??? ーⅣー

 気付いた時には、真っ白な世界に才人はいた。

“・・・・・・ここ、は・・・・・・?”

 起き上がり辺りを見回すが、こんな所才人は知らない。というか、なんで自分がここにいるのか、何をしていたのか自体が思い出せない。

“・・・・・・と、とにかく。ずっとここにいるわけにもいかないよな・・・・・・”

 思うと同時に立ちあがり、あてもなく歩く。しかしどこまで行っても白い霧がたちこめるばかりで、ちっとも進んでいる感じがしない。

(進まねぇけど、疲れもしねぇ・・・・・・ほんとにどこだここ? ・・・・・・それと俺、何か大事なことを忘れてる、ような・・・・・・)

 どうしたもんかと立ち止まり、首をひねって考え始めようとした才人だったが、その時微かに誰かの話し声が聞こえてきた。

“・・・・・・ん? この、声・・・・・・?”

 慎重に耳を澄まし再度聞き取るが間違いない、自分はこの声に聞き覚えが、ある・・・・・・!

“・・・・・・まさか、いや、でも・・・・・・”

 近づくにつれ大きくなる声、才人の足は早まっていく。

 霧をかきわけ進むと、ぷかぷかと浮かんでいるバスケットボール大の光の玉を見つけた。姿形が変わっていても分かる、こいつは・・・・・・

“デルフリンガー!”

“おう、相棒久しぶり。元気に・・・・・・してたら、こんなとこには来ねえか”

喜びに声が弾む才人だったが、魔剣の返事はどことなく歯切れが悪い。どうしたのだろうか、と疑問に思った途端、ゆっくりと記憶が頭の中で巡り出した。

“あ・・・・・・そっか。俺、もう・・・・・・”

 自分でも驚くほどすんなり受け入れられたのは、深く考えないこの性格からでもあるが、それ以上に夢幻とはいえ最後に、愛する人の姿を見れたことが大きかった。

(父さん母さんにも悪いことしちまったな。・・・・・・にしても、あの時俺を道路に飛び込ませたのは、一体何だったんだ・・・・・・?)

 悔いと疑問は残るものの、過ぎた時は戻しようがない。ならばせめて過去となってしまった記憶に浸ろうとするが、そんな才人に光の球と化した魔剣は、声を掛けてきた。

“・・・・・・なぁ相棒、おまえさんをけしかけた『それ』のことなんだが、許してやっちゃくれねえか? 本人も悪気があってやった訳じゃねえんだ”

“デルフ、お前、俺の考えてることが、分かるのか・・・・・・?”

“まあな、俺もおまえさんも死んでるからだろ。・・・・・・それより、隠れてねえで出てきたらどうだ、サーシャ。相棒にいわなきゃいけねえこと、あるんじゃねえの?”

“分かってるわよ言われなくても!自分のタイミングでやらせてよ!”

何もない空間から突然、言葉と共に腕を組んで現れたサーシャに才人は固まる。デルフリンガーのやってみせたことでも驚きはしたのだが、それよりもあの声が彼女だった事が信じられない。だって彼女があの時の『何か』だとしたら、六千年もの時を地球で過ごしていたことになる。

“・・・・・・死なせてしまってごめんなさい。謝って済むことじゃないかもしれないけれど・・・・・・”

(いや、え? ・・・・・・どういうことだ?)

 錯綜する情報に埋め尽くされ、混乱しそうになる頭を必死に制し、才人は思考をまとめていく。

 流れ込んできたあの哀愁には、確かに六千年分の歳月があった。しかしそれ自体がおかしいのだ。地球換算で六千年前だと、ヴァリヤーグ程の文明は生まれていない・・・・・・!

“悪かったと思ってるわ。だからそのかわり、今からあなたを・・・・・・”

(地球での六百年が、ハルケギニアの六千年? 地球とハルケギニアで流れる時間はほぼ同じなのに、それだと計算が合わな・・・・・・)

 “・・・・・・ねえちょっと、聞いてる? ・・・・・・と、ともかく謝ったから! 大体悪いのはわたしだけじゃなくて、ブリミルのそれのせいでもあるんだからね!

 突然胸元に軽い衝撃を感じ、我に返る。見れば才人の胸元にサーシャは指を突きつけていて、その先にはデルフリンガーの光球によく似た、こぶしほどの大きさの透明な塊のようなものがあった。

 “・・・・・・えっと、なんです、これ?”

“ブリミルの、今はあなたの心臓よ。あいつが虚無を流し込んだから、死に際のあなたの身体から意思こっちに移って来ちゃったみたいね。・・・・・・まったく、ムダなことして・・・・・・”

“・・・・・・いや、ブリミルのって言われてもピンときませんよ、俺の心臓は俺のに決まって・・・・・・”

 手のひらを当ててくるサーシャになすがままになりながらも、説明を求めるべく才人は問う。しかしその答えは目の前の初代ガンダールヴからではなく、彼女が作り出した伝説の剣から返ってきた。

“あ、おれそれ知ってるぜ相棒。ほら、「かく」とかいうのバラしてたらふらついたろ? あの時だね多分。なんか相棒の身体の流れが変わったからヘンだなーと思ったけど、そっか、ブリミルの奴が心臓代えてたのかー”

“いやいや、代えてたのかーじゃねえ! 血液型とか違ってたらどうすんだ!? そういうことはもっと前に言っててくれよ!”

“悪い悪い、あの時俺もやばかったし、どうせ死ぬなら言わなくていいかーと思って。ってかケツエキガタってなんだ?

“・・・・・・違う血を混ぜると、血が固まって死んじまうんだよ・・・・・・ ブリミルさんよ、助けてくれたのはありがたいけど、もうちょっとなんとかならなかったんかね・・・・・・”

 デルフリンガーのんきな物言いに応じながら脱力する。才人はA型なので、つまり3割ほどの確率であの時死んでいたことになる。

 ・・・・・・ハルケギニアでは医療が発展していないからしかたないし、自分を助けようと機転を利かせてくれたのは有り難いが、そのせいで大陸隆起が防げなかったなんて笑い話にもならないではないか。

“・・・・・・って、あれ? じゃあ俺の心臓はどうなったんです?”

“ブリミルが跡形もなく消し去ってるでしょうね。わざわざ生きてたときの自分のを抜き取って交換するくらいだから、リーヴスラシルを発動させるつもりだったんでしょ。・・・・・・まあ、あいつももう死んでるから流石に返せなんて言わないだろうから、生き返れる分得したと思いなさい”

・・・・・・へ? 生き返れるの、俺!? 

“だからそう言ったじゃない・・・・・・あーもう、やっぱり話聞いてなかったわね。まあいいわ、さっさとここに立ちなさい。あなたのためにわざわざ、蛮人のやり方に倣って拵えてあげたんだから”

 つま先をカツコツと地面に打ち付けると同時、浮かんでくる魔法陣。その中心に立たせようと背中を押してくるサーシャに才人は再び待ったをかける。

“ちょ、ちょっと待ってくれサーシャさん、まだ色々聞きたいことがあるんだよ! どうしてハルケギニアあっち地球こっちで時間が違うのかとか、大陸隆起はどうなったとか!”

“細かいことはそのうち心臓それからブリミルが教えてくれるわよ。・・・・・・それに、こっちにずっといたわたしに、ハルケギニアの様子なんて分かるわけないじゃない”

“・・・・・・あっ・・・・・・”

 言って才人はしまった、と顔を引きつらせる。気の遠くなるような月日を重ねてきた彼女は、きっと自分とは比べものにならないほど故郷であるハルケギニアを想っているはず。なのにこんな望郷の念を掻き立てるような質問をするのは、あまりに自分勝手すぎはしないか。

 一瞬のうちにそんな考えがよぎり、口ごもる才人。しかし当のサーシャは悲しむというより、不快そうに顔をしかめた。

“あのね、あなたに迷惑をかけたことは否めないけど、そんな顔される筋合いはないわよ”

“・・・・・・す、すみません・・・・・・”

 ばつが悪そうに俯く才人に、はぁ、とため息をついて始祖の使い魔は言葉を返す。

“・・・・・・仕方ないわね。そんなに知りたいんだったら直接行ってきたら? 片道になるし、辿り着けるとは限らないけど・・・・・・それでもいいなら“ゲート”、開いてあげてもいいわよ”

“・・・・・・え、俺が、・・・・・・ハルケギニアに・・・・・・?”

“よかったじゃねえか相棒! ・・・・・・でも、よく考えて選べよ。1回死んだおまえさんは使い魔契約が切れた時みてえに世界との縁が切れてて、簡単にはハルケギニアあっちに繋がらねえ。しかも虚無がなくなりゃ門もなくなる・・・・・・うまくいっても相棒、お前さんの世界には二度と帰れねえぞ”

 唐突な提案に驚く才人に、祝福と忠告を同時に投げてくるデルフリンガー。

 だが才人はその他人事のような口ぶりに、戦友との別れを悟ってしまう。

“なあ、デルフリンガー。・・・・・・もしかしてここで、お別れか?”

“ん、・・・・・・ああ。悪い相棒、こりゃケジメなんだ。あの時サーシャを止められなかった、俺・・・・・・のッ!?”

というのも、一瞬のうちにサーシャが光球をむんずと掴み、才人の左手の甲にねじ込んだからである。

“いッ・・・・・・!”

 痛みにあがりそうになる声を堪えていると、続けてげしりと魔法陣の中に蹴り込まれる。

“勝手なことして悪いけど、あなたの魂に一旦繋げたから、そいつ。押しつけるみたいで悪いけれど、よろしくしてあげて”

“サーシャさん、なにを・・・・・・!”

 抗議の声を上げようと立ち上がろうとして、背中にへばりついた魔法陣が輝いていることに才人は気付く。それにどういうわけか身体もヘンだ。手が、足が、動かない・・・・・・?

“おいサーシャ、どういうつもりだ!”

 浮かび上がった疑問を、左手から声を上げるデルフリンガーが代弁する。先ほど魂を繋げたと聞いたが、どちらかというと左手に宿したような感じだった。

“いきなりで悪いわね。でも、あんまり遅いと精神がこっちに馴染んで肉体に定着しなくなっちゃうし、それに既にあなたの主人に兆候が出てたら、急ぐのは当然でしょう。・・・・・・ああそれと、『門』はあなたにとって一番縁のある場所に繋がるわ。目覚めたらすぐ分かるだろうから迷うことはないと思うけど、期限は夜が明けるまでだから急いでね”

 ・・・・・・思い出したように付け加えると魔法陣に光が灯り、ゆっくりと五芒星が回り出す。同時に身体が透けていったが、死に際に見たルイズに会った夢でも同じことがあったのでいまさら驚きはしない。

“だからってそれとこれとは関係ねえだろうが! いいから早く戻しやがれ!”

 才人の意思に関係なく強引に左手を動かし叫ぶデルフリンガー。

 しかし必死な愛刀の言葉に対し、初代ガンダールヴの返事は非常に淡泊なものだった。

“イヤよそんなの。あなたはそっちに行きなさい”

““・・・・・・はい?””

 思わず揃ってヘンな声を出す才人とデルフリンガーだったが、かまわずサーシャは話を続ける。

“一応余分に魔力はあげてるから、生き返ったら早めに刃物に触りなさい、そしたらそれがあなたになるわ。それと一回きりだけど“幻覚イリュージョン”を使えるようにしたから、必要になったら使いなさい”

“おい無視すんなよ、話が違うじゃねえか! 俺は、おまえさんと・・・・・・ 

 戸惑いながらも左手をサーシャの元へ伸ばす愛刀。だがサーシャはその指先を手のひらで止めゆっくりと押し返し、はっきりと拒絶の言葉を告げる。 

“ダメよ、デルフリンガー。わたしと一緒に行きたいっていうならいいけど、そうじゃなくてあなた「ケジメ」って言ったでしょ? だからダメ。あなたの自己満足に付き合わされるなんて、まっぴらごめんだわ”

“・・・・・・お、おい、デルフ・・・・・・”

 透けていく身体の中、唯一色を失わない左手。これ以上勝手に動かされればこの腕が自分のものじゃなくなりそうな気がして、怒り出すであろうデルフリンガーをなだめようと才人は声をかける。

 ・・・・・・しかしその心配は杞憂で、魔剣は元の主に静かに問いかけるだけだった。

“そっか。じゃあ、俺はお役ご免ってことでいいんだな?・・・・・・おまえさんには俺がいなくても大丈夫なんだな、サーシャ?”

“・・・・・・ええ、剣なんかに支えてもらわなきゃいけないほどわたしは弱くないわ。どこへなりと好きに行っちゃいなさい”

 かつての主に自分が不要であることを繰り返し確認するデルフリンガー。しかしそれは決して投げやりなものではなく、むしろ母親が自分を気にかけてくるときのような憂いを言葉に宿す。そしてそれに応じるサーシャも刺々しい言い方をしながらも、その口調は案ずるなと言わんばかりに優しく柔らかい。...

“はっ、言ってくれるぜ。大体おまえさんがあんなことしなけりゃあ・・・・・・”

 次第に安堵が滲み始める愛刀の軽口に、薄れゆく意識の中才人は思わず笑ってしまう。この魔剣を作り出したのは目の前のエルフだ。言ってしまえばサーシャが親、デルフリンガーが子供のようなものなのだが、その立場が逆転しても不思議とそこに違和感はない。きっとこの一振りと使い魔には、自分には想像もつかないような深い繋がりがあるのだろう・・・・・・。

“っと、そろそろ頃合いか。じゃあなサーシャ、帰り道で迷うんじゃねえぞ?”

・・・・・・しかし、もう時間だ。話に夢中になっていたデルフリンガーも気付き、茶化しながらも別れの言葉を口にする。

“ふん、言われなくてもちゃんとあいつの所に帰るわよ。・・・・・・じゃあね、デルフリンガー”

“おう、ブリミルの奴によろしく言っといてくれよ!”

笑ってみせるサーシャが、その笑顔を見て嬉しげに答えるデルフリンガーの声が次第にぼやけていく。魔法陣は白い光を放ったかと思うと、そのまま才人包み込むようにゆっくりと、広がって、いき──────

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