“0” -Ⅴ-

「・・・・・ルイ、ズ・・・・・・」

草むらに刻んだ五芒星、放った白光が溶けていく。

姿を現した彼が懐かしい声で名前を呼んでくれた瞬間、ルイズの中のすべてが一斉に喜びと安堵に変わっていく。

「・・・・・・ば、ばかぁ・・・・・・大変だったんだから、ほんとに、・・・・・・ほんと、にっ・・・・・・」

「・・・・・・ああ、ごめんよ、ごめんな」

ぽろぽろと溢れる涙。衝動を堪えることなく、飛びつくようにルイズは使い魔を抱きしめる。よかった、儀式は成功した。謝りながらも頭をさすり、やさしく声をかけてくれる才人がそれを証明し、教えてくれる。もう何も苦しむことはないのだと、辛い思いをすることは、ないのだと。

「・・・・・・ねえ、サイト」

「ん、どうした? キスでもしてほしいのか?」

「ち、ちがうわよ! まあ、それもなくはないけれど・・・・・・と、とにかく! 一度しか言わないから、しっかり聞きなさい!」

「お、おう」

 戸惑いながらも姿勢を正し、両手を肩に当てまじまじと顔を覗き込んでくる才人。自分で言っておいて次第に恥ずかしくなってきたルイズは、つい文句を言ってしまう。

「・・・・・・そ、そんなに見てたら言いにくいじゃない! わたしがいいっていうまで、目をつぶってて!」

「わかったよ・・・・・・これでいいか?」

言われるがままに目を閉じる才人。ルイズはこほんと咳払いをして声の調子を整え、ゆっくりと話し出す。

「ヴァリエールの小舟の上で、わたしに好きって言ってくれたわよね。・・・・・・遅くなったけど、答えたげる」

「ん? 何を?」

「そ、そんなの、あの時の返事に決まってるじゃない! そのくらい分かりなさいよ、ばかっ!」

 鈍感なその態度から、目の前の少年が自分の知るままの彼であることを感じ取り安心しつつ、ルイズは次の言葉を選ぶ。

 ・・・・・・思えばこの言葉を言う機会を見失ったから、自分たちは何度もすれ違ってしまった。噴水の前で心が通じ合ってからは、言わなくても分かってくれると満足していたが・・・・・・長い時を経て再会したいま、自分はもっと確かな繋がりが欲しくなった。もう二度と二人が離れないためには、自分がこの男の子に飾らず、隠さず、真っ直ぐに伝えなければいけないと知ったのだ。

 「目、開けていいわよ。・・・・・・そ、その、だからね・・・・・・」

一呼吸おいて口を開き、自分を見つめる少年に少女は告げる。

「わたしは、あなたの、ことが───」

・・・・・・しかし、待ち焦がれていた瞬間はその最中で止まってしまう。その理由は口の端に滲む・・・・・・・・・・・・・・・・・・、血・・・・・・?

「・・・・・・サイ、ト? ねえ、なによ、そ、れ・・・・・・ッ!?」

 驚き問いかけるルイズ。しかし、才人は答えない。顎を、首を伝い、胸元へと広がっていく赤を両手で抑えるが、染みはどんどん大きく濃くなっていく。指の間からとぽとぽと溢れる血が、ルイズの手を真紅に染めていく。

「だめ、ダメなんだから・・・・・・ ねぇ、いや、止まって、・・・・・・よ・・・・・・」

 うわ言のように否定をつぶやくたび、閉ざした心がこじ開けられていく。現実という名の絶望は、目の前の才人が自分の作りだした幻であることを告げると共に、あの光景は既に起こった変えようのない事実だということを、記憶と共に捻り込んでくる。

(・・・・・・そう、おしまいなのね。あなたも、わたし、も・・・・・・)

すべてを悟ってしまったからか消えていく才人、しかしその悲しみすら虚無の毒に呑まれ、ルイズは嘆くことすら許されない。

(失敗した時のことは考えてた、覚悟も、できてる。・・・・・・けれど、こんな所じゃおわれ、ないッ・・・・・・!)

感情を喰らうに飽き足らず、自分の存在そのものを消し去ろうとしてくる虚無。・・・・・・受け入れればさぞ楽だろう。しかしそれを分かっていてもルイズは抗い、冷め固まった心に今一度、想いの火を灯す。

 (せめて、せめて、あの、場所で・・・・・!)

諦めに消されないよう必死に願い、ゆっくりと心を動かしていく。蒼い空が、茂る草木たちが次第に溶けていき、・・・・・・そして・・・・・・



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る