最後の“虚無” Ⅱ


……カツン。カツン。カツリ、カツン。

未だ舗装が済んでおらずところどころ隆起と沈下を繰り返すアディールの大通りを、一本の杖が音を鳴らして地面を叩く。その身がいかに軽くとも、この半年毎日欠かさず街を回るとなれば話は別で、その杖の先端は擦り減っていた。

「・・・・・・すまぬが、ちとペースを落として進んではくれんかね? 」

「……珍しいですね。いつも早く早くと急かされる身としては有難いですが」

「む、それはすまんかったの。……まぁ、たまにはこうして、喧噪に身を委ねるのもよかろうて」

 杖を突く老いたエルフ……ネフテス統領テュリュークは、自分の半歩後ろを付いてくる長身長髪のエルフに笑いかける。

……鉄血団結党党首に操られたファーティマにいくつもの鉛を打ち込まれた彼だったが、直前に銃弾の火薬を抜いていたこともあってか、セルゲンの放った治癒により奇跡的に命を繋ぎ留めたのであった。

「……あれからもう、半年も経つのですね」

 指示に従い歩みを遅らせ、ポツリと独り言のように彼……ビターシャルは呟く。彼もまたセルゲンの治癒に命を救われ、いまこうして生きていた。

『……………………』

 交わす言葉は無いまま、老エルフに倣いビターシャルは街ゆく人々を眺める。

 復興半ばではあるが街中は活気づいており、老エルフに気づいた者たちが笑顔を向け、こちらに手を振ってくる。

「……ビターシャルくん、そう浮かない顔をしていては、大いなる意思に見放されてしまうぞ?」

 後ろに目でもついているのか、自分の表情をピタリと当ててくる老エルフ。……いや、ネフテスのことなら何でも知っているとまで噂される彼のことだ、自分が何に苦しんでいるかもきっとお見通しなのだろう。


 ……四国友好条約が結ばれ、地獄を見たあの日から。ビターシャルの瞳は「民衆」を映すたびに、その奥にあの災厄を投じていた。


 ……誰かと会って話すのも、議員たちと集団で議論することも問題は無い。……ただふと外に出て、町並みをその瞳に映した時。・・・・・・ビターシャルはあの炎を、嘆き苦しむ者達の姿を見る。人々がいくら笑顔を浮べていても、その後ろに狂ってしまった政敵の影がちらつく。彼は壊れた愉悦をその頬に滲ませ、自分を嗤うのだ。

「……すみません」

 自分でもどうすればいいかわからないまま、ビターシャルは口から小さく謝罪を漏らす。

そんな彼に老エルフは杖を軸にくるりとその身を翻し、笑いかけた。

「ははは、なにも謝ることはない。……そうじゃな、ここは一つ老いぼれから、未来ある若者にアドバイスをしてやろうか。……あの災厄を、無理に覚えていようとするからそうなるんじゃよ」

「!! ……ですが、それでは余りにも、彼らが報われないではないですか! あの出来事をみなが忘れてしまえば、犠牲になった者たちは大いなる意思の元に・・・・・・ッ!?」

 突如、額からバチン、という鈍い音と痛み。俯いていたビターシャルの身体はビクリと跳ね、その驚愕に満ちた瞳は自然、眼前のネフテス統領へと向く。

・・・・・・ニカニカと屈託の無い笑みを浮かべている彼、いびつに枝分かれし自分の方へ伸びていたその杖。そこでやっと、ビターシャルはこの老エルフが木の精を行使し、自分の眉間を弾いたのだと気づいた。

「ビターシャルくん、きみは優しいのう。・・・・・・誰もが嫌がる蛮人対策委員長を買って出たのも、ネフテスを思うがために“大災厄”を恐れたのじゃろう? 

 ・・・・・・じゃが、君は優し過ぎる。ヒトの国へ赴き、ガリアの王に仕え・・・・・・、自分が生み出した物で何万人もの者たちを焼き尽くすその残虐さに、心を痛めてしまうほどにな」

「・・・・・・閣下、それは違います。わたしにはあの狂王の行動が理解できなかっただけで、あの時点で敵であった彼らのことを慈しむなど・・・・・・」

「否定せんでもよい、わしに報告をするときの君の顔が物語っておったからな。・・・・・・その感性は大事なものじゃよ、大切にしたまえ。・・・・・・わしが言いたいのは、自分の目の前で起こったことすべてを抱えこもうとするでない、ということじゃ。忘れるのはなにも、悪いことばかりではない。失敗や過ちが起こった理由だけを覚えて、ほかの事は早々に頭の中から追い出せばよい。ちと薄情にも思えるかもしれんが、きみにはそれぐらいがちょうど良かろう」

「そ、そんなつもりは、・・・・・・し、しかし・・・・・・」

 前方に現れては、後ろに流れていく町の者たち。ネフテス統領は彼らを視界の端に捉えつつも、口ごもる若きエルフに教えを説く。

「いいかね、ビターシャルくん。・・・・・・死者は何も、語れぬのじゃよ。どれだけ生を望もうとも死からは逃れられぬし、また朽ちた骸も蘇りはせぬ。・・・・・・当たり前のことではあるが、これが何より重要なのじゃ。大事なのは今、このとき。亡者の叶えられぬ望みに応じる暇は、為政者にはない。・・・・・・いずれネフテスを背負うことになる君には、是非覚えていてほしいことじゃ」

「・・・・・・・!! 閣下、わたしにはそんな恐れ多いことなどッ・・・・・・!」

「そうかしこまらなくてもよい、きみにはエルフを統べる者たる資格がある。民を思うその心、そして・・・・・・できるのじゃろう? 詠唱破棄」

 老エルフの問いかけるような瞳に見据えられ、ビターシャルは観念したように頷き、目の前に伸びた木の先を、詠唱無く元の杖の形に戻す。

「・・・・・・しかし、わたくしが政を執り行っても、閣下の足元にも・・・・・・」

「・・・・・・本当にそうかのう? わしはそうは思わぬが。この半年わしの補佐として動いてくれたが、きみの働きは見ていて安心できるものじゃった。きみにならネフテスを・・・・・・ッ」

 話の途中で咳き込み、ネフテス統領は慌てて口元を押さえる。しかしその口の端からたらりと伝う赤を、ビターシャルは見逃さなかった。

「・・・・・・閣下、お身体が悪いのですか!? 今すぐ治療を・・・・・・」

「よい、よい。なに、式典の時に潜り込んだ弾がたまに胸を引っ掻いてな。べつに死ぬわけでもなし、わしの身体のことはわしが一番良く知っておる。・・・・・・安心したまえ、きみがわしのあとを引き継いでくれれば、わしも回復に専念できる」

「・・・・・・そんな、どうしてわたしにおっしゃってくださらなかったのですか!」

「・・・・・・そうじゃなぁ。本来であれば詠唱破棄ができるきみを、すぐに次の統領に指名しなければならなかったのじゃが・・・・・、どうしても半年、半年だけ様子を見たかった。・・・・・・ネフテスの民を愛するあまり、物事を背負い込みがちなきみの考えは、ちと危ういものじゃったからの」

「・・・・・・閣、下・・・・・・」

 自分の至らなさが目の前の老エルフを苦しめていた事実に、ビターシャルはうなだれる。しかし自責の念に捉われる彼をテュリュークは「ほら、そこがいけないんじゃよ」と笑って流し、視界の端に映る水で満たされた樽と、その隣にある桶を指さした。

「あの樽に入った水を、桶で掬うくらいがちょうどいい。政というのは少し残る、零れるくらいがいいんじゃよ、完璧を求めてはどこかに歪みが生まれてしまうからの。・・・・・・先ほどきみに言ったこともそう、“民草”といった一括りで見るからそうなるのじゃ。個と個が紡ぎ、織り成す営みとして捉えればなんてことはない。・・・・・・あの戦で命を落とし、悲しんだ者がいれば、いまこうして平和を謳歌し、笑みを浮かべる者もいるのだよ」

老エルフの言葉を頭の中で繰り返しながら、ビターシャルは顔を上げ、再度辺りを見回す。

「・・・・・・!?」

 消えた。消えていた。あのときの惨状が、狂った彼のあの笑みが。目の前に映るのは、活気溢れる街の者たち。心地よい喧騒が、自分の中でわかだまっていた何かを洗い流してくれる・・・・・・

「ーーーーーーーーさまーー、おじさまっ!」

・・・・・・しかし、騒がしすぎるのも困ったものである。喧騒の中から近づいてくる元気すぎる姪っ子の声に、ビターシャルは勘弁してくれとばかりに額に手を当て首を振る。姪と一緒に顔を見せたその婚約者も、こめかみを抑えつつため息をついていた。

「ねえ、統領閣下はいる?」

「おお、ここじゃここじゃ。しかし肩書き呼びはちとさみしいのう。いつものようにおじいちゃんと呼んではくれぬのか?」

「流石のわたしでも公衆の面前じゃいやよ。言われた通り“彼”の件で呼びに来たわ。折角だから連れてってあげる!」

 自分の影から顔を覗かせた統領に話しかけ、その手を引き、視界から消えるまでの時間わずか10秒。相も変わらず場の空気をぶち壊し、嵐のように去っていく姪。ビターシャルが視線をその婚約者に向けると、彼は呆れを通り越し、その頬をヒクヒクと引きつらせていた。

「・・・・・・すまないな、手のかかる姪で。・・・・・・本当にすまない」

「いえいえ、ぼくも彼女の婚約者ですから。・・・・・・婚約者、ですから・・・・・・」

 謝罪を述べるビターシャルに、アリィーは半ば投げやりに笑みを浮かべる。

 謝らなければいけないのは邪魔をしたこちらの方だ。どうやら彼は先ほど、閣下と重要な話をしていたように見えた。あの婚約者から目を離した自分の不注意である。・・・・・・というか一瞬目を離しただけでこうなるのか、とアリィーはさらに深いため息をつく。

「・・・・・・ところで、“彼”とはだれのことだ? 私の知る人物か?」

「ええ、ビターシャル様もよく知っていると思いますよ。・・・・・・なにせ僕の、自慢の戦友ですから」

 ビターシャルの問いに、“騎士”の称号を持つ若き彼は誇らしげに答える。普段の謙虚な振る舞いを知っているビターシャルはその態度に驚くが、・・・・・・しかしその憂いを帯びた語気に気付いて口を噤み、沈黙と共に人ごみに消えた老エルフを追う事にした。



   アディールの中心から、少し離れた小さな民家の中。

 机をはさみ対面に座るイドリスの神妙な面持ちに困惑しながら、ティファニアはどうして自分がここに呼ばれたのかを考えていた。

「・・・・・・・」

 日々探索に明け暮れる自分を労おうとしてくれたのか、従姉妹の自宅に招かれた。これがつい先ほどのこと。・・・・・・しかし途端にイドリスが飛び込んできて、「自分に来て欲しい」と懇願するのだから是非も無い。手を引かれるがままに自分は、台所で紅茶を淹れてくれている従姉妹に事情を告げる間もなく、こうしてこの部屋に連れてこられたのであった。

(・・・・・・それにしても、本当に何も無い・・・・・・)

 ティファニアはきょろきょろと辺りを見回す。三メイル四方の空間に、机が一つ、椅子二つと証明しかない。イドリスの背後にドアがあるが、それもこの家の間取りからするとそう大きくは無いはずだ。

住んでいる者の顔が予想できない―――――というより、住む者の生の営みがこの家から感じられない。いくら首を傾げても疑問に答えは出ず、ティファニアは残してきた従姉妹のことを考える。 

(・・・・・・せっかく呼んでくれたのに、悪いことしちゃったな・・・・・・)

 胸の中で謝罪し、少し心を沈ませたその矢先。乱暴にドアを開けた音と共に、息せき切って飛び込んできたファーティマのいらただしげな声が背後から飛んできた。

「ハァ、ハァッ・・・・・・ 探したぞ。貴様、人の客人を連れ去るとは何事だッ!」

「・・・・・・申し訳ありません。しかしファーティマ殿、何卒ご理解願いたい。なにも何の用もなしに、わたしは彼女をここに招いたわけではありません。・・・・・・まあそう怒らずに、お掛けになってお待ちください。わたくしは他に用事がありますので」

 イドリスは席を立つとあっさりと謝り、自分が今まで座っていた椅子を引き、手を向けて着席を促す。ファーティマも彼の張り詰めた様子に毒気を抜かれたのか、ひったくるように差し出された椅子の背もたれを掴み、どかりと腰掛けた。

「まったく・・・・・・ティファニア、お前もお前だ。突然いなくなれば何かあったのかと驚くではないか! 何事にももっと危機感と疑いを持つよう心がけろ」

「まあまあ・・・・・・でも呼ばれたのがイドリスさんだったし、それに、あんなに頼まれたら・・・・・・」

 ぶつぶつと文句を言う従姉妹をティファニアは宥めようとするが、かえって火に油を注いでしまったらしい。

「頼まれたら? それを言えば他の誰でも、頼まれれば付いていってしまうだろう! お前はもう“悪魔の力”は使えぬのだぞ!? まったく、危なっかしくてたまらない・・・・・・」

「・・・・・・うっ、確かにそう、かも・・・・・・、ごめんなさい・・・・・・」

 軍人特有の張りと圧のある口調で、叱られるように注意を受けてティファニアは気を落とす。エルフ・ハーフエルフを問わず、感情が動けば多少その長い耳も連動してしまうので、しょげる耳先を見て今度はファーティマが焦り始める。

「わ、悪かった、長い軍務で固い口調が染み付いているのだ、許せ! ・・・・・・そ、そういえば喉が渇いただろう? 先ほどの茶の続きといこうではないか、偶然にも道具は持ってきている!」

 突然露骨に話題を逸らし、一体どこから取り出したのか、ティーセットやら何やらを慌ただしくテーブルにならべ始める従姉妹。隠せていないその動揺がなんだか微笑ましくて、ティファニアは思わず笑ってしまった。

「・・・・・・ふ、ふふっ」

「・・・・・・な、なんだ。くそっ、笑いたければ笑え・・・・・・」 

羞恥に顔を赤く染め、不貞腐れたようにむくれるファーティマ。その様子がおかしくて、ティファニアは申し訳ないと思いながらも浮かぶ笑みを止められない。その笑みが止まったのは、いつの間にか視界からイドリスの姿が消えていたことと、従姉妹がなみなみと注いで出したティーカップの柄に覚えがあることに気が付いてからだった。

「・・・・・・あっ、そのティーカップ・・・・・・」

「・・・・・・ああ、察しの通り、わたしが叔父にあげたものだ。バラバラになってはいたが、何とか接いで使えるようにしてある。・・・・・・叔父もお前が使うとよろこぶだろうと思ってな。思えばこのお茶も叔父がよく淹れてくれていた」

「・・・・・・そうなんだ・・・・・・。じつはわたしの母も、たまにわたしにお茶を淹れてくれたの。・・・・・・あまり覚えていないけど、なんだかこの香り・・・・・・懐かしい感じがする」

「ほ、ほんとか!? 早く、早く飲んでみてくれ! もしかしたら同じ味かもしれないぞ!?」

 途端に顔を輝かせるファーティマ。規律を尊び厳守する軍人としての普段の彼女とはかけ離れた、年相応の無垢な表情。ティファニアはその問いに答えるべくカップに手を伸ばすが、その熱さに驚きわずかに身を引く。・・・・・・結果、なみなみと注がれたお茶の半分ほどが腹部に零れ、ティファニアは熱さに悶絶する羽目になった。

「・・・・・・・・・・・・・・っ」

「お、おい大丈夫か・・・・・・? ! す、すまない!!」

 火傷を心配したのか、立ち上がる目の前の従姉妹・・・・・・その視線が自分の腹部に向かうや否や、彼女は血相を変えて、精霊を行使して冷霧を生成し、自分の患部を冷やそうと試みる。

「すまない、すまない・・・・・・!」

もう半年も昔のことで、何度も気にしていないと言っているのに、変わらず叱られた子供のように顔をこわばらせ、ファーティマは何度も何度も謝罪を繰り返す。未だ罪の意識に苛まれ自責の念に駆られる従姉妹の頭を、ティファニアは優しく両腕で包み込み引き寄せる。

「・・・・・・・大丈夫、もう治ってるわ。それにこの傷があったから、わたしはあなたと分かり合うことが出来たし、サイトと契約することが出来たの。・・・・・・サイトが使い魔になって色々悩んだし、苦しんだりもしたけど・・・・・・でもいまは後悔してない」

「・・・・・・だが、わたしがお前を撃った事実は変わらない・・・・・・お前がいくら許してくれても、わたしは・・・・・・」

「だったらこう言ってあげる。ヘンな言い方になるけど、わたしはあなたに撃たれてよかった、って思うわ。・・・・・・これでもだめ? まだ自分を、許せない?」

「・・・・・・わかった。そこまでいうならもう気に病まないし、悪いとも思わない。だがその代わり、わたしにもあいつを探す手伝いをさせてくれ。・・・・・・もうすぐやっと、水軍が復旧する。そうすればわたしも、お前の力になってやれる。今日お前を呼んだのは、それが言いたかったからだ」

 頭を上げ答える従姉妹の顔からは罪悪感が消え、何かを振り切ったようなすがすがしい決意に満ちていた。

 人とエルフはこうして支え、助け合って生きていける。そんな実感と確信を胸に抱きながら、ティファニアは助力の申し出を遠慮なく受け入れる。

「ありがとう、助かるわ。・・・・・・実はね、最近サイトを捜してくれてる人が減ってるの。・・・・・・“仮面をつけているのならば誰だか分からないだろう”ってあなたのアドバイスで、わたしを助けてくれた“あの人”のことを“サイト”って言い回って捜してもらってる・・・・・・けど、みんなあの出来事を過去のものにしようとしてる。・・・・・・辛かった、苦しかったことを忘れるのは当然だけど、これじゃ、わたしがどうしたってサイトは・・・・・・」

 話している内に思わず心の内に封じ込めていた弱音が零れ、ティファニアは口をつぐむ。しかし、従姉妹の助けに安堵を覚えてしまった心は止まらず、その頬を一筋の涙が伝う。

「・・・・・・あれ、あれっ? ごめんねファーティマ、なんでもないの。わたし・・・・・・あれっ?」

「・・・・・・いや、今まで力になってやれなくてすまなかった。辛い思いをさせたな」

 席を立ち自分の前に来て両腕を広げる従姉妹。その胸にティファニアは顔を埋める。 

 サイトがよく口にしていた東方・・・・・・ロバ・アル・カリイエを探すため、ティファニアは一人、ネフテスに残ることを買って出た。ルイズの近辺に自然発生するゲートを探すことも重要だと思ったが、定期的に才人の世界の物が流れ着いてくる、というこちらを疎かにするわけにはいかないと思ったからだった。

 ・・・・・・だが、いかに人とエルフの友好ムードが漂っているネフテスでも、当然自分の存在に忌避を示すものはいる。・・・・・・それに何より母の故郷、自分の身体に流れるエルフの血のルーツといえど、自分にとっては見知らぬ土地で、エルフ語で喋られたら何を言われているか分からない。

 ・・・・・大概は自分に合わせてガリア語を使ってくれるが、自分以外同士で話されるときの疎外感からは逃げられず、水軍の再建に忙殺されているファーティマにも頼れない。

 姉代わりだったマチルダとも連絡がつかないいま、ないまぜになって降り積もる不安と心細さは溢れ、止まらなくなっていた。

「・・・・・・大丈夫だ、策はある。こうすれば万事解決だ」

 声を殺し瞳を濡らす混血の従姉妹に、ファーティマはひそひそと耳打ちをする。途端、ティファニアは驚きに顔を上げる。従姉妹の告げたその案は確かに効果的であったが、それ以上にあまりに突飛過ぎるものだったのだ。 

「・・・・・・いや、でもっ・・・・・・」

「何を否定することがある。逆に言えば半年も経ったいま、未だにお前の力になりたいと手を貸してくれるものがいるのだ、出来ないわけがない。そうすればお前は本当の意味での“人とエルフの架け橋”となれる。お前にはその資格がある・・・・・・ならば、それを利用しない手はないだろう?」

 戸惑いに眉をしならせる自分に、ファーティマは得意げに笑ってみせる。

「・・・・・・もとより出来るか、出来ないかの話ではない。やるか、やらないかの二択だ。・・・・・・やれるな?」

 力強いその瞳に見据えられ、ティファニアは更に困ってしまう。いきなり言われてもどうしよう・・・・・・と答えるのに躊躇していると、背後と前方のドアが同時に開いた。

「お邪魔するわ! ・・・・・・って、家主に聞こえないのに言っても無駄だわね」

「ですが、もうじき“彼”も目を醒まします。・・・・・・そのために“大災厄”で乱れた地脈が完全に整った今日、詠唱破棄を行える閣下と、秘石の力を扱えるティファニア殿をお呼びしたのですから」

 入り口からルクシャナが飛び込み、奥の部屋からイドリスが現れる。続けて入り口から息を乱したネフテス統領が、さらにビターシャルとアリィーが姿を現す。

「はぁ、ふぅ、ふぃー・・・・・・。若いとはいいのう、風を使っても横に並べぬとは・・・・・」

「閣下、先ほどあれだけ無理をしないようにと言ったではないですか!」

「・・・・・・というか一体どうして、閣下は着いていけるのですか。僕らでも後を追うのがやっとなのに・・・・・・」

 いや、見れば後続の二人の方が、老エルフよりよっぽど肩を上下させている。ファーティマも突如現れたネフテス統領に驚いたのか、自分との話を一旦置いてテュリュークに一礼する。

 ・・・・・・それよりも“彼”って・・・・・・?

頭を過ぎる疑問の答えをどこかで予想しつつ、イドリスに促されティファニアは奥の部屋に入る。

 ・・・・・・床にちりばめられたおびただしい数の水晶が、幾何学模様を描くその中心。ベッドで静かに眠る人物はティファニアの予感した通り・・・・・・・ガリアへの道のりで行動を共にした、マッダーフであった。

 「・・・・・・ティファニア殿には話しておりませんでしたね。あの式典で、彼は多くの人々の命を救った代わりに、その身に宿る精霊すべてを失ってしまったのです。・・・・・・精霊の力なしでは、我々エルフの寿命は人と等しくなり・・・・・・それどころか、その目すら開くこともできず、こうして昏々と眠り続けているのです」

「・・・・・・そん、な・・・・・・」

 その凄惨な事態を初めて聞き、ティファニアは絶句するしかなかった。ロバ・アル・カリイエでサイトを探すため奔走していたとはいえ、いままでそのことを何一つ知らなかったことに申し訳なさを覚えた。

「・・・・・・ええ、ですからもうこのままにしてはおけません。さあ、始めましょう」

 イドリスが厳かに治療の開始を宣言し、部屋の空気が張り詰める。

 ・・・・・・改めて見ればイドリスの表情は、幾度も顔を合わせていない自分でも分かるほどに強張っていて、その瞳の下には黒い隈が浮き出ていた。

 ・・・・・・きっと今日この日まで、彼は眠る同僚を救うために様々な努力を行ってきたのだろう。

 自分にも出来ることが少しでもあるのなら、力になってあげたいとティファニアは頷き、淀みなく飛んでくるその指示に従った。

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