最終章 “0”
以下未修正
“零” ᚠ
・・・・・・シエスタの朝は早い。学院の食堂へと向かい、料理の下拵えの前に調理器具を手入れするマルトーに頼み込み、一番良い食材を選ぶところから始まる。
彼の料理は流石歴史あるトリステイン魔法学院の料理長というだけあって、どんな料理でも文句のつけようがないほどにおいしい。・・・・・・しかし、あくまでそれは誰が食べても“おいしい”のであって、誰かにとっての“おいしい”ではない。
・・・・・・ド・オルニエールで一緒に暮らしたのはほんの数ヶ月だったが、その間にシエスタはルイズの好きな味付け、料理をほぼ把握していた。
・・・・・・半分冗談(残りの半分はもちろん本気)で、時たまシエスタはサイトを誘惑していたことがある。その際いつも、まるでいじわるな継母のようにルイズに料理に細かくケチを言われたものだが、いまになってそれが生きていた。
「・・・・・・ふぅ、出来上がり、っと・・・・・・」
切って、煮て、炒めて、盛りつけ。蒸し暑い厨房、額に伝う汗をシエスタは袖で拭う。朝食の野菜のスープをこしらえると同時に、昼の献立であるサーモンのムニエルの下準備をしておくことも忘れない。
・・・・・・最近少しずつ、ドアの前に返される食器に料理が残るようになってきている。まるでカゴの中の鳥のような生活を毎日・・・・・・食欲がなくなるのもしょうがないかもしれない。
(・・・・・・だけど、このままじゃだめです! サイトさんの専属メイドとして、ミス・ヴァリエールには健康でいてもらわないと、サイトさんが帰ってきたときに合わせる顔がありませんから!)
「マルトーさん、厨房お借りさせてもらいました!」
「おう、今日も頑張れよ! 我らが英雄が帰ってきたら、最近俺が完成させたスペシャルスープをご馳走するって伝えてやってくれよ! いの一番にあいつに飲ませるために、まだ貴族サマにも出しちゃいねえんだ!」
「…ふふっ、分かりました、伝えておきますね!」
威勢のいいマルトー親父の声に背中を押され、シエスタは今日もルイズのもとに料理を運ぶ。トリステインの英雄を二人で取り合い、しかしどこかで楽しんでいたそのやりとりを懐かしみ、でも決して過去のものにしてしまわないために。今日も彼女は恋敵の少女の世話を、全力で焼くのだ。
・・・・・・シエスタが異変に気付いたのは、ルイズの部屋の前に着いてからだった。
普段は律儀にドアの前に出されている食器が、今日は出ていない。いつも閉められているドアも開いている・・・・・・、一抹の不安が、シエスタの心をよぎった。
ドアの横にトレイを置き、部屋の中を覗き込む。・・・・・・昨日の食事がテーブルに置かれたままになっているのを発見し、それを口実にシエスタは部屋に入ることにした。
「・・・・・・あの、まだ食べおわってませんでした? 食べきれないんだったら無理して食べないでください、すぐ片づけますから・・・・・・」
精神統一の邪魔をして悪いと思いながらも、カーテン越しのベッドに声をかけ片づけを始め・・・・・・そして、シエスタはさらなる訝しみを抱く。明らかに中途半端な食事の残し方。床に転がったままのフォーク。・・・・・・そして、鳥の丸焼きを切り分けるために用意していたペティナイフが、どういうわけか見あたらない。確かにトレイに乗せた記憶があるのだが・・・・・・?
「・・・・・・ミス・ヴァリエール、ペティナイフ知りませんか? 確かに一緒に・・・・・・、・・・・・・ミス・ヴァリエール?」
カーテン越しに問いかけるが、返事どころか物音一つ聞こえない。怪しく思ったシエスタは、カーテンをそっと開ける。
・・・・・・ルイズの姿は、そこには、なかった。
「・・・・・・えっ? ミス、ミス??」
エルフの国から帰ってきてからというもの、ルイズがこの部屋から離れることはなかった。今まではなかった出来事に戸惑い、きょろきょろと部屋の中を見回すシエスタだったが、朝焼けが光る窓の外、眼下に広がる一面の草原の中に見慣れた桃色を見つけ、安堵のため息をもらした。
「あぁ、あんなところに・・・・・・」
よかった、と言おうとして気づく。なにも彼女は誰かにこの部屋に閉じこめられている訳ではない。むしろこの半年、こうして一歩も部屋から出なかったことの方が異常だったのだ。
(・・・・・・そうですよね、いくら心を空っぽにしなくちゃいけなかったとしても、半年も続けてたら疲れますもんね・・・・・・気分転換は大事です、今日一日くらいは、ブリミル様だって許してくださるはずです)
・・・・・・とはいえ、体をこわしてもらっては困る。今はフェオの
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