盗賊の矜持

「……土くれ、か……」

 とある路地裏。近づいてくる足音とその息遣いから、隻腕のメイジは背後に立った何者かを振り返りもせずに言い当てる。

 「どうした、俺に何か用があるのか? ……言っておくが聖地の謎が解けた以上、貴様と馴れ合う理由はない。脱獄させてやったあの時の恩は、もう十分返してもらった。……あとは、貴様の好きにしろ」

 投げかけられる冷たい言葉たち。しかしフーケは分かってしまった。このどこか他人行儀な口調と態度は悲しみを閉じ込める殻であり、少しでも触れればあっけなく割れてしまうことが。だからこそその言葉に傷つきながらも、フーケは強く出られない。

……ガンダールヴとその主人たちの護衛。その依頼主であるジュリオ・チェザーレが契約の後金を支払いに来たのが、つい一週間前のことだった。

“聖地”と思わしき場所を探すが、何も出てこない。桃色の小娘の行方は知れず、式典を執り行うと噂に聞いたティファニアも予行や準備にすら顔を見せない。

女王やネフテス統領に近づこうにも、護衛の衛兵に魔力を見るゴーグルをかけられいてはどうすることもできない。

 聖地の謎を解き明かそうと駆けずり回り、さりとて何の情報も得られずにいた自分たちには、神官の訪問は願ってもない好機だった。間違いなく今回の騒ぎの中心にいたはずの彼に聞けば話は早い。

「報酬はいらないから、聖地で何があったか教えてくれ」

 お安い御用ですよと、月目の少年は水晶を差し出した。そこには聖地で起こったことの一部始終が映り込んでおり、ワルドはかねてからの望みを達した……

 ……それは幸せなことだと、フーケは思っていた。なにせ彼はレコン・キスタに与えられた任務を遂行するためだけに、栄誉あるグリフォン隊の隊長にまで上り詰めたのだ。

 そう、すべては、このために。

 ……時折ワルドがロケットを開き、写真を眺めることがあるのをフーケは知っている。以前ガンダールヴにの介抱した時には「その年で乳離れもしてないのかい」と笑ったが、今では分かる。

 あれは戒め、だったのだ。自らの罪を忘れないように、何度も何度も思い出すためのもの。

 そうやって自分を責めることで、幾多の苦難や後悔を、歯を食いしばって乗り越えてきたのだろう。

 ……女王の信用を得てアルビオンの王子を手にかけ、国を捨て爵位を捨てて、それでも。 ありとあらゆるものを見切り、切り捨て、置いていっても追い続けたものだ。大切なものを汚し、裏切り、傷だらけになりながらも、それでも求め続けた、ものだ。救われなければおかしい。報われない、赦されない訳がない。

 しかし、叶えられた願いは、あまりに残酷な結果をワルドにもたらした。

  フーケは見た。水晶から顔を上げたワルド、その目の奥に映る虚無を。……今まで何度も何度も見てきたそれは、孤児と同じものだった。行き場を無くして途方に暮れた目。悲しむでもなく、絶望するでもなく、ただ生への執着だけを、どこかへ置いてきたかのような、そんな瞳……。

  ……その次の日に、ワルドは姿を晦ました。フーケは町中を探し回ったが、どれだけ探しても見つからなかった。

 当初はさほど、フーケは焦らなかった。街から出るには砂漠か海を渡るかの二択を迫られるから、そのうち見つかるだろうと考えていたのだ。

しかし数日たつにつれ、フーケは人混みの中にちらほらと、トリステイン女王の近衛である水精霊騎士隊の姿を見つけ始めた。こんな男を見なかったか? と似顔絵を手に、街行く者たちに手当り次第に聞き回っていた。

おそらく失踪したあのガンダールヴの搜索でもしているのだろう。フーケは始めそう思ったが、盗賊として培った「イヤな予感」を覚え、さりげなくあとをつけて何をしているのか探った。

……耳をひそめて会話を聞くうちに、フーケは自分の顔がみるみるうちに青く染まっていくのが分かった。背丈に特徴に格好。そのすべては数日前に出ていったワルドの姿と一致しており、そこまで事細かに知られているということは、「フェイス・チェンジ」も唱えずに辺りをほっつき回っているという事実に他ならなかった。

(ワルド。あんた一体、何を考えてんだい……?)

 幸い今彼を探しているのは近衛である水精霊騎士隊の数人だけなので、見つかっても容易に振り切れるのだろう。しかしそれが手練れの集団へと変われば太刀打ちするのは厳しくなる。アルビオンに隠れ住んでいた時にも何者かの視線や気配を感じたことがあり、自分たちはその度隠れ家を変えてきた。幸いアルビオンは母国ということもあり、ある程度地理を把握していたおかげで襲撃を受けることは無かったが、このエルフの首都でそう上手く追っ手を撒くのはいくら“閃光”といえども難しいはずだ。

 ……そして、きっとこの式典が終わり次第、すぐにあの女王は刺客を放ってくる。

 アルビオンとの戦に応じたのは、必ずしも民のためというわけでもないだろう。愛しい王子の敵を討たんとする復讐心も確かにあったはずだ。……それが殺した張本人であるならばなおさら憎いに決まっている。

……しかしもちろん、当事者であるワルドもそれを分かっているはずなのだ。

 そこにフーケは、どうしてそんな挑発じみた真似をワルドがしたのか、という疑問を覚えていた。なんの意味もないことをこの男はしないし、かといって自分を追うものたちを煽り、嘲笑うようなつまらない男でもない。

 疑惑を心の底に封じ込めたまま、フーケは平坦な口調を貫く。

 「……ふーんそうかい、あたしも別に構いやしないよ。……ただ、あんだけ働かされて求められて、報酬も何も貰ってないで手を切るなんてゴメンだと思ったのさ」

「……なるほど、言ってみろ。失った爵位なら、アルビオンで懇意にしていた連中に取り計らってなんとかしておいてやろう。……金ならば、俺の領地を売るといい。もし王家に没収されていたなら、その近くに住んでいるはずのジャン……俺と同じ名の爺さんに聞け。レコン・キスタに取り入るために、相応の金を用意していた。その残りが、まだあるはず……」

 「いらないさ、そんなもの」

 「なら何と言うんだ?」

 「……いいかい? 心して聞きな。あたしが欲しいもの……」

ゆっくりと深呼吸をして、フーケは言う。

「……それはね、あんたの命だよ。ジャン・ジャック・ワルド」

「……ッ!!」

ワルドは固まった。奇しくも、……いや、意図してのことだろう。この女は自分がアルビオンの王子の命を奪った時の言葉をなぞらえているのだ。

だが、その身体から殺気は感じられない。フーケの真意をはかりかねたワルドは問う。

「どういう、ことだ?」

「そのまんまの意味さ。もともとアルビオンの戦で、あんたは空から落ちて死んでたんだよ。それを助けた時から、あんたの命はあたしのもんなのさ」

 なんて理屈だ、と自ら話していてフーケは呆れる。しかしこの暴論以外にこの男を繋ぎ止めておける言葉を、フーケは見つけられなかった。

「……はッ、とんだ驕りだな。俺の命を、俺がどう使おうと勝手だろう?」

「そうかい。じゃああんたがどこかへ死にに行ってるように見えたのは、あたしの気のせいなんだね?」

睨めつけるその鋭い眼光は、間違いなく何かを確信している。ワルドはため息をと共に心中を吐き出した。

「……いいや、お前の勘の言う通りだ。俺は死にに行く。この命でつけられる決着が、終わらせられる清算があるんだ」

「……ッ! なんで今更になって、そんな事言うんだい! あんたはわたしと逃げ続けることを決めたあの時に、赦されなくなったのさ! 〝聖地をこの目で見るまで俺は死ぬわけにはいかない”そう言って今日まで生き延びちまった以上、もう遅いんだよ!」

「……ああ、確かにそうかもしれないな。だがな土くれ、お前はさっき俺の答えを言ったんだよ。俺は聖地を見るまでは、死ぬわけにはいかない。……そう、俺は生きる目的を果たした。……もうこの世に執着などない。下らない生を送るくらいなら、少しは意味のある死を俺は望む」

「だからなんだってんだい!? あんたは母親の訳の分からないうわ言にすがって、ただ自分を傷つけてきただけじゃないか! ……生きる意味なら、他に見つければ……!」

「……探してみたさ、この数日。だが喧騒に耳を傾けて、人の流れに身を任せたからこそ分かっんだ。空っぽなんかじゃなかった。真実を知ったあの日、枕元に立った母の言葉に、俺は既に満たされていたんだよ。……話は終わりだ。もう俺に構うな」

「ふん、イヤだね! 自分を死地に追いやるために杖を握って! 堪えきれない胸の痛みは酒で紛らわして! 会う人会う人を利益か損害かの天秤にかけて! それで、一体何を満足したって? その年であたし以外の女もろくに知らなかったような男が!? ふざけたこと言ってんじゃないよッ!」

 叫ぶフーケの顔を、研ぎ澄まされた風が掠めた。

「……何度も言わせるな、もう次はない。これ以上俺に構うな、土くれ」

 鮮やかな紅が一筋伝いその白い頬を彩るが、フーケは怯まない。それどころか間合いを詰めてくると、軍杖を握る右手を取り、自らの首元に押し当てきた。

「狙うところが違うよ、あたしを止めたかったら、今すぐこの首吹き飛ばしな! ……それともトリステインの閃光サマは、街で噂の大盗賊を殺すこともできない根性無しだったってのかい!? ほら、やるんなら早くやりなよッ!!」

 その肩は恐怖に震えてはいない。その瞳は、自分の視線を逸らさせてはくれない。ワルドは悟る。この女は、自分が手を出さないと思い込んでいるのではない。本気で自分になら殺されてもいいと、その命を差し出しているのだ。

「……もういい。貴様を消すよりも、どうやら俺の方から消えた方が早そうだ」

 そう言うと杖を収め、ワルドは背中を向けた。

「待ちな、逃がしゃしないよ!」

 フーケはとっさにその腕を掴んだが、そのときふとした違和感が胸の中を通り過ぎた。しかし、それがなんであるかはとっさには分からず、言葉にすることは叶わない。

「……餞別代わりに忠告してやる、すぐに式典を執り行うあの壇を錬金で変質させろ。……俺なんかに時間を使う猶予などお前にはない」

「……? いきなり何を言ってんだい。……それに、あたしゃさっき手のかかる妹分にだいぶ魔力を使っちまったよ。今からあんなでかいもんに使いでもしたら、流石にあたしでも精神力が切れて気絶しちまって、ここらを周回する衛兵に捕まるのがオチさね」

「……その妹分が死ぬことになる、といってもか?」

「どういうことだい?」

「さあな、少しは自分で考えろ……、」

 ワルドは続けようとしたが沈黙し、閉ざされたその口から不自然な間が生じる。直後にフーケが掴んでいた手を振りほどき、ワルドは杖を握った。

 紡がれなかった別れの言葉を、そして今度こそ立ち去ろうとするその合図を、しかしフーケは見逃さなかった。

「ちょっと、だから待ちなって言ってんだよッ!」

会話の間に詠唱していた呪文をフーケは放つ。土魔法の基本、アース・ハンド。

本来ならばゆっくりと地面から手が伸び、掴んでくるだけの魔法であるから、その土の手のひらに気をつければ比較的に避けやすい。しかし、“土”を扱うことについてフーケの右に出る者はいない。伸びる手はまるで蛇のようにのたうち、詠唱を行っていたワルドの足に素早く絡みついた。そのまま素早く“錬金”を唱え、それを鉄に変えて固定する。

流れるように行われた一連の動作を、しかし当のワルドは他人事のように眺めていた。

「……無駄な魔力を使うな、“俺”に何をしても無駄だ」

言って、ワルドは先ほどフーケが握っていた「左腕」を見せつける。その肘の先にくっ付いているのは自分が大枚を叩いて買ってやった義手ではなく、アルビオンであの少年に切り落とされたという生身の腕だ。当然身体の失った部位を生やすなんてメイジにはできないし、もちろん先住魔法にだってある訳がない。

……ということは、ここにいるのは、“偏在”で作られた分身なのだ。

フーケが悟ると同時に、ワルドの姿が薄れ始めた。“偏在”が解け、魔力が主人の所へ帰っているのだ。

「……世話に、なったな……」

「何勝手に終わらせようとしてんだい! ちょっと……」

「……さらばだ、土くれ……」

一方的に別れの言葉を告げ、ワルドは消えた。そのあまりに勝手な振る舞いに対する怒りと、自分の言葉が届かない悲しみが立ち尽くすフーケの胸に渦巻く。

……しかし、そんな自分をフーケは笑った。自分の"らしくなさ”に気付き、それが急におかしくなったのだ。

「……はっ、はははッ、……上等じゃないのさ。さんざん人を好き放題振り回しといて、それでいて見返りすら踏み倒す、ってのかい? ……いい度胸してるよあんた。でもね、この土くれのフーケさまには通じないんだよッ!」

一体自分は、何を勘違いしていたのだろう。ウエストウッドで子供たちに読み聞かせていたお伽噺のように、戦地に赴く騎士になにも出来ず、嘆き悲しむことしか出来ない貴族のお嬢様を気取っていたのだろうか?

「……あたしは盗賊。欲しいものは全部、この手で奪い取ってきた」

自らに言い聞かせるように呟くと、ごちゃごちゃとした感情が整然と収束していく。

一人の女として、心を奪うことは叶わなかった。ならばここから先は一人の盗人として奪おう。心だけなんてチャチなことは言わない、頭のてっぺんからつま先まで自分のものにしてみせる。

「……どこに逃げようと無駄さ。見てな、絶対見つけてやる……!」

掻き消えた風にそう宣言して、かつてトリステインを騒がせた大泥棒は静かにこぶしを握った。

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