“零” ᚢ
「・・・・・・それで、来てみたらこの子はこの状態だったわけ?」
「・・・・・・はい。ミス・ツェルプストー」
キュルケに問われ、シエスタはうなずく。激しさと情熱を兼ねるその鮮やかな小麦色の肌とは対照的に、辺り一面の緑には柔らかい風がなびいている。この草原に集まっているのは彼女だけではない。コルベールにタバサにシルフィード、モンモランシーに水精霊騎士隊の面々もいる。今年で三年生になる彼らは、もうすぐ卒業前のこの大事な時期だというのに、才人を捜しに異世界の門の探索を買って出てくれていた。
「・・・・・・じゃあ、まずは状況を整理しましょうか。タバサにギーシュ、あなたたちがここに帰ってきているということは・・・・・・」
「・・・・・・最後の門が、突然縮み始めたと連絡があった。シルフィードに全力で飛んでもらって何とかこっちに帰ってこれた」
「ああ、これでいまのぼくらには、打つ手がなくなった。だからこうして、ルイズにこれからどうすればいいか聞きに来たんだけど・・・・・・どうなってるんだい、これ?」
「さあね。情報が少なすぎるから、何とも言えないわ・・・・・・」
ギーシュの問いに、キュルケはぼやきながら、学院の方を向いて草むらに座り込んでいるルイズに視線を移す。その挙動は、先ほどから何一つ変わらなかった。
・・・・・・その顔に張り付く表情は無。うつろな瞳、いびつなネックレスをその白磁のような細首にかけた彼女は、その杖の先で何度も何度も草むらに五芒星を刻み、ぶつぶつとサモン・サーヴァントを唱えては取りやめ、門を開いては閉じるを繰り返している。
・・・・・・さらに得体が知れないのは、彼女の身体を取り囲む光の輪だ。たとえ手で触れても消えることなく手そのものを透過し、ルイズの腰あたりから一定の距離を取ったまま、高速で回り続けている・・・・・・。
`「・・・・・・見たところ、ミス・ヴァリエールの身体だけでなく、この場所そのものに非常に強力な“固定化”がかけられているようだ。土のスクウェアが何人集まっても、解除は難しいだろう。・・・・・・しかしミス・ツェルプストー、ここは確か・・・・・・」
「・・・・・・ええ、そうよジャン。確かにこのあたりだった。あの春の使い魔召還の儀で、ルイズがサイトを呼び出した場所は・・・・・・」
コルベールの推測を肯定し、キュルケはシエスタへと視線を戻す。その瞳に揺れる不安の色を、彼女は見逃さなかった。
「シエスタ、もしなにか他に知ってることがあったら教えてちょうだい。あたしはジャンと一緒にサイトの“のーとぱそこん”とやらをいじってたけど、あなたは毎日、ルイズの世話をしてた。そんなあなたが浮かない顔をしていたら、みんな心配するわ」
「・・・・・・ミスタ・グラモンは覚えておられますよね? ・・・・・・わたしとミス・ヴァリエールが、火の塔から飛び降りたこと・・・・・・」
「ん、あ、ああ。・・・・・・“心配かけたくないから誰にも言わないで”ってルイズに口止めされてたけど、よく覚えてるよ。あれはサモン・サーヴァントを唱えて、ゲートが開いた日のことだったね」
「シエスタ、あなたは確かルイズを止めて、でも二人そろってギーシュの作ったサイトの像に落ちたんだったわよね。こんなに一人で思い詰めちゃう子だったんだ、なんてあのときは驚いたけど・・・・・・、でも、今になって何でそれを・・・・・・? !」
答えるギーシュの後をモンモランシーが引き継ぎ、・・・・・・そして、その顔を曇らせる。同じだ、あの時と。・・・・・・ただ一つ違うのは、ルイズは折れず、日々努力を重ね続けたということ。・・・・・・しかしその結果として、今この状況があるのだった。
「・・・・・・わたし魔法のこと知りませんから、あのとき励ますことしか出来ませんでした。でも、ミス・ヴァリエールは立ち直ってくれた。立ち直って、前に進む決意を固めてくれたから、サイトさんと再会することができました。
サハラに突入する前もそうでした。しっかり目を見て、いっぱい話したから元気づけることができたんです。
・・・・・・でも、でも。・・・・・・声もかけられないなら、目も合わせられないなら、わたしは一体どうすればよかったんですか? 毎日必死に頑張るミスヴァリエールの邪魔をしてまで、根拠のない夢や希望を振りまいてればよかったんですか・・・・・・?」
陰鬱に声を沈め、振り絞るようにシエスタは言葉を紡ぐ。その問いを誰に向けていいのかわからず、溢れる涙が頬を伝う。
「・・・・・・きっとミス・ヴァリエールは知ったんです、最後のゲートが閉じるのを。だからあの夜、火の塔に登った時みたいに・・・・・・、じ、自分を大切にしないで、また勝手に、一人でっ・・・・・・!」
ちりぢりに乱れ、ばらけていく言動。しかしそれに応じたキュルケが放った言葉は、シエスタの思考をピタリと止めた。
「・・・・・・だったら本人に聞いてみればいいじゃない」
「えっ?」
その言葉の意図が分からず、固まるシエスタ。キュルケはそれを意に介さずしゃがみ“サモン・サーヴァント”を唱え続けるルイズの耳元にささやいた。
「・・・・・・ねえルイズ、シエスタがあなたがヤケになったのかもって不安がってるわ。その通りだったら左目、違うのなら右目を閉じてくれる?」
・・・・・・そのとき、地面の一点を見つめ続けていた鳶色の瞳がまばたいた。
「・・・・・・右、ね。違うみたいよ、シエスタ」
「っ! ミスヴァリエール、それなら・・・・・・、」
その手があった。シエスタは食いつくようにいくつもの質問を投げかける。
どうしてこんな所にいるのか、なにをしているのか、・・・・・・これはサイトのために、やっていることなのか・・・・・・
・・・・・・しかし何度聞いても、キュルケのようにその瞳はまたたいてはくれない。
「そんな・・・・・・ミスヴァリエール、どうして教えて、くれないんですか・・・・・・?」
「・・・・・・これはたぶんだけど、答えないんじゃなくて、答えられないんだと思うわ。じゃなきゃいくらこの子でも、書き置きの一つくらいは残すでしょ。・・・・・・それに、モンモランシー」
「・・・・・・ええ。昨夜は双月が重なる日、儀式を行う日には最適の日よ。今日ゲートが閉じて、双月が重なって、そしてルイズが“ここ”にいる・・・・・・」
「うむ、偶然の一言では済まされまい・・・・・・うん? あそこにいるのは・・・・・・ミスタ・マリコルヌに、・・・・・・ミス・エレオノールか?」
眉間に手を当て仰ぎ見るコルベールのつぶやきに、シエスタも目を細めて空を凝視する。確かに学院の方から、二人が“フライ”で飛んでくる姿が確認できた。・・・・・しかし、なんだか様子がおかしい。二人そろって何事かを、こちらに向けて叫んでいる。
・・・・・・慌ただしく手足をばたつかせ、何かを伝えようとしているマリコルヌはまだ分かる。問題は、慌てふためくエレオノールだ。ド・オルニエールで「ヴァリエール家のメイドたるもの、常に優雅であれ」と徹底的に指導した、あのマナーの化身の姿はどこにもない。
なぜだろう? 一体なにかあったのだろうか?
——————その答えは、空から降ってきた。
「・・・・・・っ!? 気をつけたまえ、何か来るっ!!」
コルベールの声と共に、雲の切れ間から小さな影は現れた。影はみるみる大きくなり、自由落下そのままの速度で落ちてくる。この速度で地面に衝突すれば、何だろうとただではすまない!
ぶつかる! ・・・・・・と思い身を伏せたのは正解だった。
直後、凛とした詠唱が聞こえた。
“ウインド・ブレイク”
舞い起こった風は、まるで爆弾のようだった。辺りの草や土を根こそぎ剥ぎ取ろうとするかのような風の濁流に、シエスタは草と地面にしがみつき必死に耐える。
・・・・・・土埃とともに散り散りになった草が舞い、一匹のグリフォンが姿を現す。・・・・・・割れた雲から差す日の光。その背に乗る二人の姿に、シエスタは覚えがあった。
「・・・・・・なあカリーヌ、もう少しまともな着地はできんのかね?」
「あら、他ならぬ貴方が言ったのではないですか。一刻も早く向かうぞと」
「・・・・・・いや、しかしだな・・・・・・。・・・・・・まあいい、先に下りるぞ」
そう言って、美髯を弄りながら壮年の男・・・・・・ヴァリエール公爵は降り立つ。その隣に夫人も音もなく並んで、シエスタは理解する。彼らはルイズを、実家へ連れ帰りに来たのだと。
・・・・・・トリステインで三本の指に入る名家、ラ・ヴァリエール。その立場がある以上、歴史ある魔法学院に、そう易々と娘を連れ戻す、などと強引な手段に出ることが出来なかったのだろう。
しかし、今は違う。ここは学院の敷地の外、彼ら二人を止める者などいない。少し遅れてやってきたエレオノ―ルも、その尋常ではない気迫に顔を青く染め肩を震わせている。突如として現れた二人の“親”に、場の空気は完全に支配されていた。
「・・・・・・・身体が地面と癒着しているな、それに身体中の“水”も滞っとる・・・・・・、いや、滞らせているのか・・・・・・? なんにせよ、このままだと命が削られていく。カリーヌ、手伝ってくれ」
「・・・・・・わかりました。“あれ”をやればいいのですね?」
ルイズの状態をヴァリエール公爵は一瞬で見抜くと、夫人に声をかける。・・・・・・阿吽の呼吸とはこのことだろう。杖を握る手を繋ぎ2杖を連ね、それぞれ水と風のルーンを紡ぎ始める。
・・・・・公爵の杖の周りに集った水の粒が、どんどん小さくなっていき白い霧と化す。霧は夫人の風に運ばれて杖の側面を流れ始め、勢いをつけてどんどんその速度を上げていく。キュィィン、と空気を切り裂く音が次第に高くなっていき、・・・・・・そして、再び無音に戻る。あまりに速く流動する水滴に、空気の擦過音が人の耳では聞き取れないほどに高まった結果であった。
「公爵殿、恐れ入りますがなにとぞお待ち下さい! 彼女の身体はこの地そのものに縫いつけられています、下手に刺激を加えれば・・・・・・!!」
コルベールが声を上げ思いとどまるように促すが、夫妻は止まらない。ルイズの傍らにかがむとその膝下に杖をくぐらせ、地面と身体とを切り分け、離していく。杖のまわりの空間が歪み、ガリガリと何かが削れる音が辺りにこだまするが・・・・・・ルイズの様子に異変はない。
「・・・・・・どんなに強力な“固定化”とて、その耐久には必ず限りがある・・・・・・」
「・・・・・・ならば等しい衝撃を、同じ箇所に絶え間なく与え続ければいいだけのこと・・・・・・」
公爵の言葉を継ぐ夫人。魔法が使えない自分には分からないが、きっとこれは彼ら二人にしか出来ないことだろうとシエスタは理解した。息づかいまで揃った二つの詠唱は、もはや見ているものの目を奪うほどに美しい。
・・・・・・しかし、シエスタはそのまま見惚れたままでいるわけにはいけなかった。
ルイズの瞳がまたたく。右、右、右。・・・・・・先ほどの合図でいえば否定の意だが、行っているのは彼女の両親だ。止めようにも家の方針と言われればどうしようもないし、なによりルイズがこの儀式をなんのために行っているか分からない以上、その解除を妨げるわけにはいかない・・・・・・
シエスタはそう思っていた。
またたく瞳から、涙がこぼれ落ちるのを見るまでは。
「・・・・・・ほんとに、ばかでしたわたし・・・・・・」
そう呟いてシエスタは立ち上がり、自らの身体を親子の間に割り込ませ、杖を握るその手を押し止める。
・・・・・・その口から答えてはくれなくても、たとえ突然の状況に混乱していても、分からなくてはいけなかった。彼女がこんなに必死になるなんて、恋人であるあの人のために決まっているではないか。
「・・・・・・何のつもりだ? 立場を弁えたまえ」
「いかに娘に仕えているとはいえ、これ以上不躾な真似をすれば容赦はしませんよ」
娘の前に立ち塞がれ、詠唱を続けながら冷たい気迫と、怒りの熱を帯びた声をそれぞれ投げかけてくるヴァリエール夫妻。しかしシエスタはひるむことなく、果敢にその言葉に真っ向から応じる。
「ええ、容赦して頂かなくて結構です! でもわたしをどうこうする前に、彼女の・・・・・・ミスヴァリエールのことを考えてあげてくださいっ!」
「・・・・・・ほう。わたしたちが娘のことを、考えていないと言うのかね?」
「黙りなさい。あなたの働いた無礼のせいで、ヴァリエールの名が汚れてしまう。公爵家に仕えるものとして恥ずかしくないのですか」
そう。公爵家にこれだけの無礼、打ち首になってもおかしくない。それにこんな簡単なことも汲めないのだから、メイドとしても失格だ。
・・・・・・だから。友達として、恋敵として。この少女の意志をなんとしてでも、自分が言葉にして伝えなければならない。
「だとしても、その気持ちを聞きもせずに勝手にやめさせるなんて間違ってます! 公爵様たちだってかつては、自分の命より大切なもののために戦ったことがあるはずです! ならばどうして、自分の娘がその時だと思わないんですか!? 好きな人のために頑張っている彼女を、どうして素直に応援できないんですか!?」
・・・・・・怒りに髭を震わせ、額に青筋を浮かびあがらせるヴァリエール公爵。
直後に、激昂が飛んできた。
「・・・・・・この子のっ・・・・・・この子の何がただの召使いにわかるというのだ! どれだけ頑張ってもゼロ、ゼロ、ゼロ! 伝説などを背負ってしまったばっかりに幼い頃から自分を肯定出来なかったこの子は、いつも自分の価値を低く見てすぐ捨て身になろうとする!!
・・・・・・思い込みの強い、まっすぐでやさしい子だ! どうせまたくだらん義務や責任にとらわれているのだろう!! アルビオンでこの子が殿を務めさせられそうになったことも、ガリアの国境を越えたことも、聖地に向かったことも生きて帰ってこれたからいい! ・・・・・・だが目の前で自らの命を削る娘を、放っておく親がこの世のどこにいる!? なにがハルケギニアの英雄だ! ・・・・・・あんなどこにでもいる平民ごときに、わしの娘の人生を費やすなど、認めるものかッ!!!」
・・・・・・恐れおおくて、身体が震える。農村出の平民である自分が、トリステインの大貴族に楯突いてしまったのだ。打ち首になるとしても、自分だけでは収まらないかもしれない。ああでもそのときは家族に責が及ばないようにしなきゃとどこかズレたことをシエスタは考え、それでもその激昂に答えようと口を開こうとしたが・・・・・・・、そのときだった。
ルイズの身体を纏う“固定化”のルーンが跳ね、ヴァリエール公爵の杖を弾いたのだ。
シエスタは驚愕に喉先まで出かかった言葉を飲み込んだが、当のヴァリエール公爵の動揺はその比ではなかった。・・・・・・それもそのはず。彼が救おうとしていたはずの娘はいま、涙を流しながらもその瞳に強い意思をたたえ、彼を睨み付けていたのだから。
「・・・・・・なッ!? なぜだルイズ!? どうしてわしに、そんな目をッ・・・・・・・、・・・・・・カ、カリーヌもう一度だ! もう一度っ!!」
「構いませんが、徒労に終わると思いますよ。・・・・・・この子はきっと、あのころのわたくしよりはるかに“強い”。目の前のこの娘は、わたしたちが知る幼子ではないのでしょう。でしたらわたくしは、この娘の意思を尊重したい」
「いや、ならぬ、ならぬぞ! もう鷹狩りも他の貴族との付き合いも必要ない! わしはこの家をおまえが、おまえたちが誇れる家に戻すことができた! 身内の罪を雪ぐため、常に公爵家たる振る舞いと規律を周囲の者に見せ付けねばならなかったが、それが終わったのだ!!
・・・・・・今まで寂しい思いをさせて済まなかった、長い年月をかけてしまったが、やっとお前のことを見てやれる・・・・・・
・・・・・・考えればおまえにも知らずのうちに、わしの重荷を押し付けてしまっていたようだ・・・・・・今回のことでもう目が醒めたよ、無理に他の家に嫁げなどとも言わん・・・・・・わしは、おまえたちが幸せなら、わしの代でカリーヌとヴァリエールの家を畳んでも・・・・・・構わない・・・・・・
・・・・・・・だから・・・・・・なあかわいいルイズや、父からの一生に一度のお願いだ・・・・・・・
・・・・・・わしらと一緒に、ラ・ヴァリエールへ帰ってきてくれないか・・・・・・?」
心から信頼し、誰よりも尊敬していた父親の言葉。―――昔の自分なら俯いて、「はい」としか答えられなかった。
・・・・・・しかしいま、その決意に塗り固められた瞳を、ルイズは実の父に向けたまま逸らさない。その心の奥に秘めた覚悟が、揺らぐことはない。
「・・・・・・ルイズ・・・・・・おお、ルイズ・・・・・・」
娘の意図を悟り、崩れ落ちるヴァリエール公爵。その身体に向けて夫人は杖を振る。突風に舞い上げられた公爵を、グリフォンが器用にその背で衝撃を殺しキャッチする。その背後で行われた一連の動作を見ることもなく、夫人はぺこりとその頭を下げた。
「失礼、大変見苦しいものを見せてしまいました。主人は感傷的になりやすく、繊細なところがありますので・・・・・・
・・・・・・それではこれにて、わたくしたちはお暇させていただきたく思います。・・・・・・それとそこのメイド・・・・・・名前はなんというのです?」
「ひゃ、ひゃいっ!? シ、シエスタと申しますっ!!」
突然の問いに、シエスタは固まった。自分の名を聞かれた驚愕もあったが、それよりも感じたのは恐怖。つかつかと話しながら距離を詰めてくる夫人がとにかく怖い。
こんなふざけた真似をしたのだ、やっぱり打ち首だろうか。それとも直接その杖で手打ちにされるのだろうか。考えている間にも、夫人の姿はもう目の前に迫っていた。
「・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・、?」
反射的に身をすくませ目をつぶる・・・・・・が、何も起きないので恐る恐る目を開ける。
―――そこには、自分に向けて頭を下げる夫人の姿があった。
「・・・・・・我々が王家に命を懸けて仕えるは道理です。貴族はこの世に生を受けたときから、王家の杖となることは義務であり責務ですから。
・・・・・・ですが無辜の民がわたしたち貴族に、命を懸けて仕えてくれることはそうありません。あったとしても長年仕えてくれた者や、返しきれぬ恩を与えられた者だけ・・・・・・
・・・・・・しかしたった数年の付き合いで、あなたはわたしの娘の為に命を懸けて忠言を呈しました。わたしたちの知らないうちに、いろんなことがあったのでしょう。わたしたちよりもあなたのほうが、この子のことを知っているのかもしれません。
自分に自信がなかったこの子がここまで強く在れるのは、きっとあなたが何度もこの子を支えてくれたから。・・・・・あなたのような子が、この子に仕えてくれてよかった」
トリステインの名家中の名家、立場ある公爵家が、農村出身の平民に頭を下げている。部外者であれば腰を抜かすであろうその異様な光景の中心にいながら、シエスタは夫人の言葉を否定する。
「・・・・・・・失礼ながら奥様、わたしが仕えているのはミス・ヴァリエールではありません。ただ、彼女もわたしにとって大事な・・・・・・、大事な、ひとです」
「・・・・・・そうですか。ならば親しい友としてルイズを・・・・・・わたしたちのかわいい娘を、どうかよろしくお願い致します」
そう言うと自重を置き去ったかのような軽やかな身のこなしで、夫人はグリフォンに乗った。
・・・・・・空を翔け、ぐんぐん小さくなるその姿。公爵と夫人の気迫に、日々飄々とした態度をとっているキュルケですら閉じていた口から、冷や汗と共に息を一つもらす。
「はぁ・・・・・参ったわね・・・・・・」
「・・・・・・まったくだよ。大体お姉たまが手紙なんか書くから・・・・・・」
「なによ、通すべき筋は通さなきゃいけないの! わたしを非難するとはいい度胸してるじゃない・・・・・・!」
その言葉を皮切りに、皆もグリフォンから視線を次第に外し始める。しかしシエスタは違った。彼女だけは1人、点になっていくグリフォンと地べたに座ったままのルイズを交互に見つめ・・・・・・、先ほど放った言葉を嘘にしないために、静かに覚悟を固めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます