苦悩と謀略

 (・・・・・・ふむ・・・・・・)

 異変に気付き始めてざわめく民衆。何を思ったのだろうか、祈り始めた女王。しかし、ネフテスを統べる老エルフだけは変わらない。動揺の末に狂言を民衆へ撒き散らすのでもなく、自ら動き出して何かを行うでもなく、ただことの成り行きを静かにその鋭い双眸に収めていた。

 (やはり、説明をしておいた方が良かったかもしれぬの・・・・・・)

テュリュークは隣に座す年若き女王を見やる。ネフテスのためとはいえ、彼女には悪いことをした。民衆にも謝らねばならぬ。

 (すまぬ、・・・・・・すまぬ・・・・・・)

 その憂いを現実のものにはさせぬと思いつつ、しかし、テュリュークの口が開くことはない。聴衆が知れば混乱が広がり、式典の継続は難しくなる。それこそが恐らく今回の「彼」の目的で、そして連合軍とネフテスの足並みが乱れた時、再び何か行動を起こすはずだ。

 使える手駒も満足な資金も何も持たないであろう「彼」が、そんな状態で無謀な敢行をする訳がない。いくら頭に血が上っていたとしても、「彼」は勝てない勝負に出るような愚者は絶対に冒さないからだ。

 そしてその信用に足るだけネフテス統領は「彼」を買っており、また、その才を失うことを嘆いていた。自分が隣にいる細身のエルフに命じ、潜ませていた手練れをけしかければ、「彼」のすべては瞬く間に終わってしまうのだから。

 (まったく惜しい男を、失うことになるのう・・・・・・)

 ・・・・・・躊躇いの意思はそこにはない。だがしかし、ただただテュリュークは惜しむ。長い時を生き、様々な議員を見てきた老エルフから見ても、「彼」の才覚はずば抜けていた。

 聞く者の心を掴む舌鋒鋭い論説に、たとえ何があろうと妥協せず、己の意思を微塵の揺るぎもなく貫き通せる強靱な精神。

 アディールでも十の指に入るであろう博識と、それを実際に使いこなせる応用性。

 そして何より極めつけは、他を圧倒する指導者としての魅力。・・・・・・あればかりは、努力して得られるものではない。「彼」が生まれ持ってその身に備えているものなのだ。

 ・・・・・・しかしいくら惜しもうとも、「彼」はここで潰さなければならなかった。被害が少ない今止めなければ、「彼」はいずれネフテスの脅威となる。それは予想なんて生優しいものではなく、テュリュークの中ではもはや確定事項だった。

 (・・・・・・)

 テュリュークは思い出す、“大災厄”が起こった直後の「彼」の立ち回りを。

 絶望する兵士たちに一喝し、目まぐるしく変わる状況に惑うことなく、「彼」は理にかなった適切な指示を飛ばしていた。死に体だった兵士たちはまるで水を得た魚のように蘇り驚異的な巻き返しを見せ、伝令兵の伝える情報も次第に吉報に転じ、劣勢だった戦況は膠着状態にまで持ち込まれた。だからこそあの時、テュリュークは「和睦を結ぶ」という選択肢を取ることができたのだ。

 ・・・・・・もし仮にこの戦に破れていれば、いくらトリステイン女王が望まなくても、彼女が率いた“連合軍”は相応の落とし前を付けることを要求していただろう。小国であるトリステインに決定権は与えられず、ネフテスは戦敗国の烙印を刻まれていたはずだ。

 彼らから見れば、自分たちは六千年にわたる長い小競り合いの度に、何度も何度も打ち負かされてきた高慢で恐ろしい種族。しかしいまでは違う。“大災厄”によって精霊の力が散り散りに乱れたいま、自分たちに戦う力はもう残されてはいない。・・・・・・かつては見下し、虐げ、嘲笑られていた者たちに、今度は自分たちが救いを、情けを、慈悲をかけてやければならない・・・・・・。

 あまりにも滑稽極まりない、強者と弱者の逆転。彼らの理性のたがが容易に外れるのは、想像に難くない。恐らく自分たちがいくら許しを請うても彼らは搾取をやめることはなく、ネフテスは滅ぼされていた。

 しかしそんな最悪の未来を、「彼」は見事に退けた。此度の戦いにおいて最も目覚ましい働きをした「彼」は功績が与えられ、先人たちが紡いできた誇りと伝統あるネフテスの歴史に、名を刻むはずだった。

 ・・・・・・あの一言が、飛び出る前までは。


 “この報復をせずして、奴らを見逃す道理はありませぬ!!”


 そう。“報復”と、「彼」はそう言ったのだ。それはあまりにも甘く魅力的で、花の蜜に群がる蝶のように、心に、身体に傷を負った者を惑わし引きつける魔法の言葉だった。

(仕方がないこと、だったのじゃろうか・・・・・・)

 あの時既に、彼の言葉に同調する者は決して少なくなかった。憎しみ、悲しみ、怒り。誰もが持て余す負の感情を「彼」は自らに集め、束ね、纏め上げ、同じ方向に揃えて上げていた。

 「彼」が是と言えばそれに賛同する声が連なり、否と言えば揃って頑なに首を振る。「彼」は瞬く間にそんな空気を、「彼」だけの世界を作り上げていたのだ。

 並の者であれば、こうはならなかっただろう。しかし「彼」の主張にはそれなりの正当性があり、そして何より、聴衆の心を掴むことについて「彼」には天賦の才があった。

 「彼」を捨て置けば、そう経たないうちに罪のない民が再び戦火に震えることになるのは目に見えている。テュリュークは説得を試みたが、しかし「彼」の目を見てそれが不可能であることを悟った。あの焼けつくように爛々とした瞳を止める術を、ネフテスを統べる長である彼でさえも見つけ出すことは叶わなかったのだ。

 (・・・・・・いや、違う。“できなかった”のではない、“やらなかった”のだ。見苦しい言い訳などするな。わしは民を取り、「彼」を見捨てたのだ・・・・・・)

  もっと時間をかけて説得すれば、「彼」を思いとどまらせることもできたかもしれない。しかしあの時は、全てにおいて余裕がなかった。

 式典の下準備に、帰る家を失い空腹に苦しむ民衆の幇助、負傷した兵士たちの手当、瓦礫の撤去に火災の消火。人手に物資に救護に金、そして何よりそれらを回し、動かし、助け、捻り出せる人材。足りないそれらを補うために、ネフテス統領は自らの時間を使った。

 ・・・・・・老いた身体に鞭を打ち、昼夜問わずに考え、指示を出し、動き回った。精一杯出来るだけのことはしたつもりだが、しかし老エルフにも限界はあった。民という大を導くために、テュリュークは一人のエルフを斬り捨てるしかなかった。あの場で「彼」の言葉を糾弾し、「彼」自身の非を認めさせるという行為によって「彼」の心を叩き折るしか、その時に取れる手段はなかったのだ・・・・・・。

(きみを止められなかったわしには、きみを正す資格はないかもしれない・・・・・・)

「彼」の祖がエルフ水軍を立ち上げてから、「彼」の一族はその誇りと、導き率いる者としての在り方を絶えず受け継がせてきた。・・・・・・しかし、時の流れによってその意識は次第に捻れ、歪に変化していき、彼らの身体に流れる血を“呪い”と呼べる程までに黒く染め上げた。・・・・・・呪われた血は世代を重ねるにつれてその色を濃く強くしていき、結果、その末裔である「彼」は“鉄血団結党”を立ち上げた。

“自分たちこそが民を導く道標、民を正す秩序、民を守る正義であり、その義を汚す愚賤な蛮人共は徹底的に排するべきである” 

 これは「彼」が唱える党としての方針だが、この言葉には他の意を認めぬ程に絶対的な自己肯定と、そして誇りという名の麻袋をかぶった醜悪な悪意がこれでもかと詰め込まれている。これこそがまさにその“呪い”の象徴であり、また「彼」が自らの“血”に踊らされているだけということの証明でもあった。

(・・・・・・じゃがなエスマーイルくん、いささかきみはやりすぎてしまった。もはやそこに至ってしまったきみに、統べる者としての矜恃など在りはせぬのだよ・・・・・・)

 テュリュークは自分に言い聞かせるように、罪を犯したエルフの名を心の中で呟く。彼の活躍を見て嫉妬に駆られ、その功績を汚そうとした浅ましい議員は確かにいた。だがしかしそれは一部の者であって、大半の者は彼を一目置き、敬いの意を持って接していた。

 踏み留まることは出来たはず。しかし、彼は超えてはならない一線を踏み出した。

 ・・・・・・きっと他ならぬ彼自身が、彼を許せなかったのだろう。誰にだって間違いはある。だというのに、彼は己の犯した過ちを不甲斐ないと罵り、叱咤し、戒め、傷つけ痛めつけた。

 その自虐は傍から見ても異様で、気味悪がった“評議会”の議員や鉄血団結党の党員も次第に離れていった。しかしそれすらも彼は自身の落ち度と見なした。自責は一層激しくなり、溜まりに溜まった感情は火をくべられた釜の中のようにふつふつと沸きあがっていた。・・・・・・そして自分の一言がとどめとなり、彼は彼自身の“血”に呑み込まれてしまった。

 (老いぼれたわしには、きみを分かってやることは叶わなかった。・・・・・・だがしかし、壊れてしまったきみに引導ならば渡すことができる)

 人とエルフ。二つの種族が互いのわかだまりを捨て去り、平和を愛し友好を誓うこの式典を害したのだ、・・・・・・ただでは、済まされない。そうでなければ民に示しがつけられない。それに、既に一人の戦士の行方が知れずにいるのだ、その責を追及すれば更にその罪は重くなるだろう。

 一人の才あるエルフの人生を一層ねじ曲げてしまう覚悟を胸に、テュリュークはビターシャルに声をかけようとして、・・・・・・そして、彼の様子がおかしいことに気付いた。

 蛮人対策委員長がその細い双眸を揺らしつつ、手に持った片眼鏡越しに凝視しているのは騒ぎの中心。

 何を見ているのか気になった好奇心旺盛な老エルフは風の精霊から力を借り受け、年齢により衰えた視力を若かりし頃以上に回復させ目をこらしてみる。すると、そこにいた戦士はネフテス統領にも見覚えがあった。

 ・・・・・・四十にも満たない若さで“騎士”の称号を得たエルフ。叙勲したのは他でもないテュリュークだ、記憶に残っている。流石に家名までは覚えてはいないが、名はアリィーと言ったか? 

 ・・・・・・そして自分の記憶に間違いがなければ、彼はあのルクシャナ嬢の婚約者だったばず。自分もルクシャナ嬢のことは良く知っているから、彼を知らずとも彼には信用が置けた。なにせルクシャナ嬢との出会いは、あろうことか彼女が十に満たぬ齢で“評議会”に忍び込み、自分と知識比べをしに来たことから始まったからだ。

 ・・・・・・当然、投げられた問いには即答して軽くあしらった。だがしかしそれが悔しかったようで、彼女はそれから数年に一度、自分が知り得ないであろう人間の知識を自慢げにひけらかしに来るようになった。ちなみにそれは今でも続いていて、そのお陰でいろいろ教わるところもある。

 ・・・・・・まあそれはともかくとして、昔からルクシャナ嬢は突飛な発想と驚異的な行動力の持ち主で、他にも彼女が起こした騒ぎは数えればきりがなく、呆れた彼女の一族はそのお目付役として、名家の嫡子である彼と婚約を結ばせたという。

 これが彼女の叔父であるビターシャルの話で、彼は何度も姪の奔放さを嘆いていたし、そして振り回されながらもその手綱を取り、何とか押さえ込んでいる婚約者の手腕を高く評価していた。だからこそ蛮人対策委員長は、自分の姪が民族反逆罪にかけられる恐れがあろうとも、毅然とした態度で淡々と執務をこなすことができた。心配していなかったのではない、それだけ彼は姪の婚約者に信を置いていたのだ。

 ・・・・・・だというのに、彼のこの不安そうな様子はどうしたことだろう? それに、あのアリィーくんほどの手練れがここまで騒ぎ立てる理由とは一体・・・・・・?

 いかに「彼」が策謀に長けているといえども、兵も武器も持たない今では大したことは出来はしないはず、だがしかし万が一と言うことも有り得る。

 (とにかくこのままではいかぬ。一刻も早く「彼」を排さねば・・・・・・)

 動揺している蛮人対策委員長に指揮は任せられない。そう判断したテュリュークは立ち上がり、潜ませている手練れたちに直接指示を送ろうとする。

 しかし、その時だった。ざわめいている観衆たちの中から突然、爆炎が上がった。爆風に煽られて数人が吹き飛ぶほどの威力、警戒を促していた若き“騎士”のいる辺りからだった。

 (そんな馬鹿な。彼女から聞いた話では、彼はもう何一つ持ち得ないはず・・・・・・!)

 思わず老エルフは壇上で語った少女のいる方を見やる。・・・・・・しかし、そこにはこの式典を担う二人の片割れの姿は無かった。老エルフは疑問に思おうとして――――そして、冷たい棒のような物を“誰か”に首筋に押し付けられたことに気付いた。

 身動きせずに視線を下げて確認すると、それは自分の執務室にあった黒光りした拳銃だった。人間やエルフのものに比べて、その威力も弾速も桁が外れている。回避は不可能であることを悟り、ネフテス統領は自分の命が“誰か”に握られたことを自覚する。

 「動くな。・・・・・・静かにしてもらおうなどとは言わない、好きなだけ騒ぐと良い。まあどれだけ騒ごうと無駄だろうがな」

 耳元に囁かれ、テュリュークは固まる。動揺していたビターシャルも、驚愕に更なる戸惑いを隠しきれない。老エルフの背後に潜む人物、それは――――――

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