悪意と自責


華やかな儀式が行われている壇上。瓦礫を積み上げ、粘土で塗り固め、炎の精霊の力で焼き締めて作られた壇の中には空洞があり、“その中”に彼はいた。

 「もうそろそろ、か・・・・・・」

 密閉された静謐な空間。ひとりごちる彼の声は、誰にも届かない。

 だが彼には外界の様子が手に取る様に分かるし、呼吸には困らない。外には風の精霊を巡らせ、自分の右手では定期的に空気を生成しているからだった。

 空洞があっても壇が崩落することはない。土の精霊に補強を任せている。左の手のひらは地べたに貼り付け、水を媒体として精霊の力を地脈に流し込む。

「・・・・・・ぬ?」

 頭上から感じる“水”の気配。壇上で語る自分の手駒に流しているものかと思ったが、違う、もう一人いる。彼は風の精霊に視界を任せ、“水”の出所を探す。

 そして、見つけた。壇の端に控えた少女が、蛮人の掛けたものであろう不完全で歪な魔力に委ねて心の震えを必死に押さえ込もうとしていた。

 「・・・・・・自らを戒めてまで、この愚行を望むというのか・・・・・・?」

 彼は一瞬、言葉を失った。呆れを通り越して、もはや憐れみすら覚える。見ていて心苦しいことこの上ないが、かといって救いようもない。自分の言葉を理解するには、彼女は、頭上の者たちはあまりにも及ばないのだから。

 「ならばせめてその幻想から、目を覚まさせてやろう・・・・・・」

 その言葉と共に、空気を作り出していた手から水が生まれる。彼はそれを頭上へ放り投げる。空洞の天井に当たると水の球は吸い込まれ、消えていった。

 ただでさえ“大いなる意思”の力をいくつも同時に使役しているというのに、更なる負荷。さすがに“手駒”の制御は甘くなるだろうが、まあそれもまた一興だろうと彼は考える。

 「・・・・・・さて、始めよう。ここから先は、わたしの舞台だ」

 そうひとりごちると、彼は声も態度も心も即座に抑え込み平常心を取り戻す。 

 しかしその鋭く尖った目元の歪みは、吊り上がった口端は、噛み殺した笑みの残滓を隠し切れてはいなかった。

 

 静寂の中、一人のエルフが語る壇上。その光景を、ティファニア・ウエストウッドは幕の影から覗いていた。

 彼女の身を包むのはドレスではなく、古くから伝わるエルフの儀礼の際に着る民族衣装。もちろんこれには理由があって、それぞれの伝統的な服を交換することにより互いを認め合っている、という表意を観衆に伝えるためでもあった。

 

「・・・・・・鉄血団結党の党員として日々を送っていたわたしに、ある日命令が下されました。内容は“竜の巣”に逃亡した裏切り者たちへの制裁。図らずして憎み続けたシャジャルの娘に出会ったわたしは歓喜に打ち震え、躊躇いなく鉛玉をその無抵抗な身体に撃ち込みました・・・・・・」


「・・・・・・その後捕えられ海竜船に乗せられたわたしは、再び彼女の殺害を試みましたが、失敗して死を覚悟しました。・・・・・・しかしわたしの過去を知った彼女は、わたしが向ける理不尽極まりない怒りの矛先を受け止め、優しく包み込んでくれました・・・・・・」

 

 「・・・・・・その時わたしは知ったのです、憎しみは何も生まないことを。・・・・・・許せぬ者も当然いるでしょう、憎しみを溶かすことは容易ではなく、誰にだって出来ることではないのだから。

 ただそれでも、耐えなければならないことを忘れないでいただきたい。耐えなければ禍根を断つことは叶いません。さもないと負の連鎖は終わることなく、我々は大事なものを次々と失うでしょう。

 奪った分だけ奪えば、さらに奪い返される。・・・・・・だから耐えねば、耐えねばならないのです・・・・・・」 

 

 彼女の話は終わる。万雷の拍手が鳴り響くが、それを発するのはエウメネスの民。実際に戦に出て、多くのものを失った戦士たちは腕を組み、沈黙を保ち続けていた。

 ・・・・・・もうそろそろだわ、準備しないと・・・・・・。 

 彼女が出てきたのは壇の右側で、待機している自分が今居るのが左側。

 ティファニアは筋書きを確認する。左右から二人の少女が交互に出てきてそれぞれの境遇を壇上で語り、それでも交友を結びたいと願う。それが終わると退場したもう片方が再登壇し、ネフテス統領と聖地回復連合軍代表の前で和平を誓うのだ。

 アニエスの声に促され、ファーティマが退場する。彼女が先陣を切って自分を後に回してくれたお陰で、十分な余裕を取ることができた。

 自分の出番がやって来る。失敗は、許されない。

 (大丈夫、サイトはルイズたちが探してる。いまわたしにできることは、この条約を結ぶために全力を尽くすこと・・・・・・)

 ティファニアは深呼吸して、今まで自分に言い聞かせてきたことを再び繰り返す。エルフと人間の架け橋になれるのは、半分ずつ血を受け継いだわたしにしかできない。

 誹謗や罵倒だって、当然受けるだろう。でもきっと耐えてみせる。

 才人が守ってくれたこの世界が、平和であり続けるために。エルフも人も関係なく、みんなが笑って過ごせるように・・・・・・

 思いを決し、壇上にその姿を見せるべくティファニアは一歩踏み出す。

 

 しかし、そんな思いを神は嘲るかのように、ハーフエルフの心を暴力的な嵐は蹂躙した。

 

 壇上に立った彼女を認識した瞬間、観衆が放った視線が視線が殺到する。怨嗟、憤怒、嫌悪。突き刺さるような言外の弾圧に、思わず声が詰まる。

 「あっ・・・・・・」

 何か言おうとしたが、喋れない。息が苦しい。足元を見れば、膝が笑っていた。

 壇上のここからでも、埋め尽くす観衆の顔は良く見えた。一人一人が、その睨みつける瞳に、噛み締める唇に、表情すべてに悲しみを、痛みを乗せてぶつけてくる。

 もちろんそれはこの戦いに参加した兵士たちのものであり、エウメネスの者たちは心配げな瞳を向けている。

 しかし自らを押し潰そうとしてくるその視線に呑まれ、ティファニアは気付くことができない。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめん、なさい・・・・・・

 声にならない謝罪をどれだけ繰り返しても、向けられるその悪意は止むことはない。それどころか固まったまま動かないティファニアの挙動を民衆は訝しみ始めた。彼女を苛み、傷つけ、痛めつける瞳の圧力は勢いをさらに増していく。

 あのエルフの老人は、戦場で一体何人の戦友を失ったのだろう。 

 あのエルフの男が、帰る家は残っているのだろうか。

 あのエルフの子供の親は、あのエルフの老婆の子供は・・・・・・

 人を思いやるその優しい性格が災いし、ティファニアの中で罪の意識は膨れあがっていく。

 

 ・・・・・・がしゃり、がしゃり。

 

 頭の中で“制約”の鎖が鳴り響く。しかし、抑えることは叶わない。溜め込んでいた水に耐えきれず切れた堰のように、罪悪感と自責の念がティファニアに押し寄せる。

 迫り来る感情の濁流にティファニアは必死に抗おうとするが、勢いは激しさを増していき、心が削り取られていく。

 ・・・・・・すけて。

 辛い、苦しい、痛い。傷ついた少女の心は安らぎを求め、無意識のうちに助けを求めてしまう。

 あの強くて優しい腕に、ぎゅっと抱きしめられたい。あの温かくて勇気をくれる言葉に、励まされたい。

 そしたらきっと、何度でも自分は立ち直れる。どんなことだって、きっと乗り越えられる。

 

 がしゃり、がしゃり、がしゃ、がしゃん。

 

 たすけて、サイ・・・・・・、

 この世界にいない少年のことを呼ぼうとして、ティファニアは凍りつく。

 

 ・・・・・・ぴしっ、という音と共に。鎖に、亀裂が入った。


 いま、自分は、誰を呼ぼうとした? 

 ―――――呼ぶ資格なんてない。だってサイトを殺したのは、自分なのだから。

 

 ぴしっ。

  

 うそ、そんな訳ない! サイトは生きてる!! 今だってルイズ達が、

 ―――――捜してる? もしルイズの言ったとおりに異世界に飛ばされていたとしても、あれだけの爆発で無事な訳がない。だから式典に出た。本当にそう思ってるなら、こんなどうでもいいこと放り出して一緒に捜しに行くはずなのに。 

 

 ぴしぴしっ、ぴしっ。

 

 違うわ、どうでも良いことなんかじゃない!! サイトが命を懸けて守ったこの世界を、わたしはッ・・・・・・!! 

 ―――――もしそうだとしても、自分に、何が出来るというの? 

 

 がしゃ、がしゃん。ぴしぴし、ぴしっ。

 

 ・・・・・・えっ?

 ―――――自分がわがままでサイトを使い魔にしなければ、この戦争も、“大災厄”だって起こらなかった。サイトだって、死なずに済んだかも知れない。

 ・・・・・・い、や。だから違う、サイトはッ・・・・・・!

 ―――――悲しみから憎しみは生まれる。これだけの人を、エルフを悲しませた自分が、一体何を言えばいい? ・・・・・・何も言えない。自分に彼らの、手を取り合わせられるわけがない。だって・・・・・・ 

 ・・・・・・やめ、てッ・・・・・・

 

 がしゃん、ぴしっ、ぴしっ、ぴしぴしぴしぴしっ・・・・・・

 

 だって、全部、自分わたしのせいなんだから。


 ・・・・・・パキンッ・・・・・・

 

 切れた鎖が、解けていく。縛り付けていた心は自由になるなり、ありったけの絶望を掻き集め、ティファニアに叩きつける。

 ・・・・・・あ、あっ、いや、いやッ・・・・・・

 責めに責め抜かれた心が、自らが考えたこともないようなおぞましい自嘲を吐き出す。

 ―――――エルフと人間が、仲良くできるはずがない。本当はそう思ってる。

 ―――――サイトは死んだ。みんながどれだけ捜しても、見つかりっこない。そう思ってる。

 ・・・・・・いや、いやッ・・・・・・!! お願いだから、もう、やめてッ・・・・・・!!

 しかしその暴走を、ティファニアは自分の本心でない、と言い切れない。

 ヘドロのように黒い感情が、彼女の胸の中に入り込む。衰弱した彼女の精神にはもはやそれを拒む事すら許されず、あっさりと侵入していき、溶け込んでいく。

 小川のように澄んだ心が、みるみるうちに汚されていく。何がなんだか分からなくなる、奇妙な酩酊感。ただそこにある痛みだけが、彼女を休むことなく苛み続ける。

 

 視線、視線、視線。拒絶、拒絶、拒絶。・・・・・・気付けば、足は退っていた。

 「・・・・・・ひっ、あっ、あっ・・・・・・」

 更に一歩、もう一歩。止まらない。・・・・・・もう、止まらない。

 気付けばティファニアは民衆に背を向け、駆け出していた。

 顔を驚きに染める老エルフと、従姉妹の間を突っ切り、中央から後方へ。

「――――――ッ!」

 背後から自分を呼び止める、ファーティマの声が聞こえた。自分に向けて手を伸ばすアンリエッタの姿が、目に焼き付いた。

 しかし、逡巡する一瞬の余裕ですらティファニアの心には与えられなかった。胸の内から迫り上がってくる絶望が、身体を前へ、前へと突き飛ばす。

 そのまま2メイルの壇から身を躍らせ、・・・・・・少女の姿は、壇上から掻き消えた。

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