最後の“零” Ⅲ

 ・・・・・・結論から言うと、儀式は失敗に終わった。

 部屋の左右の端にハーフエルフの少女と老エルフが立ち、イドリスの合図で同時に精霊を行使し、指輪を解き放った。途端にその力は水晶に吸い込まれ、高まりながら水晶を伝い、部屋中に青い光を振りまきながら中心へと集まったが・・・・・しかし、途中で光と共にその力は突然、途絶えてしまった。

「・・・・・・なぜ? なぜだ? やはりわたしでは無理なのか? あれほど皆に迷惑を振りまいて、友一人すら救うことができないのか? ・・・・・・そんな、大いなる意思はわたしに、償いの機会を授けても、くださらないのかっ・・・・・・」

 床に臥したままの友を見つめ、次に問うように虚空を仰ぎ・・・・・・膝を崩した彼、イドリスは仰向けに倒れる。

「イドリスっ!?」

 崩れ落ちる部下を見た、その上官である姪の婚約者の行動は迅速だった。即座にその身体を抱きかかえ、心配げに駆け寄る姪に「大丈夫、疲れて眠っているだけだ」と返す。

・・・・・・周囲が束の間の安堵に浸り、そしてすぐに、ベッドで眠る彼・・・・・・マッダーフが目を醒まさないという事実を直視し消沈する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 漂う沈黙。この結果に異を唱えずにはいられなくなったビターシャルは口を開こうとするが、それより老エルフが部屋にいる者たちに呼びかけるのが一瞬、早かった。

・・・・・・ネフテス統領の指示により、倒れたイドリスの介抱という名目で、ルクシャナとアリィー、そしてファーティマが部屋を出る。

・・・・・・退出していく彼らが抱くことがなかった疑問を、ビターシャルは代わって老エルフへとぶつけた。

「・・・・・・・閣下、教えてください。・・・・・・・一体なぜ、詠唱破棄を行わなかったのですか?」

「・・・・・・行わなかったのではない、行えなかったのじゃよ。もうわしに詠唱破棄する力などほとんど残ってはおらぬし、・・・・・・・それになにより、当の彼自身に目覚めを拒まれてはどうしようもない」

「目覚めを・・・・・・拒んでいる? 彼、マッダーフが?」 

 目の前の老エルフが詠唱破棄が使えないという事実にも驚いたが、それよりも眠りにつく彼が、目を醒ますことを望んでいないことが衝撃的だった。

先ほど倒れたイドリスも、ここでこうして眠っているマッダーフも、姪の婚約者の部下として名前を知っているくらいの付き合いはある。

 神経質で責任感が強いイドリスが、過ちを償おうと自らの身を削ってまで彼を目覚めさせようとすることは、同僚である彼が最も知っているだろうに。・・・・・・なのにどうして目覚めを拒む・・・・・・・? 

「・・・・・・まあ、わからぬなら彼自身に聞いたらどうじゃ? そのためにこうして彼女に残ってもらったことじゃし。・・・・・・ティファニアくん、もう一度お願いできるかね?」

「・・・・・・え、ええ・・・・・・もう一度やれば、いいんですね?」

突如として話を振られ、戸惑いつつもハーフエルフの少女は応じ、先ほどと同じ位置に立つ。

「ほれ、ビターシャルくんも準備せい。老いたわしなら出来ないことも、若いきみならそう難しくはないじゃろ」

「そんな、いきなり言われましても・・・・・・」

 促され困惑するが、従わないという選択肢はビターシャルには無い。命じられるがままに位置につき、行使を始める。光が再度部屋を照らすが、今度は途中で消えることはなくマッダーフの元に集い収束する。


 ・・・・・・視界を染めた柔らかい蒼が、ゆっくりと空気に溶けていく。目を醒ましたマッダーフの表情は絶望に塗れていて、その瞳は悲しみに沈んでいた。


「・・・・・・・閣下、無礼を承知で申し上げます。・・・・・・なぜわたしを、お助けにられたのですか?」

その言葉から滲むは諦観。ビターシャルの知る、正義感と向上心に満ち溢れていた彼の姿はそこにはなかった。

「まあそう言うでない。なぜきみがそう思うかなど、いくらわしとて分からんよ。・・・・・・じゃから教えてはくれぬか? 幸いここにはきみの上司も友もおらぬし、・・・・・・声が漏れぬよう防音も今しがた施した。・・・・・・思う存分、話すといい」

 その言葉に、今にも泣き出しそうなほどにマッダーフは顔を歪める。叫ぶかのように大きく口を開いて・・・・・・そして思いとどまったのか唇を噛み締め、半年間動かなかった喉をゆっくりと慣らすように、ポツリ、ポツリと紡いでいく。

「説明するも何も・・・・・・この身体を見て分かりませぬか。・・・・・・わたしにはもう、手足の感覚がありません。半年もの間大いなる意思の力も通わず、動かすことすら適わなかったのですから当然でしょう。・・・・・・ は、はっ・・・・・・・」

「・・・・・・マッダーフ殿、案ずることはありません。あなたの身体は、・・・・・・」

 乾いた笑みを浮かべるマッダーフに、ビターシャルは慰めの言葉をかける。・・・・・・しかしそれは逆効果で、マッダーフは一層口の端を噛み、その顎に血を伝わせ、ビターシャルの声を自分の声で塗りつぶす。

「ビターシャル殿、気休めはやめてください。・・・・・・身体は動かせませんでしたが、いままでずっとわたしの意識は覚醒していました。眠るわたしの前で、イドリスが呟いていましたよ。・・・・・・存在しないのでしょう? そんな手段など。几帳面なあいつが、調べ漏らすことなんてありませんから」

「・・・・・・それは・・・・・・、・・・・・・しかし、今は無理だとしても、いつかきっと・・・・・・」

「いつか、とはいつまでです? ・・・・・・・・その間あいつに、イドリスにわたしは世話になれというのですか? ・・・・・・あいつは責任感の強いやつです。きっと先ほど言ったように“償い”と称し、アリィーやルクシャナ嬢が何を言っても頑なに聞かず、わたしの介護をするでしょう。・・・・・・わたしは誇り高きネフテスの戦士です。誰かの手を借りながら繋ぐ生に未練はありませんし、・・・・・・なにより、共に戦った友に迷惑などかけたくない・・・・・・・! もしもこの腕動くなら、すぐにこの首掻き切るものを・・・・・・ッ」

「・・・・・・マッダーフ、殿・・・・・・」

 手を借りねば生きられぬ悔しさか、自害も許されぬ惨めさか。ボロボロとその瞳から流れる涙を拭うことすら出来ず、枕に染ませるしかない彼に、ビターシャルはかける言葉を見つけられない。

「・・・・・・・そう、か・・・・・・・。マッダーフくん、きみはひとまず休みたまえ。たとえ何がどうであろうと、生きていれば何とかなる。・・・・・・といっても、無力な老いぼれにはこれくらいしかできぬが・・・・・・」

 そう言うとテュリュークは袖口から一枚の紙切れを取り出し、マッダーフの胸元の毛布に置いた。

「・・・・・・防音はまだしばしは持つし、わしらからは、彼らにきみが目覚めたことを言いはせん。・・・・・・鬱屈とした気持ちが晴れたらこれを読むといい、視線を向ければ開くようにしてある」

 吐息や身動きで動かないようにピンで留め・・・・・・そして、くるりと踵を返しネフテス統領はドアへと向かう。

「・・・・・・・閣下、お待ちください・・・・・・!」

 悲しみに沈む彼を見ていたたまれなくなったビターシャルは、思わずドアノブに手をかける老エルフを引き止める。・・・・・・しかし、肩にかけたその手は、ゆっくりと払われた。

「・・・・・・いまのわしらに何が出来る? いいや、何も出来ぬよ・・・・・・ならば、ここは一旦そっとしておくしかないのじゃ。・・・・・・おっと、人の流儀ではこういったときは女性が先であったな。ティファニアくん、先に出たまえ」

「・・・・・・! は、はい・・・・・・」

 呆然としたままのハーフエルフの少女が、促されて部屋を出る。老エルフも続き、ルクシャナたちが待つリビングへと消えていく。

・・・・・・ビターシャルもドアノブに手をかけ、部屋を出ようとし、・・・・・・気になって振り返り、後ろ手にドアを閉じつつも、その隙間から背後のベッドを覗き見た。

「ううっ・・・・・・ぐ、うううっ・・・・・・」

 ・・・・・・老エルフの言うことは正しい。必死に嗚咽を堪える彼に、自分がしてあげられることなど何一つ無い。


――――だから。ビターシャルはドアを閉めて意を決し、目の前で自分を待っていたかのように立つ老エルフに問う。


「・・・・・・・閣下。閣下が統領になろうと思われたきっかけを、・・・・・・教えていただけませんか?」

「・・・・・・・救わねばならなかった者を、救えなかったからじゃな。あの時になってわしは、きみにさっき教えたことに気付けたのじゃよ。全を見て一を見ぬようでは、到底国のために尽くせてなどいない、とな。・・・・・・それで、なぜ知りたいと思ったのかね?」

「・・・・・・いえ。先ほど仰られた例の件・・・・・・わたしのような若輩でよければ、是非受けさせていたきたいと思った次第で」

「どうしたのじゃ、先ほどはあまり気が進まそうでなかったというのに?」

自分の立場を引き継ぐ意思を示したビターシャル、その心中を半ば察しながらも、テュリュークは聞き返す。 

「教えてもらった『正解』では、きっと我が身のためにはならないでしょうと思いまして。それに彼ばかりではなく、いまだあの式典の被害者、大災厄で心身に負った傷を引きずる者もおります。・・・・・・ですがなにより・・・・・・」

 ・・・・・・そこで、ビターシャルは老エルフの頬がわずかに緩んでいることに気付いた。まったく人が悪いなと思い苦々しく顔を歪めつつも、途切れた本音を継ぎ直す。

「わたしは物語が好きですが・・・・・・人々の為に命を張った英雄が、報われずに朽ちていく・・・・・・そんな話が後世に残るのは、御免被りたいのですよ」



・・・・・・・・・・・・・・・ガチャ、リ・・・・・・

 静かに閉められたドアから目を離し、マッダーフは天井を見上げた。零れる涙を拭うこともできない今の彼には、上を向くことでしか術が無い。

・・・・・・反発する枕を後頭部で無理やり沈め、虚空を眺めること数分。濡れる瞳はひとまず収まったが、その代わりに、今度は口から洩れるため息が胸を湿らせる。

“俺は・・・・・・、ここまでなのか”

“何者にもなれず、何事も成し遂げられず・・・・・・・、このまま死んでいくのか・・・・・・”

 声しか聞こえぬ闇の中、今まで何度も思ってきたこと。しかし目覚め、この首の下についているのが自分の身体であることを自覚したいま、その絶望は一層現実味を増してマッダーフに襲いかかる。

 軽く小突けば枯れ木のように折れてしまいそうなほど筋ばった腕。

 この身を支えきれるかどうかも怪しいほどに細くなった足。

 浮き出たあばらがありありと見て取れるほどに筋肉を落とした胸元。

・・・・・・この半年で見るも無残に変わり果てた肉体。それらがもう全部自分の意思では動かせないと知っていても、たゆまず努力を続け、鍛え上げてきた事実が後悔の念を駆り立てる。

「・・・・・・大いなる意思よ、一体わたしが何をしたと言うのです・・・・・・っ」

 嘆きを言葉にした途端、止まっていた涙がぶり返す。涙は流せば流すほどに心は沈み、情けないことにこの世のすべてが憎らしく見えてくる。


“こんな、こんなことならば・・・・・・烈風が吹きつけた、あのときッ・・・・・・”

ふとそう思ってしまい、それだけは考えてはならないと戒め、マッダーフはネフテス統領が縫い付けた紙きれに視線を向ける。「気が落ち着いたら」と言われはしたが、そんな時など来る訳がないならばいつ読んでも同じだろう。とにかく今は、沈みゆく自分の心を紛らわすための何かがしたかった。

 ・・・・・・向けられた視線を認識したのか、折りたたまれていた紙切れが広がっていく。

どうせ小さななにか適当な慰めの言葉が書かれているのだろう、とばかり思っていたマッダーフは、視界一杯に広がる紙の大きさに驚き、さらにそれに隙間無く書き込まれた字の羅列をみて困惑した。

 ・・・・・・連なる文字たちはバラバラで整合性が無く、縦横斜め、どこから読めばいいか一目では分からない。滲む視界を狭め焦点を合わせ、その一文字目を読み取る・・・・・・瞬間、更なる涙が視界に押し寄せ、マッダーフは喉からこみ上げる嗚咽を必死に堪える。

 「・・・・・・・ッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 幼き子供が書いたのか、舌足らずでぐちゃぐちゃな大きい字。隙間を埋めるように寄り添うのはその母の字だろうか、どこか丸っこい。 

 

 中には汚く、読めないものもある・・・・・・と思えば、エルフの言葉ではなくガリア語で綴られていた。「仕事中で木材を担いでいるから、利き手じゃ無い方で書いた。荒くてすまん」・・・・・・と文の中で謝罪している。

 

 達者な筆の運び。難解な言い回しからは、書いたものが重ねた年月を感じる。読み解き言わんとすることを理解するのに少しかかったが、年の功とでも言うのだろうか、その言葉には含蓄がありためになった。

 

 視界を埋め尽くす感謝、感謝、感謝。紙一面に広がるそれらの筆跡はそれぞれ違う。

 これをすべてネフテス統領自ら集めてくださったのか・・・・・・? と驚愕に視線を落とし、マッダーフはその紙切れの端、きらりと光る“騎士”の勲章と、その隣に添えてある文章を捉えた。


“マッダーフくん、すまぬのう。きみが救った者たちがみな、見舞いに行きたいと言っていたのじゃが、きみの容態も考え、こうして筆を取ってもらった。

 ・・・・・・きみのネフテスの貢献は、こんな勲章ごときでは図るには足りないほどじゃ。歴代の猛将とて、きみのように自分を犠牲にしてまで、これほど多くの民を守った者はそうはおらぬ。・・・・・・・わしは我らエルフの中から、きみのような気高き戦士が生まれたことを誇りに思う”


 優しい気持ちで胸が満たされていき、同時に瞳から涙も溢れ出していく。

 しかしそれを、マッダーフはもう堪えない。いっそ枯らしてしまえとばかりに大声を上げて、マッダーフは自分に向けられた温かい言葉を貪る。

「うあぁああああッ! 俺は、俺はぁあああ・・・・・・ッ・・・・・・・・!!」

 ・・・・・・・広げられた紙の大きさは、マッダーフにかけられた毛布の半分を占めるほど。当然、それだけ広がればこの距離からでは読めない箇所も出てくる。

 読める部分を読みきったら、ドアの向こうにいる彼らに声をかけて読んでもらおう。

 頭の中でそう一瞬考え、マッダーフはすぐに、目の前に広がる言葉たちに心を浸すことに専念したのであった。


「・・・・・・ねえアリィー。さっきわたしが閣下をここに連れてくまえ、叔父さまと閣下は何を話していたか知ってる?」

 ドアの前で話す二人の会話が気になったのだろうか。ルクシャナは婚約者に視線を向ける。

「・・・・・・邪魔しておいてすごいなきみは。・・・・・・おそらく、次の統領についての話だろう。きみの叔父上のネフテスへの貢献は計り知れない。ビターシャル様なら誰も文句は言わないし、言うこともできないだろう」

 呆れにため息を漏らしながらも、恋人の問いにアリィーは応じる。文句を言いながらもちゃっかり答えられる彼に、彼らの間にある信頼が見て取れる。

 ・・・・・・しかしティファニアの思考からは、そんなルクシャナとアリィーのやりとりは徐々に遠ざかっていく。机を挟んで話している彼らも、部屋の隅に並べた椅子に横になっているイドリスも知らないのだ、・・・・・・・ドア一枚隔てたベットで、友人が流す涙を。その心に抱える苦痛を。

・・・・・・今ここでマッダーフが目覚めたことを知らせれば、彼らは喜んでドアを開けるだろう。しかしそれは同時に、誰かの手を借りてまで生きたくはない、とまで思い詰めた彼をさらに追い込むことになる。

(・・・・・・良かれと思って手伝ったけど・・・・・・でも、目覚めさせなかったほうがよかったんじゃ・・・・・・)

考えるティファニアの頭の中に、ふとその思考は流れ込んできた。


 ・・・・・・・もしかしたらサイトも、こっちに呼び戻さないほうが幸せかもしれないの?


頭の中に浮かんだそれは考えちゃいけないことのような気がして、ティファニアは心から湧き出た忌避でその思考を塗り潰してしまおうとする。

 ・・・・・・しかし、そこでハッと気付いた。ルイズから聞いた話によると、サイトは解放された虚無の魔法に飲み込まれ、異世界に飛ばされた可能性があるという。・・・・・・そしてその場合、サイト自身とまったく関係の無い他の世界よりも、関係がある元いた世界にわずかに飛ばされやすくなっているそうだ。

 ・・・・・・だから自分はこうして東方、ロバ・アル・カリイエを探しているのだが、考えてみれば世界が違うということは、時間軸まで違うということだ。

 ・・・・・・もしもこちらでの半年が、サイトが飛ばされた世界での50年だったとしたら? その世界で50年過ごして培った関係を壊して、サイトをこっちに連れてきてもいいのだろうか?

(・・・・・・それに、偶然にもサイトが元の世界に戻れていたとしたら。やっと会えた故郷の人たちから引き離してこちらに呼び戻すのは、・・・・・・正しいことなの? それで本当にいいの?)

サイトがこのハルケギニアに来てから、まだ二年ほどしか経っていない。

 自分が故郷を想って弾いたハーブで、望郷に涙を流した男の子・・・・・・。そんな彼が故郷とこのハルケギニアの二択を迫られたとき、果たしてこちらを選んでくれるのだろうか? 

 ・・・・・・一度疑問を覚えてしまえば止まらない。あれだけ自分に自信を持ち、悔いなく生きているように見えたマッダーフが、陰鬱に気を沈ませ、枕を涙で濡らしているのだ。サイトだってあの戦いで何かを失い、後悔しているかもしれないのだ。

・・・・・親しい友人としての付き合いは長いけれども、主人と使い魔として心を通わせた時間はほんの僅かでしかないティファニアには、サイトが下すであろう決断が予測できない。

 

 マッダーフの目覚めを、まわりに知らせるか知らせないか。

 サイトをこの世界に、呼び戻していいのかどうか。


 眼前に差し迫った難題と、これからどうすればいいのかという漠然とした疑問。ふたつがぐるぐると頭の中でないまぜになり、ティファニアは困惑に泣きたくなる。

「・・・・・・ティファニア、さっきの話の続きを・・・・・、。・・・・・・おい、大丈夫か? 浮かない顔をしているぞ?」 

 そんな自分の様子に気付いたのか、従姉妹は心配してくれた。

 問題の打開策も、今後の方針も何一つ見つけられないティファニアは、その気遣いに甘え、従姉妹に心中を打ち明けることにした。

「待て待て、どこへ行く?」

 言葉無くファーティマの手を引き外に出て、家屋の壁に背中を預けて話す。アリィーやルクシャナには聞こえないとは思うが念には念を入れて、マッダーフの件については耳打ちで告げた。 

「・・・・・・そうか、ならば答えは簡単だ。マッダーフ殿に関しては問題ない、いずれは目覚めなければならないのだから、先延ばしにしてどうにかなることではない。・・・・・・お前が探すあの男のことも悩むな。とりあえず連れて来てから考えろ」

ひとしきり話を聞いて、ファーティマは頷くとそう言った。その瞳に確信めいた何かが宿っているのを見て、ティファニアは彼女の言葉の意を問う。

「・・・・・・どうして、そう思うの?」

「なに、やらないで後悔するより、やって後悔したほうがマシだからだ。・・・・・・わたしだって叔父のことを無理矢理忘れることはできたが、自分の気持ちに蓋をして生きるような生涯を送るのは嫌だったから軍に入った。・・・・・・結果こうしてお前と出会えて、自分の心のわだかまりを捨てることが出来たから、よかったと思っている」

「・・・・・・でも、そんなの結果論だわ。サイトをこっちに連れてきたら、もう取り返しが・・・・・・」

「だからどうした。誰かが幸せになるということは、その分誰かを不幸にするということだ。・・・・・・もしもこの世界に戻ってきたことをあの男が嘆いたとしたら、自分がそれ以上に幸せにしてみせる、くらい言ってみせろ」

「で、でも、わたしとサイトは・・・・・・」

「とぼけるな、好きでもない男の為に、半年も捜索に奔走する馬鹿がいるものか。・・・・・・いままでそれだけ頑張ってこれたんだ、その程度のことぐらいやってみせろ。・・・・・・まったく、自分のこととなるとすぐに弱気になるなお前は。もっと自分を優先しろ」

 自分がサイトに寄せていた好意をとうに見抜いていたのか、呆れたようにため息をつく従姉妹。しかしティファニアはその言葉を素直に飲み込めず、確認するように問い直してしまう。

「で、でも・・・・・・本当にいいの? わたしなんかが・・・・・・」

「ああもう、だからそう卑屈になるな! そこまで言うならわたしが命令してやる、お前に出来ることを全力でやって、さっさとあの男を連れて来い! ・・・・・・お前が沈んでいると、わたしも気分が悪くなるんだっ・・・・・・」

 怒ったように声を荒げたかと思えば、話している途中で恥ずかしくなったのか、徐々に語気をしぼませていくファーティマ。その言葉に救われたような気がして、ティファニアは頬を羞恥に赤く染める従姉妹に頭を下げた。

「・・・・・・ありがとう、ファーティマ」

「・・・・・・礼を言われるようなことをした覚えはないが、その感謝はありがたく受け取っておこう。・・・・・・ん、なにやら部屋の中が騒がしいな?」 

 そう言うと気になったのか、ファーティマは窓枠に近付く。つられて窓枠を覗くと、破るようにドアを勢いよく開けるアリィーと、それに続くルクシャナの姿が見えた。ドアの音に目覚め、目を醒ましたイドリスも慌てて部屋の奥へ消えていく。・・・・・・どうやらマッダーフは、自分から覚醒したことをみんなに知らせたらしい。

「・・・・・・ほら見ろ、起こして正解だと言っただろう? ・・・・・・っと、ティーカップを仕舞うのを忘れていた。あれだけドタバタ騒がしくされたら、下手をすればまた割られそうで怖い」

 笑いながらそう言うと、家の中に戻っていくファーティマ。その背中を見つめ、次に自分の手のひらに視線を移し、ティファニアは先ほど従姉妹に言われた言葉を頭の中で繰り返す。

“・・・・・・もとより出来るか、出来ないかの話ではない。やるか、やらないかの二択だ” 

“お前に出来ることを全力でやって、さっさとあの男を連れて来い!”

(・・・・・・いまのわたしに・・・・・・、・・・・・・できる、こと・・・・・・)

 ・・・・・・考えてみれば従姉妹の言うとおりだ。自分はサイトをこの世界に呼び戻すために、いまこうしてここにいるのだ、なりふり構ってなどいられない。一度決意し、強く頷けば、心の雲はいつの間にか晴れていた。

 ・・・・・・ 部屋の中の様子が一段落したら、ファーティマとさっき中断した話の続きをして、とりあえずアンリエッタに相談の手紙をしたためてみよう。

 そう思いティファニアは喧騒の代わりに、喜びの声を響かせ始めた家の中へと戻ることにした。


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