限定公開(4)

「う、うーん・・・・・・」

情けない声が喉から漏れると共に、テーブルクロスの紋様が視界に映る。組んだ腕から顔を離そうとするが、重い頭はなかなか上がらない。身体のだるさが取れるまでもう少し机に突っ伏すことにしつつ、なぜこうなったのか才人は考えることにした。

(あれ、いつの間にかおれ寝てたのか。でもなんで・・・・・・)

思い当たる節がないので、記憶を逆再生して辿ってみる。・・・・・・先生にスマホを見せて、それで話が盛り上がって・・・・・・説明してるうちに喉が渇いたから、近くにあったジョッキを飲み干して・・・・・・いかんサイトくん、それはわたしが水割り用に注いだウオッカだ・・・・・・って先生に注意され、て・・・・・・

・・・・・・ダメだ、そこから先が思い出せない。驚いた様子のコルベールと呆れたキュルケの表情は覚えているので、大方自分は酔い潰れていたのだろう。

とにかく記憶が確かなら、自分はアルヴィーズの食堂にいるままのはず。だったらこのまま朝までこうしててもいいか、と再び睡魔に身体を預けようとした才人だったが、聞き間違えるはずもない声が頭上から降ってきた。

「サイト。・・・・・・ねぇ、起きてる?」

「ルイズ? ルイズか?」

 慌てて跳ね起きその声の主を確認するが、どうやら夢ではないらしい。自分の隣、椅子に座る少女は、挙動不審な自分を訝しみと心配が半々になった瞳で見つめていた。

「・・・・・・その、大丈夫? 水持ってきたけど、いる?」

「あ、ああ・・・・・・」

差し出してくれたグラスを飲み干すと、頭の中がすっきりした。続けてどうしてここに? という疑問がうかんできたが、桃髪の少女は聞かずとも説明を始めてくれた。

「おなかがすいて食堂に入ったら、酔い潰れたあなたを見かけたの。そしたら先生もキュルケもさっさと帰っちゃったから、しかたなーくわたしが面倒見てたってわけ」

「そ、そっか。ありがと」

「・・・・・・ん、どういたしまして」

 お礼を言うと恥ずかしくなったのか。つぃっと目をそらすルイズはそれだけで可愛らしい。才人は気を利かせて去ってくれた二人に心の中で感謝しながら、さて一体なんて声をかけようか、と考える。


 さっき小屋の外にでて、何の話をしてきたんだよと正直に聞いてみようか。いや、自分が寝ている間に何を注文して食べたのかも気になるな。

 自分から話しかけるのもいいかもしれない。あの後どうやってこの世界に帰ってきたのか説明してみようか。地球にいたときはお前から教わった貴族の作法をずっと練習してたんだぞ、なんて言ったら喜ぶかな・・・・・・


とりとめのないことから大事なことまで、次々と頭のなかに浮かんでくる。しかしどんな言葉も思考も、目の前のルイズの姿を見ているうちにいつのまにか霧散してしまう。「離れた分だけ」フィルターはぽっちゃりさんのせいでなくなったが、そんなものはあってもなくても、きっと自分は見惚れることしかできなかっただろう。

 窓からさす双月の光が、桃色の髪を淡くてらす。なにを思うでもなく宝石のような鳶色の瞳で、ルイズは自分をじっと見つめてくる。

 ・・・・・・目の前にいる恋人は、地球にいたとき夢で見ていた、自分の記憶の中の彼女と何一つ変わらないままで。このままずっと見てられるのなら石になってもいいかもな、なんて思っていると、本当に身体が動かなくなりそうな気がして苦笑いを浮かべてしまう。

 そんなバカなことを一瞬本気で考えてしまうほどにルイズの美しさは暴力的で、見ているだけの才人を幸せにしてしまうのであった。

 

 ・・・・・・カチコチと掛け時計が針を進めていくなか、二人してただただ無言で見つめ合う。心地よい静寂に心をゆだねているうち、ふと才人はコルベールから貰った金貨のことを思い出した。


「そうそう、さっきこれ先生から貰ってな。かなりあるみたいだからさ、ちょっと高い買い物もできそうなんだ」

 椅子の下から引っ張り出した袋を、テーブルの上にジャラリと置いてみせる。ルイズは驚いた顔をしたが、すぐに怪訝そうに眉をひそめた。

「・・・・・・な、なに買うつもりなのよ。言っとくけど、あんまり高い物だったら、ちゃんとわたしに相談してよね」

「ああ、元からそのつもりだ。独りよがりで決めて、お前が気に入らなかったらイヤだからな」

「なによ、プレゼントのつもり? ・・・・・・だったら高いものじゃなくていいわよ。あなたがくれるならべつに、ヘンなものじゃない限り大事にするし」

 嬉しいことを言ってくれるルイズだったが、しかし察してはくれなかったらしい。喜び半分悲しさ半分といった具合で、才人は言葉を濁し始める。

「いや、プレゼントっていうかその、なんていうか・・・・・・ま、まぁ、よく考えるよ・・・・・・」

 プロポーズがまだである以上”一緒に選んでほしい”とまでは言うことができない。伝わらなかったならしょうがないと、さっさと話を変えようとする才人だったが、そのときちょうどカサカサと、なにかが動く音が聞こえてきた。


「ん、なんだ? ・・・・・・この音たしか・・・・・・魔法人形アルヴィー?」


 もしやと思いあたりを見回すと、柱から小さな影が見え隠れしている。しかしどういうわけかその場に留まったままで、動き出す気配はない。

「・・・・・・もしかして、俺たちに気を遣ってくれてるのか?」

「みたいね。・・・・・・でも、遠慮しなくていいわよ? 夜のこの場所はあなたたちのものなんだから、気にしないで出てきなさい」

 ふと呟いた自分に言葉を返し、暗がりに声を投げるルイズ。人形たちの反応は分かりやすく、待っていましたとばかり一斉に現れるなり、窓から漏れる月明かりを浴びて踊り出す。

「・・・・・・ははは、なんだか悪いことしちまったみたいだな・・・・・・」

 悪いことしたなと頭を掻く才人だったが、ふと足下に違和感を覚えてズボンを見やる。くいくいと裾を引いてくる人形に才人は驚いた。

「お前、もしかしてあのときの人形か? まだ覚えてたのか? 俺のこと」

 もしやと思い問いかけると、ぺこりと頭を下げる魔法人形。ちょっと助けてやっただけなのに律儀なもんだな、と感慨深くなっていると、人形は才人のズボンをさらに引っ張ってきた。

「おいおい待てよ、俺はまだ・・・・・・」

「いいじゃない、行きましょう? 勝手にお邪魔させてもらってたんだもの、観客になってあげるぐらいはしてあげなくちゃね」

思わず隣の恋人を見やるが、特に問題はないらしい。あっさりと席を立つルイズにつられて立ち上がり、人形に引かれるままついていく。

 案内されたのは柱の影の近く・・・・・・以前女湯を覗いたとき身を潜めた場所だった。

「・・・・・・ここってたしか、あなたが前隠れてたところよね。その人形も、タバサといたときになにかしてあげたの?」

「い、いや。お前とケンカした日の夜行くところがなくて、そしたら花瓶の下敷きになってるホコリまみれのこいつをだな・・・・・・」

 揃って床に座るなり飛んでくる質問。素直に答えながらもしかし、途中で会話の雲行きが怪しくなっていることに才人は気付く。ここで自分たちは一度仲直りしたのだが、直後に隣に横たわる裸のタバサの存在に気付かれ、お約束の“爆発”を頂戴したのである。

 ・・・・・・痛めつけられたその時点で弁明すればよかったのだろうが、罰としてメイド服を着せられ腹が立った自分は、直後に起きたナイスでクリーミーな出来事を掘り返してしまい。またその後いい雰囲気になったこともあってか、なんだかんだでタバサとのことを否定はすれど、細かい説明はしてなかったのだ。

(そう言う意味で言ったんじゃないだろうけど、

こいつ自分で言って自分で気にするからな。あのぽっちゃりにフィルター剥がされなけりゃ、も少し上手く話せたんだろうけどなぁ・・・・・・)

 なかなか会話が噛み合ってくれないが、だからといってこの幸せな時間を諦める訳にはいかない。ということでまずは返事をするより先に、話の算段をつけておくことにした。

(うん、とりあえず説明して、軽く拗ねたり疑うそぶりをするならすぐに否定して・・・・・・んで、調子に乗ってくれたらそのまま、いつもの流れに持っていけば・・・・・・)

 目をつぶること数秒、過去のやりとりからそのパターンを予測する。よし、これでいこうと自信をもって話しだした才人だったが、しかしその開いた口はすぐに、恋人が伸ばす人差し指にふさがれた。

「あのなルイズ、あの時だけど・・・・・・むぐっ」

「ねぇ、先にわたしに言わせてくれる? ・・・・・・ごめんね、ヘンな話になっちゃった。だからおねがい、もうちょっとわたしとおしゃべりしててくれない?」

 恥ずかしそうにそう言ったルイズは指を離し、自分に微笑んでみせた。

「ル、ルイズ・・・・・・」 

 その優しげな瞳から自分への信頼を感じると同時、目の前の少女が自分と一緒にいた頃から大きく変わっていることを才人は悟る。

 素直に謝るのもお願いをしてくるのも、自分の知るルイズでは考えられなかったことだ。

(そっか、あれだけプライドが高かったこいつが・・・・・・甘えるときだってわざわざ“キスして”ってせがんでたルイズがなぁ・・・・・・)

 かつての恋人を思い返し、大人になったもんだなァとしみじみとした感動に浸る才人であったが、どうやらルイズはそんな自分の反応に不安を覚えたらしい。も、もしかして怒ってる? と鈴を転がしたような声がくぐもるので、慌ててその言葉を否定する。

「そ、そんなわけあるか! お前といっしょにいるだけで、俺は・・・・・・」

「おれは・・・・・・なに?」

「い、いや、なんでもねぇよ・・・・・・」

 続きを促しのぞき込んでくるその顔から、月明かりの中踊るアルヴィーにそれとなく視線を移す。意識してしまった以上、こんなセリフ恥ずかしくて言えやしないし、それにこんな些細なことで喜びに緩んでしまう頬を、恋人に気取られたくなかったのもあった。

 ・・・・・・とはいえ、あまり目をそらしているのも無言でいるのもよろしくない。なんか話すことなかったっけとこめかみを抑え、くるくる回るアルヴィーたちを眺めているうちに・・・・・・ふと風呂場から逃げ出したあの夜のことを才人は思い出した。

「そうだ。あのときな、こうして踊るこいつらを見て・・・・・・おれ、お前と始めて踊ったときのこと思い出して反省してたんだ。ケンカして出てくなんて言ったって、そんなことできるわけねえだろ、って」

その瞳を見つめた途端、言葉が勝手に溢れた。なんとか体裁だけでも整えようと試みるが、どうやらその気持ちは自分の頭で処理できる量ではなかったらしい。

「だって、あのとき顔赤くしたお前がダンスに誘ってくれたとき、俺はお前に夢中になったんだから。照れた顔がかわいくて、ドレスに包まれた細い身体に見とれて・・・・・・そしてなにより、まっすぐな心が綺麗だったから、ずっとそばで見ていたいと思ったんだ・・・・・・」

 支離滅裂になったそれは話の体を為してはおらず、話す才人も次第に気づいてしまう。しかし軌道修正しようにも浮ついた頭では大した言葉は浮かばず、自信のなさに語気も次第に萎んでいった。



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