第4話 島井宗室

島井宗室は博多の豪商である。もともとは大友氏に従い海外交易で莫大な富を得たが宗室の栄華は長く続かなかった。薩摩から北上してくる島津氏が台頭すると大友の力は衰えた。せっかく大友氏のもとで得た特権を島津は取り上げるかもしれない。不安は消せなかった。日々不安は膨らんでゆく。

その時である。「織田信長」という男を知った。

いわゆる信長の政治政策は重商主義的である。「楽市楽座」「撰銭令」など商売に関する政策がメインであり、それによって得た金銭で鉄砲を買い、兵を雇った。

これは現代的に言うなら「規制緩和」である。宗室にとってこれは魅力的であった。また博多の商人にとって「安土」は新しいフロンティアである。多くの民が集まって市場として価値がある。

 遠縁の神屋貞清にこのことを話してみた。

「大丈夫でしょうか?信長という男」慎重な貞清はこぼす

宗室はしばらく目を閉じて「島津様に従ってもわれら博多商人から銭や特権を取られるだけであろう。ここは一つ文を送ってみよう。」

そういうと硯と筆を出し、文を書き始めた。しばらくして宗室は書き上げた文を貞清に見せた。「文には博多商人を保護し、今まで通り海外交易を認めること。その対価として楢柴かたつきを献上する。」貞清はわが目を疑った。

「楢柴かたつき」とは茶器の天下三かたつきと言われるほどの「大名物」である。

それを今は最も天下人に近いとはいえ元は尾張の小大名出身の信長にあっさりとやってしまうとは。。。。。

宗室は棚から楢柴かたつきを持ってきて、愛おしそうに撫でている。

「安い物じゃ。これ一つで博多商人の特権は保持され、おまけに「安土」という新しい土地を開発できる。この楢柴も元は所詮土、土塊が高く売れるとは。。おもしろい」

文は信長の手に渡った。信長の喜びは尋常ではなかった。祐筆に「海外交易と博多商人の特権をみとめる。そして博多商人を保護する。すぐにでも参れ。」

と書かせた。

宗室と貞清は博多商人を代表して安土を訪れた。

安土の城下町に二人は目を見張った。博多でも南蛮の商品を取り扱っているが、比にはならないほど品数も種類も多い。城下町に住んでいるものも商人職人以外にも南蛮人や褐色の肌をした男もいた。

(わしの考えは正しかったな、これは相当な商いが出来そうだ)

自然と宗室の顔が緩む。

やがて二人は安土城にたどり着いたがそこでも胆をつぶす。

絢爛豪華で当時の天守閣とは思えないほど規模が大きい。

それでいてところどころに朱や金銀で装飾している。

戦国期の城とは「キャッスル」つまり軍事拠点であるが、安土城は「パレス」つまり宮殿である。

城内を信長の家来が案内して大広間に着いた。

二人は下座に座りひたすら信長を待った。

しばらくして「上様のおなりでござる」と声が聞こえる。二人は平伏してまつ。

足音が聞こえ信長がすわり「表をあげよ」と話した。

二人は少しだけ頭をあげると「もっとはっきりとかおをみせよ」と信長は言う。

「ははー」

二人は顔をあげ信長の顔を見た。

織田家は代々美形で知られる。鼻筋がとおり目は大きく見開いている。

「島井宗室そのほうの文読んだ。以後は信長を頼りにするがよい。楢柴かたつきは結構な名物であった。感謝いたす。」信長は甲高い声で話した。

「そちらにも屋敷が必要じゃの、京と安土に屋敷を使わす。」

「ははー」

二人は安どした。これによって「博多の保護」が天下御免となったからだ。

「なお。異国との交易の事だが、考えておこう。」

「はい」

「すねておるのか?」

「いや、、、」見ると宗室は脂汗が流れている。

「安心せい。中国を平定したら、次は九州じゃ。日ノ本を平定したら朝鮮国を攻める。その時は博多が拠点となるであろう。頼りにしておるぞ。」

「はっ」

再び平伏する二人であった。

安土城を辞してから二人は与えられた屋敷に入った。

宗室と貞清の二人は夕食を二人でとったが、二人とも話すことはなかった。

「九州のお方は言葉をしゃべることが出来ねえだか」と下女は話したそうだが、二人とも心の中では多弁であった。(やがて朝鮮を攻めるとは、、、朝鮮を征したら次はもろこし、、、か。が、信長の眼は嘘をつくようなものではなかった。ただただ、恐ろしい)

「とりあえず。。。。。堺に支店をださねばな」宗室はぼそっと言った。

「はい」貞清は答えた。

二人はしばらく堺や京の支店準備のために機内にとどまった。

宗室のもとに信長から使者が届いた。

「6月1日京 本能寺にて茶会が行われます。近衛卿をはじめとする公家衆や僧侶たちが集まります。島井様はかの地に入ってまだ日が浅いと思い上様がこれを機会に顔を売っておけ、とのことで、島井様にもお参加くださいますよう」

(これはもっけの幸いだ。)

「わかりました。伺います。上様によしなにお伝えくだされ」と使者に返事をした。

そして天正10年6月1日が来た。

信長はこの日に備え38点の名物を安土より運んでいる。

公卿や僧侶たちは食い入るようにそれらを見つめていた。

当然、宗室の献上した「楢柴かたつき」もある。

やがておごそかに茶会が始まる。

この日の信長は機嫌がよく、茶会のあとの酒宴では大きな声で笑い、そして酒を飲んだ。この席には織田家当主の信忠卿も参加した。それがより心地よくした。

宗室は最近堺支店の開設のため日々忙しく働いていたため酒宴を途中で中座し本能寺に泊まった。

信忠卿は深夜に宿所の妙覚寺に戻った。そのあと信長は本因坊と鹿塩の碁の対局を見てから就寝した。

翌日6月2日曙

明智軍が本能寺を完全に包囲した。約3千の兵の桔梗の旗印がはためく。

そのあとは前述の通りである。

 1日の夜、宗室はなかなか寝付けなかった。悔しさが彼を覚醒させた。

「楢柴かたつき」の事である。

今になって惜しくなった。

(ええい、忘れろ宗室)

しばらくすると地から床に伝って大勢の足跡が聞こえる。

ゆっくりと体を起こし障子を開けてみた。

「桔梗」が遠くに見える

(はっ、謀反か)

宗室は周囲を見渡すと袈裟が部屋の隅にある。

(よし)

宗室は袈裟を羽織り、坊主に化ける。

そして名物の収めてある部屋に急いだ。

部屋に誰もいないことを確認すると、急ぎ「楢柴かたつき」をぼろ袋にいれた。

ふと見ると空海の「千字文」を見つける。

(ほほう、、)数秒うっとりと見た。

(いかん、いかん。)そう思いながらそれもぼろ袋に入れると

「むほんでござるー」

「むほんでござるー」

大きな声で叫んだ

「惟任日向守殿。(明智光秀)ご謀反でござる。」

この言葉に寺の者が天地がひっくりかえったようになった。みな慌てて何をしてよいかわからなかった。

やがて明智軍3千が本能寺を完全に包囲する。

アリの子も通さない完ぺきな包囲だった。

その時すでに宗室の姿は寺になかった。

旅の僧に化けていたのだ。

(とりあえず京から逃げねば)

堺への道を一人歩いてゆく。

振り返ると火の手が上がるのが見えた。

「もったいないのう」

宗室はこぼした。

しかし楢柴かたつきは取り戻すことが出来た。おまけといってよいのか、空海の千字文も手に入れた。

足取りは軽かった。



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覇王の首 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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