第三章

以下未修正

光と影 表と裏

第3章 光と影 表と裏 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 小屋の中を、長い沈黙が埋め尽くす。誰かが意図して作ったわけではない。それほどまでに真実は重く、それを語る者と聞く者の口を押し潰してしまった、と言うだけの話。

 「・・・・・・これが、六千年前の真実。始祖は使い魔を愛し、また、使い魔は主を愛していました。彼らに罪はありません。ただ、運命が悪戯をしていっただけなのです・・・・・・」

そこまで言うと、ヴィットーリオは一息ついた。彼が言葉を置く間隔が段々と短くなっていることに、ルイズは気付く。脂汗をかいているという訳でもなく、顔色にも変化は無い。だが彼の身体から“何か”が流れ出しているのは感じることができた。

「長くなりました。では、あなたの使い魔の話をしましょう。彼はいま・・・・・・」

「お待ち下さい聖下。ここから先は、僕に任せて頂けませんか?」

ジュリオが語り手の交代を促す。ロマリア教皇は微笑み頷いた。

 「・・・・・・そうですか。ですがジュリオ、話によっては時折わたしも、口を挟ませてもらいますよ・・・・・・」

 恋人によってベッドに横たえられる主人の身体を眺めながら、従順なる使い魔は話を引き継いだ。

 「と、いうことだ。待たせたね。ここから先は僕が説明するよ」

 「ちょっと待って」

傭兵とのいざこざ、命を削るような有無を言わせぬヴィットーリオの語らい。部屋に入ってから完全にタイミングを逃したルイズは、ここぞとばかりに疑問をぶつけた。

「あの時わたしは虚無を使い果たして消滅していくはずだった。なのにいまわたしは生きてるし、そこにいるジョゼットもあれだけ苦しんでたのになんともなってない。・・・・・・質問するわ。どうして虚無の毒が消えたの? そしてなぜわたしたちが治ったのなら、聖下の身体は元に戻らないの?」

「結論から先に言うね。きみがその二本の足で立つことが出来ているのは、ひとえにリーヴスラシル・・・・・・彼のルーンのお陰だよ。担い手四人に等しく与えられた一時の安寧を、聖下がご自身と、虚無の毒の影響が比較的に少ないティファニア嬢の分をきみとジョゼットに分配し直したのさ。だから聖下の症状はもう治らないし、きみたちの身がいつまで保つかも定かじゃない」

 「ちょっと待って、サイトが生きてるって話はどうしたの!? リーヴスラシルが発動してるのなら、サイトが生きてる訳ないじゃない!」

 「おいおい待ってくれ、僕は一言も彼が死んだなんて言ってないぜ?」

 「一体どういうことよ!」

 「一度彼が死にかけて、ガンダールヴのルーンが消えたことがあっただろう? あの時みたいに何らかの偶然が重なって、彼は生きながら制約が外れたと僕たちは考えてるんだ」

「制約が外れた?」

 「そう。きみたちはもうずいぶんと聖地に彼の姿を探しているけど見つからない。百人単位で人が動いて手がかりの一つも無い、なんておかしいと思うだろう? そこで僕たちは仮説を立てた。もしかしたら彼は風石の魔力により、何処かへ飛ばされてしまった? ってね」

 「・・・・・・大陸隆起を起こすほどの魔力を、その身一つで受けたとすれば・・・・・・彼が生き永らえている可能性は、・・・・・・ッ!!」

更に言葉を紡ごうとした瞬間、唐突に異変はヴィットーリオを襲った。息が上がり身体を震わせるたびに、身体が激しく点滅し、じわじわと彼の胸元を削り取っていく。

「聖下!」

「心配、ありませ、ん・・・・・・、発作の、ような、もの、ですから、すぐに、治まり、ます・・・・・・」

 なんでもない事といわんばかりの言葉だが、その息も絶え絶えといった様子を見て言葉通りに受け取ることなど出来はしない。しかし、思わず伸ばしそうになったルイズの手は、ジュリオに制されて宙を漂う。

「さて、話を続けようか」

「ちょっと、なんで聖下を放っておくのよ! こんなに苦しんでるじゃない!!」

「救う手だてが無いんだ、どうしようもないんだよ」

 「いい加減な言葉で誤魔化さないで! 大体ティファニアはともかく、そんな身体の聖下がどうしてわたしたちに時間を分け与えたの? 自分の分を残していれば、もっと生き長らえることは出来たんじゃないの!?」 

 

「・・・・・・生き長らえては、駄目なのですよ・・・・・・」

 後ろから聞こえた答えに、ルイズはぎょっと振り向く。呼吸を整えたヴィットーリオは、寂しそうな瞳をしたまま微笑んでいた。ルイズの瞳に映る胴しか存在しない男の姿は変わらない。しかし、ルイズの中のロマリア教皇という認識が目の前の彼と一致してこない。

「わたしの存在が忘れられたいま、わたしが行ったことは、すべてロマリアが独断で動いたということになっています。彼らに濡れ衣を着せる訳には、いけません。 

 ・・・・・・貴方が“忘却”をかけられた時、使い魔である彼についての記憶が都合のいいように補完されましたが、虚無の毒に身を溶かせばそのようなことは起こりません。ヴィットーリオ・セレヴァレという人間の歴史はこの世界から完全に消え、わたしの引き起こしたこの戦争も、一体何が引き金になったのか分からなくなってしまうはずです。エルフたちは憎しみをぶつける対象を失い、暴動も反乱も起こらず式典は行われ、条約は滞りなく結ばれるでしょう」

 「ですが、それだと聖下は・・・・・・」

 「構いませんよ、わたしはあなたがたを利用したのです。このくらいのリスクは元から覚悟していました。だから余計な心配をせず、ジュリオの話を聞いて下さい」

 ヴィットーリオは視線で使い魔を促した。ジュリオは頷き、話を続ける。

「いいかいルイズ。半年の間、始祖に祈りを捧げ続けるんだ。きみの想いがブリミルに届いたならば、きっと最後の虚無を・・・・・・、おっと、お客さんのようだね」

 ダンダンダン! ダンダンダンダン!

 ジュリオの言葉と同時に、ドアが叩かれた。・・・・・・いや、どちらかというと叩くというよりも破るの方がしっくりくるだろう。衝撃を受けたドアの蝶番がいまにも壊れそうな程に軋みを上げ、その荒々しさを明快に表現していた。

 「ルイズ! ルイズ! いるなら返事をしてくれ!!」

 切迫した声の後に“アンロック”の詠唱が聞こえ、ドアが開かれる。弾かれたように飛び出してきたのは、ギーシュ・ド・グラモンだった。

「ギーシュ! どうしてここが分かったの?」

「わたしが連れてきたのよ」

 ギーシュの後ろからルクシャナがひょこっと顔を出し、その更に後ろには短剣の柄をいじりながらぶつぶつと文句を言うアリィーの姿がある。

「頼むルイズ、みんなの所に戻って来てくれ! こんな所じゃ何が起こるか分かったもんじゃない! 僕はサイトと約束したんだ! きみを危険に晒す訳にはいかない!」

 ギーシュに手を引かれ、ルイズは困惑してロマリア教皇とその使い魔を振り返る。

「待ってギーシュ、まだ・・・・・・」

「こいつらの話が何だっていうんだ! どうせまた僕らを・・・・・・」

 「ギーシュ!」

 怒鳴りつけるように言葉を遮って、次の瞬間ルイズは後悔した。ギーシュは悪くない。自分を案じてここまで探しに来てくれたのに、この仕打ちはあんまりではないのか。

 「ごめんねギーシュ。でも、わたし・・・・・・」

 「・・・・・・外で待ってる。終わったら出てきてくれ」

 まるで独り言のような小さい声を放ち、ギーシュは部屋を出ていった。その横顔が何かを押し殺しているかのように強張っているのを見て、ルイズはいっそう罪の意識に苛まれてしまう。

 弱気になっちゃダメ。それよりも・・・・・・、

 そう自分に言い聞かせ、ルイズは意を決して向き直る。しかしヴィットーリオはゆっくりと首を横に振り、ジュリオは手のひらを見せつけて。

「ルイズ、悪いが話はこれでおしまいさ」

「もう私たちから伝えられる事は、なにもありません。・・・・・・そうですね、よろしければトリステインの女王や水精霊騎士隊の面々にも、この話はしておいて下さい。いまでは誰も、わたしたちを信じてくれませんので」

 「本当に、もうないのですか?」

 「ええ、教皇の名に・・・・・・。ああ、もうわたしはその立場ではなく、始祖に誓うための手もありませんでしたね。ならば、死に逝くこの身体にかけて誓いましょう」

 自らの身体を見回しながら、ヴィットーリオは寂しげな笑いを浮かべた。その頼りない背中に、ジュリオがそっと手を添える。

「兄弟を探すのはもちろん手伝いたいけど、あいにくぼくらにもうそんな力はないんだ、すまない。・・・・・・これ以上ぼくたちといたらきみが疑われてしまうから、早く去ることをおすすめするよ。それに、ミスタ・グラモンをそのドアの向こうで待たせてるんだろう?」

 「・・・・・・わかったわ。ありがとうございました聖下、ジュリオ」

 ルイズは感謝に下げた頭を上げると、椅子に座ってヴィットーリオの身体を支えているジョゼットを見つめる。

「ねえジョゼット。あなたいま、好きな人の傍にいて幸せ?」

「ええ」

 唐突な質問に、ジョゼットは即座に答える。淀みは、なかった。

「・・・・・・その幸せ、絶対に逃がしちゃダメよ」

「分かってるわ。あなたも諦めないでね、ヴァネッサ」

「当然よ。どんなに苦しくても、辛くても、今度はもう逃げないわ。わたし、あいつを信じてるから」

 ルイズはドアノブに手をかけながら予感する。きっと、もう彼らと再び出会うことはないだろう、と。

 「・・・・・・じゃあね、さよなら・・・・・・」

 ノブを回し、ルイズはドアを押す。ドアが開くにつれ、外にいるアリィーとルクシャナの姿が見えてくる。

 「まったく、なんで僕が蛮人なんかの為にこんな使いっ走りをしなくちゃいけないんだ・・・・・・」 

 「そんなこと言わないでよ。こんな無茶なお願いあなたにしか頼めないんだから、ね?」

 未だ不機嫌そうなアリィーに、ルクシャナが満面の笑みで抱きついている。アリィーのしかめていた眉間がほぐれ、頬が瞬時に朱に染まっていく。それを見て取ったルクシャナが更に楽しげに笑っている。

 

 「・・・・・・」

 ふと、ルイズは背後を振り返ってみる。手を放したドアが自重で自然に閉まっていくにつれ、主従たちの姿は見切れていく。

 「さよならルイズ。幸運を祈るよ」

 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたの行く末に、光があらんことを・・・・・・」

 ジュリオが別れを惜しむように陽気に手を振ってくれている。ヴィットーリオが祈祷を紡ぎ、祝福を送ってくれている。

 外と内、あまりにも違いすぎるその光景に内情。まるで部屋のドアがこの世界の光と影の境目のように、ルイズは感じてしまう。

 ・・・・・・バタン、という音と共に、ドアが閉まり切る。ルイズは物憂げに考えてしまうが、

眼前の二人のエルフを見ているとなんだか気が抜けてしまう。

「ほ、本当に今回だけだぞ! 次は絶対に断るからな!」

「ありがとアリィー、さすがわたしの婚約者ね! 愛してる!!」

しどろもどろになったアリィーに、ルクシャナが更に抱きつく。傍から見れば完全にいちゃついているだけだが、本人たちにきっとそのつもりは無いのだろう。かつての自分と才人が、そうだったのだから分かってしまう。

 “あなたたち、人の家で何をしてるの?”

 “レモンちゃん可愛い”

 フォン・ツェルプストーの屋敷、カルカソンヌの宿屋でのこと。楽しそうにじゃれ合う二人を見ている内に、身悶えしかねないほどに恥ずかしい、・・・・・・でも幸せで、懐かしい思い出が蘇ってくる。こんな風に見せつけていたら、キュルケが呆れるのも、マリコルヌがチャカすのも仕方がないなと思う。だけどあのとき、使い魔と主人、という見えない絆を自分たちが確かめ合うにはそれしかなかったのだ。

「あら、話は終わったの? それじゃアリィー、帰るわよ!」

 「・・・・・・はぁ、なんで僕はこんな女の子を好きになったんだ・・・・・・」

 こちらに気付いたルクシャナが弾かれたように振り向き、アリィーを急かす。こんな扱いももう慣れっこなのか、アリィーは悲しげなため息を一つつくと竜の背に跨る。惚れた弱みというものは、本当に恐ろしいものだった。

 ・・・・・・そういえばわたしもサイトに、本当にいっぱい迷惑かけちゃったわね・・・・・・。

 眼前のやりとりに過去の自分たちを重ねてしまい、ルイズは思わず口元を綻ばせる。

 どれだけ文句を言いながらも、使い魔はこのわがままな主人に付き合ってくれたのだ。だったら主人が迷子になった使い魔を探すのも、当然に決まっている。 “逃げない。諦めない。わたしは、あいつを信じるんだ”

 深呼吸をすると共に、心の中で再び繰り返す。・・・・・・いつもと変わらぬ陽気さで手を振るジュリオの姿が、どこか悲しげに見えたのはたぶん自分の気のせいではない。

 「なにぼうっとしてるの! 早く乗りなさい!」

 「ほら、ルイズ」

ギーシュが差し伸べた手をルイズは掴み、風竜の背に乗る。風竜は一声鳴くと翼を広げた。羽ばたく風に煽られた木々を揺らしながら、風竜は上昇する。

 

 ・・・・・・聖下、わたしはあなたのことを忘れません。

 聖下の行いは正直ほめられた事とは言えませんし、わたしたちも多大な迷惑を被りました。・・・・・・でも、聖下と聖下の使い魔、そしてその恋人は、自らの心を、身体を削ってまでこの世界を救おうとしてくださりました。

 ・・・・・・悲しむことも、同情することもきっと聖下たちは望まないでしょう。だからわたしに出来るのは誓うことだけです。

 聖下、聖下のこの世界を思う心は、無駄にはしません。

 そして、わたしに生を分け与えてくれた聖下の分も背負って、わたしは先に進んでみせます・・・・・・。

 ぐんぐんと小さくなっていき、小屋は森の緑に溶けていく。ルイズはそれを見つめながら心に、誰よりもこの世界を思った教皇の名前を刻み込んだ。

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