“零”  ᛁ

「未来のアルビオン陛下! こんな夜中に出歩かれるのは危険、僭越ながらお供いたします!」「ところで陛下、よろしければ僕とディナー等いかがでしょうか!?」「おい、抜け駆けとは卑怯だぞ! 陛下、御身に親しみ深いアルビオンから取り寄せた極上のワインがございます! 今夜は是非、わたしの部屋に・・・・・・」

 どこへ行くにしても、まるで親鳥を追いかける雛のようについてくる三年生。拒むこともできずにいなし続け、女子寮の自分の部屋につき、ティファニアはやっと一息ついて机に向かう。

 ・・・・・・アルビオンの王位を継ぐからといって、畏まったり気を遣わないで、今までのように仲良くして欲しいと言った結果である。以前タバサがガリアの王になったと騒ぎになったこともあり、注目の的になることは免れなかったのだ。

「ふぅ・・・・・・まだ王さまにもなってないのに大変ね。アンリエッタの気持ちが、少し分かった気がするわ・・・・・・」

 四国友好条約の際、アルビオン王ジェームズ一世の弟、モード公の娘だと公表したこと。そして正統な王権を復活させようと事前にトリステイン・ゲルマニアで取り決めていたこともあり、アルビオンの王位継承に名乗りを上げた自分に、異を唱える者はいなかった。

 ・・・・・・もちろん国王がエルフの血を引く者になるということに、戸惑いを覚えるアルビオンの民や貴族はいるだろう。そんな彼らの不安を取り除くにはもっとエルフのことを知ってもらうしかないと、ティファニアは学院に通いながらも、校長のオールド・オスマンに、ネフテスとの相互留学を提案していた。

 ・・・・・・いきなり彼らエルフをアルビオン国内の学院に招けば、自分が授業の時、母からもらったローブを着てきた時のように騒ぎが起こるのは見えている。しかしハーフエルフの自分が通うこの学院ならエルフに覚える恐怖や忌避は抑えられるし、なによりハルケギニアで有数の歴史と伝統を誇る学び舎がエルフとの交流を深めたとあれば、どの国もネフテスとの垣根はかなり低くなるはずだ。

(王さまになるからにはアルビオンとネフテスだけじゃなくて、他の国とも仲良くなれるようにしたい。・・・・・・うまくできるかなんて分からないけれど、エルフと人との架け橋になるのはきっと、わたしにしかできないこと。・・・・・・それに、エルフといい関係を築ければ、今よりもっとサイトのことが探しやすくなるはず・・・・・・)

 気付けば夜も深まっていて、目の前のランプ以外は真っ暗に染まっていた。次第に重くなるまぶたを擦りつつ、エルフと人との歴史について書かれた資料をティファニアはめくる。卒業まであと一月、それが終わったら戴冠式だ。逆に言えば、それまでしか学を積む時間は、ない。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえたが、どうせまた男の子からのお誘いだろうと資料に向き直る。王位継承の話はクラスメイトにしかしていないのだが、既に三年生どころか学院中に知れ渡っていて、こうして昼も夜もひっきりなしに訪問者がやってくる始末だ。

 ・・・・・・最初はわざわざ来てくれたのだから、断るにしても話くらい聞かなくてはと思い応じていた。しかし強い言葉で拒めなかったからか、翌日、翌々日には二人、三人・・・・・・と順調に増えていき、相談したアンリエッタにも“政を行おうという者が、そんなに気弱でどうするのです!”と叱られたため、居留守を使うようになった。

 ・・・・・・正直今でも少し良心が痛むが“外交は杖を交えない戦争です、国を率いる者が受け身では話になりません”というアンリエッタの言葉を思い出し、自分に言い聞かせる。

(・・・・・・うん。この引っ込み思案な性格も、直していかなくちゃ、だよね・・・・・・)

 コーン、コーン、・・・・・・コンコンコン。コーン、コーン、・・・・・・コンコンコン。

 ・・・・・・しかし、こう何度も何度もノックされれば気も次第に散ってしまう。

 流石にこんなに繰り返すのなら何か火急の用かもしれないと、意を決しティファニアはドアを開ける。

 目の前に立っていた誰かは、黒頭巾を目深に被っていた。

「・・・・・・えっと、誰ですか? こんな時間に・・・・・・」

 廊下に差し込む光、その背丈と体つきから男ではないとは分かったが、それにしても一体、誰だろう?

 しかし、その疑問はすぐに解けた。頭巾の影に覆われた自らの顔を、少女は杖の先に灯した明かりで照らす。

 ・・・・・・現れたトリステイン女王に、ティファニアは目を丸くした。

「ア、アンリエッタ? どうしてここに・・・・・・?」

 外交や内政、サイトの捜索のことで王宮に相談しに行ったことはあるが、こうして訪ねて来られるのは初めてだ。戸惑いまごつく自分に、従姉妹は部屋に入るとドアを閉め、被っていた頭巾を取ると共に苦笑を零す。

「・・・・・・信じてもらえないかもしれませんが、夢の中に出てきた始祖ブリミルが“今すぐこの学院に来るように”と自分に告げたのです。・・・・・・最初は空言でしょうと思ったのですが、何度寝付こうとも目覚め、その度に同じ夢を見るので竜籠でこっそりやってきたのです。・・・・・・ティファニアは、見ていないのですか?」

「え、ええ。明日の授業まで時間があるから、もう少し起きているつもりだったの・・・・・・」

「・・・・・・そうでしたか、やはりわたくしの気のせいだったのかもしれませんね。夜分遅くにごめんなさい、やっぱりわたくし帰りますわ。・・・・・・今から王宮に向かえば何とか間に合うでしょうか、ら・・・・・・?」

話の途中でカーテン越しから漏れる光に訝しみを覚えたのか、窓に近寄るアンリエッタ。

「変、ですわね。もうそろそろ夜明けといっても、まだ日が昇る時間ではないはずですが・・・・・・」

 言葉と共にカーテンを開け・・・・・・直後、従姉妹と共にティファニアも驚きに息をのむ。

 窓越しに映りさざめく草原、その色は金。その中から一条の光が暗い空、重なる双月に向かってゆっくりと伸びていた。

「・・・・・・あれ、は・・・・・・?」

二人唖然と窓の外を眺めている間にも、光は上へ上へと伸びていく。・・・・・・たしか、あの場所は桃髪の少女がいた場、所、・・・・・・?

「・・・・・・ねえ、アンリエッタ。・・・・・・どうして、わたしたちはこんなに強く、サイトが帰ってくるって信じているのかしら・・・・・・?」

「どうしてって・・・・・・それはもちろん、兵農、エルフも人も問わず大勢の者に捜索を手伝ってもらっているのですか、ら・・・・・・?」

 ふと投げられた質問に答えようとして、アンリエッタは口ごもる。・・・・・・果たして本当にそれだけだっただろうか? 大災厄の中に消え、生還は絶望的。異界に飛ばされたかもしれない、との■■■の言葉を頼りに捜索隊を派遣してはいるものの、東方は未開の地、そう簡単に見つかるとは・・・・・・ 

 ・・・・・・ル■■?

 ティファニアも何かを悟ったらしく、すぐさま部屋を飛び出していく。アンリエッタは戸惑い制止の言葉を投げようとしたが、それよりも早く、疑問の答えは頭の中に襲いかかってきた。

 どうして今まで、忘れていたのか。

 あそこに、いるのは。 サイト殿を・・・・・・喚び戻すことが、できるのは・・・・・・!!!

 昇る閃光に夜は白く染められていき、昼のような青が空に張り付いていく。“フライ”を唱えて向かおうとするが、どういう訳か呪文も使えない。

「・・・・・・ああもうっ、動きにくいですわね・・・・・・!」

 夜間に出てきたこともあってか履いてきたのはヒール靴、これでは走ろうにも走れない。

 混濁する思考と記憶に未だ混乱しながらも、おぼつかない足下と格闘しつつ、トリステイン王女は草原を目指して駆けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る