“0” -Ⅳ-

「 ───っは!?」 

 大きく息を吐き出し、才人は意識を取り戻す。次第に視界に光が戻るが、見えてくるのは四角形の小さな枠だけだ。それになんだか狭い。

(けほっ、こほッ・・・・・・一体、ここは・・・・・・)

どこだろうか、と咳と共に込み上がってきた問いは、自分がどういう状態だったか思い出すことで即座に解決した。

(・・・・・・待て、もしかしなくてもこれ、棺桶か・・・・・・!?)

折角生き返ったってのに火葬されるなんてごめんだ! と反射的に跳ね起きようとするが、しかし子供の頃遠い親戚の葬儀に出た時、火葬は昼と父から教わった記憶が蘇り思いとどまる。・・・・・・落ち着いて辺りを観察すると、辺りはまだ真っ暗だった。

(・・・・・・と、とりあえず誰もいないみたいだし、さっさと出よう・・・・・・)

 少ししびれる腕を動かし、蓋をずらして床に降り立つ。暗闇に目が慣れてくるにつれて、小さな部屋の全容が少しずつ見えてくる。

 ・・・・・・台の上に置かれたロウソクや線香、飾られた遺影や花がここが葬儀場の安置室であるということを、身に纏う白装束がさっきまで確かに自分が死んでいたという事実を教えてくれる・・・・・・

(時間的にお通夜は終わってるだろうし、予定じゃ明日が葬式か。・・・・・・ハルケギニアに行くんだったら、こっちの”俺”は死んでた方が都合がいいよな。それに死体が消えたなんて騒ぎで、父さん母さんに迷惑懸けたくもねぇし・・・・・・)

 だとしたらこの空っぽの棺桶はまずい。才人は声をひそめ、愛刀の名を呼ぶ。

「おーいデルフー、ちょっと頼みがあるんだけど・・・・・・」

“繋がってるからべつに呼ばなくても分かるよ。この箱の中におまえさんの幻影を作ればいいんだな?”

左腕から返事が返ってくると共に、棺桶の中に幻が形成されていく。同じ虚無とはいえ、流石は始祖の編んだ魔法。ルイズの時は触れても感覚がなく、ただ透けるだけだった幻像が、動かしても人体となんら変わらない感触と反応を見せるようになる。

(よし、これならバレずに済みそうだ。・・・・・・あとはここから出るだけか、えっと、出口は・・・・・・)

満足して棺を閉め、才人は部屋の中を調べる。ドアには鍵がかかっていたものの、カーテンの奥に横長の小さな窓があったので問題なさそうだ。

(とりあえず近くのコンビニで道聞いて、それから・・・・・・)

 外に出てからのことを考えながら夜の黒を映えさせる窓を開き、頭から突っ込み通ろうとする才人。

 ・・・・・・しかしここで、思わぬ事故が起こった。

「・・・・・・ん? いや、あれ? ・・・・・・ウソだろ?」

”どうした相棒、ひょっとして詰まっちまったとか言わねえよな?”

「いやいや、まさかぁ! 少しつっかえただけだっての!」

 デルフリンガーの声を否定し身体をよじって進もうとするが、腰がつっかえて上手くいかない。

“ほらみろ、やっぱし詰まってんじゃねえか。ほんとにおまえさんといると退屈しねえなぁ・・・・・・”

「うるせえちょっと黙ってろ! ああもう、こっちは時間がないってのに・・・・・・!」

 部屋に戻ってドアを破るか? いや、そっちの方が無茶だ。どちらにせよこの窓しか出口はないので、両腕を外の壁に突っ張り強引に抜け出すことにする。

「ほっ、はっ・・・・・・!」

 窓枠に向き直って腕に力を込めると共に、勢いよく背中を逸らして身体を前に押し出す。しかし、生き返ったばかりなので思うように力が入らず、思うようにいかない。

「・・・・・・ふぐっ、ぐぎぎぎぎっ・・・・・・」

“・・・・・・あー相棒。頑張ってるとこ悪いけど”

「何だよ!」

“誰か来るぜ”

「そう言うことは早く言えよ!」

“えーひでぇ。だって黙ってろっていうんだもん“

硬い窓枠が身体をガツゴツ擦る痛みを堪え、慌てて部屋に戻ろうとするが時既に遅し。突如現れた懐中電灯の光に、才人は見つかったことを悟る。

(くそっ、警備の人か!? そうじゃなくても白装束こんなカッコじゃ、不審者扱いされて面倒になるぞ・・・・・・・!? 

 眩んでる間にも着々と近づいてくる足音を聞きながら、瞬時に計画を立て直す。怪しい人と思われたらお仕舞いだ。

 とりあえずここは下手に出て助けてもらって、その後隙を窺って逃げ出そうと口を開こうとしたが才人だったが、・・・・・・それよりも相手が聞き慣れた声で名前を呼ぶ方が早かった。

「・・・・・・才人、なにやってるんだ、お前?」

「・・・・・・へ? 父、さん・・・・・・?」

 薄れていく眩しさの中、次第に見えてくる実の父親の呆れた顔に、戸惑う才人は情けない声を上げることしかできなかった。

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