさげて持って行く。

未だに左手の怪我が気になるのか

ルイズが心配そうに見つめてくる。

「ちょっと、なにしてんのよ。左手使うなって言ったでしょ」

「別にいいだろ、手じゃなくて腕で吊ってるんだし。お前に持たせる訳にもいかねえしな」

「じゃあせめて右手使いなさいよ。片手で持てない重さじゃないでしょう?」

「それも無理だ。だって、ほら」

 言葉と共に才人は、改めてルイズに手を差し出す。一瞬ルイズは固まっていたが、その意味に気づき頬を染めた。

「バカね。そんなに心配しなくてもいいのに」

「それもあるけどさ。こうしてお前の隣で歩きたい、ってのが本音だよ」

 ちょっとばかり格好つけて言ってみるが、ルイズの手を取った瞬間、右手は緊張に汗ばんでしまう。しかし才人は気にしなかった。繋ぐ恋人の手も自分と同じように、緊張に滲んでいたからだ。

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えることにするわ」

 それじゃ行きましょ、と2人並んで歩き出すが、そのたった数歩の足取りも定かではない。手を回して華奢な腰を引き寄せると、ルイズは照れながらも身体を預けてくれる。

 小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと月明かりに濡れる渡り廊下を歩いていく。いつのまにか女子寮の部屋の前に、才人はたどり着いていた。

「・・・・・・なにしてんのよ。鍵はかかってないわよ?」

「いや、ちょっと懐かしくなってな。先に入っててくれ」

 恋人を先に部屋に入れ、張り合わされた板ごとに浮き出る木目を見やる。まるで実家の名札を見たときのような、確かな感動がそこにはあった。

(・・・・・・そっか。俺、帰ってこれたんだな、ハルケギニアに・・・・・・)

 じんわりと熱くなってくる目元を、仕方ねぇよなと苦笑いと共に拭う。オルニエールに城を持つまで恋人と過ごしてきたこの部屋には、地球に負けないくらいたくさんの思い出が詰まっているのだから。

「・・・・・・どうしたの? 入らないの?」

「いや、なんでもねぇ。いま行く」

 しかし、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかないらしい。ドアの隙間から漏れる訝しげな声に、我に返った才人は慌ててノブを握る。

 そしてそのまま部屋に入ろうとするも・・・・・・しかし一度立ち止まり、

「───ただいま」

 誰に言うでもなくそう口にして、ゆっくりと部屋に入るのであった。



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