二十八

 和久田は悪徳をたたえた笑みを浮かべて言った。

「フェルミ、おまえ、やっぱり最初から気付いておれに近付いてたんだろ」

 フェルミも拘束された彼の変化を見て、やはり悪徳にまみれた笑みを見せた。

『違いますよ。言ったでしょう、途中で変化したと。でも本当は変わってなんかいなかったのかもしれません。クウガもダグバも同じものだった、そうなったんでしょう? たしか、最後には』

「そうだな、体はまったく同じになった、同じ力を使えるようになった。でも心は違っていた。クウガは最後まで誰かの笑顔のために戦えた。おれには、そんなことはできない」

 絶望に沈んでいた和久田の心は、もう絶望などしていなかった。

「おれはクウガにはなれない。おれの心は最初からダグバと同じだったんだからな。でも、それでもいいさ。おれはきっとböseなんだろう、でもおれはこの心がschlechtだとは思わない。超人にだってなってやるさ。それがお前の目論見なんだろう。ザインをおれに埋め込んで、超人を作ることが」

『目論見、そうですね、目論見はそうです』

 そう言うとフェルミは和久田を下ろし、自らも四肢を元の姿に戻して着地した。視線が低くなり、和久田は少しだけフェルミを見下ろす形になった。

『ただ私の願いは、言ったでしょう、母親になることだと。ザインを、私の力の一部を、あなたは孕むことになる。蒔かれた種は体内で根を張り、あなたは私の一部を受け継ぎ、いずれ《超人》へと変わる。パルタイと人間の間が現れ、あなたは私の息子になる』

「本当の母親のことなんてほとんど覚えてないおれだけど、それでもいいなら」

 フェルミはにっこりと、喜びに満ちた笑顔を見せて、Maschinechenを操作する。浮かび上がった文字を見ると、親切にも英語contractに近い語を併記しているところに面白味を感じて、和久田は微笑んだ。

「der Vertrag (Kontrakt)」。

Gehen wir jaさあ行きましょう, meinen lieben Sohn愛しい我が息子

 そう言うとフェルミはまたタブレットを操作し空中に映写された青い文字を読み上げていく。

 なるほど、おれは超人になるというわけだ。その過程でもしかするとすべてのパルタイを降すことになるのかもしれない。そしていずれ武藤を殺す。それまで、誰にも、何にも武藤は傷つけさせない。

 おれは怪物だ、おれは深淵だ。パルタイごときに、負けるもんか。


 超常を相手取っては無敵の強さを誇る武藤の爪にも、弱点があった。

 この爪は超常と気体……いわゆる空気……以外には触れることさえできない。生物のみならずただの真水にさえも触れただけで爪は粉々に砕け散り、強制的に死を与える力は発揮できなくなる。

 そしてその条件は、人間であれば、たとえその内に武藤に敵対する超常が潜んでいたとしても決して変わらないらしい。ダヴィドに操られる西門の体に武藤の黒い爪が触れた瞬間全体にひびが入り、砕け、跡形もなく消え去ってしまった。

 肉弾戦になればいよいよ分が悪い。殴られたばかりといっていい鳩尾をはじめ西門長い腕の先にある拳が打ち込まれ、締め技と併せてじわじわと痛みと損耗を与えていた。

 どうもパルタイのケルペル……武藤はあくまでそれをひとつの変化へんげの形と認識していたが……には、それ自体に積極的な攻撃能力を持つということはあまりないらしい。飛行能力や力の方向の操作であったり、粘液状になって攻撃を回避したり、あるいは人間の体に潜ったり。その攻撃力のなさが、この場合に限ってはむしろパルタイに有利にはたらいているといえた。

 境遇以前にそもそも性分として運動というものに慣れ親しんでおらず、《呪い》のせいもあって久しく痛みを覚える経験からも遠ざかっていた武藤にとって、度重なる痛みはそれだけで心身ともに疲弊させるには十分だった。

 地面に這いつくばる武藤に追撃を加えんとするダヴィドだったが、「4」橙《本》のサマルスキが作った黒い檻の天井の、ちょうど二人の真上に位置する部分の異変を感じ、跳躍、一度武藤から距離を取って、上を見た。

 学校の敷地外に集まっていた野次馬たちがどうやっても傷つけられなかった檻の黒い平面が一筋、一直線に切り開かれている。

 見上げていると、さらに二回、三回、ジャキンジャキンと音を立てて開閉する細長い刃が檻を切り刻み、自己修復を始める切れ目の隙間に両手が差し込まれた。周辺の平面がたわみ、時折直線状の折り目が入り、ゆっくりと、金属様の音を立てて傷口が開いていく。ダヴィドはその向こうに、青い空を背景にした浅黒い肌の女の表情のない大きな緑色の瞳を見た。

 落下。

 三十メートルはある高さからの自由落下である。その間ゲオルギーは懐から鋏を一丁鞘走らせて右の人差し指でくるくると回し、刃渡り二メートルにまで巨大化した鋏を刃を閉じたまままっすぐダヴィドめがけて射出する。鋏があった場所には、鞘に収まった刃がゲオルギーの側を向いた巨大な鋏が残された。高速で鋏を巨大化させ、それを推進力として片方の鋏を撃ち出したのである。回避された鋏が地面に突き刺さるのに少し遅れて全身スライム状に変化したゲオルギーの体が運動場の地面に激突した。

 音を立てて跳ね、飛び散る粘液。しかし何かの力が外からはたらいているがごとくに柱状に収束していくと、黒い水兵服を纏い、水平帽を緑の頭にのせた、無数の泡の生成と破裂とを思わせる気配を放つパルタイの姿へ変じていく。手には再び鋏が握られ、橙色の光を反射して金属質の輝きを放つ黒々とした刃が空気を震わせていた。

 ゲオルギーは止まらなかった。五体満足な人の体を成したそばから足元に配置していた鋏を巨大化させ、それを推進力に、背を向けて走り続けるダヴィドめがけてとびかかる。

 大きく開いた鋏を構えるゲオルギーの出現に武藤は色を変えた。西門は紛うことなき人間だが、今現在その肉体の中にはパルタイであるダヴィドが入っている。もしも外身である西門ごと中身のダヴィドを斬る、なんてことがあの鋏に可能だとしたら?

 止めなくては、止めなくてはならない。痛む体に鞭打って立ち上がろうとするけれども、間に合わなかった。ゲオルギーの鋏が西門を挟撃し、彼の頭部を真っ二つにする形に刃が閉じられた。

 しかし幸いにも、武藤が危惧したようにはならなかった。

 ずるり、と真っ二つにされたように見える西門の頭からモリオンのように黒い鼻から上だけの頭が落ち、ねじれ、紫色を呈しながら何事か呟いた。

『なまん、だ、ぶ』

 そして消える。

 超常の気配が一切抜けきった西門の体は鋏を透過し、ゆるゆると崩れ落ちて地面に転がった。頭を激しく打つこともなく、意識を失ってこそいれども見た目には健康そのものであることに、武藤はささやかながら安堵した。ゲオルギーの鋏の特性なのか、わからないが、とにかく彼の体は無事だった。そして時折吹いてくる風に乗って舞う砂埃を顔や体に浴びながら、力尽きるように、その場に右を下にする形で身体を投げ出した。

 ちょうどほとんど正面にゲオルギーの姿が見える。水兵服の左の肩には「13」、右には「5」。緑色の瞳がぴたりと武藤を見たのがわかった。

『大方サマルスキが舞台を作って、ダヴィドをサンドバッグにして新型ザインの慣らし運転かつセレモニー、とでもするつもりだったんだろうけれど、少し早かったかもしれない。黒兎、アリス、だけだ』

 少しだけずれた水平帽を両手で微調整し、また懐から鋏を取り出すと、あくまでもゆっくりとした足取りでゲオルギーは武藤の方へと向かった。

『さて、アリス、君はパルタイの活動にとっていささか危険だ。せっかくの超人もおじゃんになりかねない。だから私は君を無力化することにした。独断だ』

 十メートル程度の距離まで近付くと、そこからは彼女は前に出なかった。生徒達の拘束は時間が経つにしたがって強くなっていくのか、黒い束でぐるぐる巻きにされた者で動き回ろうとするのは一人もいなくなっていた。

『さっきの通りこの鋏は、君の言うところの《超常》に属するものだけを切れる鋏だ。しかし君の場合、見たところ超常の要素がかなり根深いところにまで絡みついているようだから、もしかすると君の、いわゆる魂まで斬ってしまうかもしれない』

 ゲオルギーが持つ鋏が音もなく膨れ上がっていく。持ち手部分が四メートル、刃渡り六メートルの鋏が、武藤の頭部を額の生え際から入って耳を斜めに両断するコースを描く形で構えられた。

 最早武藤は何もしなかった。体中が痛いような気もしたし、不思議なことかもしれないが、静かな諦めに心が支配されていた。

 和久田の言葉のその一部について疑いようなく真であることは武藤にもよくわかっていた。仮に武藤があぜによって植え付けられた力を振ってパルタイを狩ろうとしたところで、今目の前にいるゲオルギーにさえ完全に対策をとられて爪の力は通用しなくなっているのだ。ダヴィドのように人間を内側から操るパルタイにも武藤の爪は何一つ効果はないし、今後も似たような例が出てくるだろうことは想像に難くない。

 いや、それらもすべて諦める言い訳なのかもしれなかった。理由付けといった方が適切かもしれない。とにかく武藤は諦めに支配されていた。そして心の中にはもう一つ、やっと楽になれるという思いがあった。憎悪の炎を燃やし続けるのにも、これ以上生き続けるのにも、疲れた。

 武藤は薄く涙を浮かべて、目を閉じた。

 やっとだ、やっと、これで…………


 目を閉じると、黒く暗くありながらも完全な黒ではない、あの瞼の裏の光景が視界いっぱいに広がった。白とも灰色とも、色がついているともいないともいえない名状しがたい模様が消えては現れを繰り返した。武藤はそれらすべてが消え去る瞬間を待ち、閉じた歯科医の外でゲオルギーは一度鋏の刃を広げる予備動作の後ついにその刃を閉じんと力を込めたが、彼女の命はそこで終わらなかった。


 無視できない《超常》が後方から迸り、頭上を走り抜け、目を開けた時にはそれは武藤の目の前に陣取っていた。刃の間に滑り込むようにして現れた影は左右の刃を鷲掴みにして食い止め、刃を握る生身の左手の付け根からはフェルミと、もう一つのまったく異なる超常の感覚が漏れ出していた。

 ゲオルギーは突然現れた男の胴を両断すべく力を込めるが、腕の開閉のみにおいて尋常ならざる膂力を発揮する彼女に力で押し勝ち、刃を掴んだ手を上下に開いて、支点となる接続部の要ネジを粉砕して鋏を二つに分解せしめた。手を離すと、彼が握っていた部分の刃はひしゃげ、削られ、虫食いのような穴までもが開いていた。

 拳の届く可能性のある距離にいては危険と踏んだゲオルギーが踏みつけた鋏を膨張させて跳び退るのを見届けると、詰襟を着た少年は左腕をその身で隠しながら振り返った。

「ごめん」

 和久田は肌に残った涙の跡にまたも涙を通らせながら力なく笑った。武藤はそれを見て眉間に皺を寄せ、唇を噛み、眉根を震わせて、おめきながら涙を流した。

 それまでも痛みや内臓を殴られたことへの反射で涙は出ていた。しかし今度の今度こそ、まさしく彼女は泣いていた。そしてその様を前にして、和久田はこれまでにない悦を感じていた。鼓動は深く、また速く打ち、全身の血管の隅々にまで血液が行き届いているのがわかった。

「ごめんな、アリス、か。本当に、おれはおまえをずっと騙してきた」

 和久田は背後を確認しながら武藤の目の前にしゃがみこんだ。視線を合わせた目には、その四つともに薄く涙の層があった。彼は今にもぼろぼろと崩れそうな笑顔を浮かべて、白く、青白い歯を唇の間からのぞかせ、言葉を続けた。

「殺したいのはおまえだけだ、犯したいのもお前だけだ、そう言ったけど、それも嘘だ。いや、言ったこと自体は本当だけど、おまえの悲しんだり苦しんだりする顔を見るのはそれだけで本当にそそられることだけど、それだけじゃないんだ。ずっと隠してきたことがあった。おれは、おれは……」

 和久田は一度言葉を止めて、視線を外し、跪いた自分の膝の真下辺りを凝視した。ゲオルギーはまだ距離を取ったまま動かない。次にどうすべきか決めあぐねているようだった。武藤は蚊の鳴くような小さな声でつぶやいた。どうして、どうしてそんな。

「アリス」

 そしてひどく小さな、二人にしか聞こえない声で、武藤、と名を呼ぶ。

「おれはおまえを食いたいと思ってるんだ。肉も、筋も、腱も、もしかしたら骨まで。全身を余す処なく胃袋に収めたい。そうだ、内臓もいいな。それがおれの一番の願いだ」

 彼は本気だった。あの時と同じように目を輝かせて言う和久田を見て、武藤は、それまでとは何かが違うことを察した。何か劇的な変化があって、それ以前の彼とは決定的に異なる、しかし彼以外の何物でもない何かへと彼は変貌したのだ。

「体が目当てなら、そう言えばよかったじゃないですか。喜んで差し出したのに」

 その仮定は無意味だ。誰よりも武藤こそそのことをよく知っているのに、すぐにそれを指摘されるとしても、それでも言わないではいられなかった。

「今のままじゃおまえを殺せない、歯を立てることもできない、まして肉を食うだなんて。そうだろう?」

 武藤は何も言わず頷くよりほかなかった。砂を被った白い拳がうち震えた。和久田は詰襟の左の袖を捲り、手首の位置で浮遊する環を見せた。ケルペルやディングと変わらない超常の気配を発する円環状の腕輪は側面にわずかな丸みを帯びた微妙に縦長の二等辺三角形が頂点を外側に向けて輪になった形を呈しており、手の甲の側には直径一センチほどの円形が、ちょうど腕時計の時計盤のように配置されていた。円盤は六角形の意匠のモールドを持ち、つぶれた楕円形の中を横に走る線や盤の奥の方まで彫り込まれた円筒形など、目を凝らしてようやくわかるような微細な凹凸も持ち合わせていた。

「おまえがパルタイを足掛かりにあぜを探すなら、おれも手を貸す。そのためにフェルミと契約した、ダヴィドの言ってた鎧型のザインも手に入れた。誰にもおまえを傷つけさせないし、万に一つの可能性があるとしたって殺させない。おれが盾と槍になる」

 武藤はいっとき落涙をやめていたが、ふたたび今にも泣きそうな顔をして彼の話を聞いていた。

「さしあたっては、あいつをどうにかしなきゃならないな」

 和久田が袖を戻して立ち上がり、武藤に背を向ける。

「待って! ……待ってください!」

 一度目と二度目の制止の間が開いたのは、武藤は彼を何と呼べばいいのかわからなかったからだ。もはや彼は止まらない、すべては手遅れだ。武藤は一目であのザインが和久田の体内に、いや和久田の魂、大仰な言い方をすれば彼の存在ザインの奥深くにまで食い込んでいることがわかっていたし、これまでの迷いを振り切った彼を自分ごときが止められないだろうこともわかっていた、他ならぬ自分自身のためにこそ彼は超常と契約を交わしたのだ。すべては無意味だ。それを悟ると、今にもまた涙が出てきそうだった。その武藤に振り返って、和久田は言った。

「おれは、これ以上誰かの涙は見たくないだなんて、みんなの笑顔のためにだなんて思えない。けどたった一人の涙と苦鳴と痛みとその命の終わりのためなら、おれはこの身が人間以外になったってかまわないと思える」

 心は最初から人間じゃないからな、と彼は笑った。

 そしてまた武藤に背を向け、また右手で左袖を逆手に掴んで腕を上腕の半分辺りまで剥き出しにする。

「おれは怪物だった。ずっとおまえを犯して、殺して、その肉を食べたいと思っていたけど、それは別におれが望んでいるんじゃないと、外から来た、植え付けられたものだとずっと思っていた。おかしい、こんなのおかしいって、ずっとな。でも違った。他ならぬおれこそがそう望んでいたんだ」

 ずっと後ろの方から、何かひどく小さい青い光を伴う黒いものが飛んできて、和久田の左腕にとまった。くすんだ光を震わせながら飛んできたそれは、七つの青い光の帯を携えていたように見えた。

「おれは怪物だ。それから、どうやらいずれ超人になるらしい。でもまだ、今は違う」

 が腕輪の円盤部分にとまると、円環形をしていた腕輪は和久田の手首にぴたりと合うように形を変え、手首と腕輪の接する点からは瓦斯ガスとも液体ともつかないものが湧き出て、和久田の体を覆っていく。

『超人と怪物の間だ。いいじゃないか、だからおれはこう名乗ることにした』

 全身すっぽりと覆われた和久田の声は、今やそれまでとは異なっていた。掠れ、ノイズを含み、金属同士の擦れる音が交じった響きへと変わった。左手首の腕輪の円盤にすっぽりと収まった小さな甲虫Kaeferは、黒いナナホシテントウの姿をしていた。

 ――名前、どうしましょうか?

 ――名前?

 ――まさか和久田徹ですって本名名乗るわけにもいかないじゃないですか。

 ――パルタイみたく元素の名前からでいいんじゃないか。アインシュタインとか。

 ――ありゃ、ばれてました?

 ――フェルミは元素番号101番フェルミウムのエンリコ・フェルミから、あとは多分だけどサマルスキも62番サマリウムのワシーリー・サマルスキー=ビホヴェッツからじゃないか。あとはわからないけど。

 ――実は一つついさっき思いついたのがありましてね。仮面ライダーでしょう、「変身」でしょう、…………ワクタとダグバと……って、音の構造似てると思いません?

 和久田は薄く皮肉気に笑って、自らの《超常》としての名を宣言した。

『変身なんて言わないさ。おれは怪人、怪人カフカだ!』

 名はカフカ、七星瓢虫ナナホシテントウ型ザイン、《流転Wandlung》《Hitze》。

 和久田の体を覆う瓦斯ガスとも液体ともつかないものが形を変え、一瞬の後には彼の全身は超常の黒い鎧に覆いつくされていた。

 テントウムシの成虫と幼虫を混ぜたような姿である。背骨に沿って横二列に並ぶ円錐は先端に近い半分ほどが青く光っているが、背面には七つの青い円形も配置されていた。肩を覆う装甲も背骨の円錐と意匠こそ似ているが、先端を横に向けた丸みを帯びた円錐ははるかに巨大で、もう少し大きければアメリカンフットボールの防具そのもののように見えるだろう。

 首から爪先まで有機的な曲線を伴った装甲がプレートメイルのごとく全身を覆っているがその造形は指定の詰襟と比べても明らかに細身で、全身の筋肉を象っているかのようにも見える。黒曜石のような黒い色彩の上には所々に鮮やかな青と濁った金色の光がれ窓から覗く日の光のように浮いていた。指の根元、親指以外の中手骨と基節骨の間にあたる部分にも背骨の円錐と同じものが並び、サックのようだった。足は地下足袋のような造りで、母指球に重心をかけ地面にぴったりと吸い付いている。

 顔を覆う鎧はいささか鎧というにはかけ離れた造りをしていた。異様に細かい。首から下が異形の中世鎧とするなら、顔は精密機械とセラミックの融合といった趣がある。顔前面の下半は虫の顎クラッシャーを思わせる左右三つの合計六つのパーツで覆われ、その周囲にも曲線と鋭角に曲がる直線が混ざりあった金属光沢の部品がまとわりついて、こめかみから額を覆う忍者の額当を思わせる装甲が眉間の辺りで下へ伸びて鼻まで覆っている。頭は肉抜きされた自転車競技のヘルメットにも似た鎧で覆われ、その穴やうなじから鎧の外に飛び出た逆立ち波打つ髪は炎のような鮮やかな青色に染まっている。眉間からは精霊蝗虫ショウリョウバッタの触覚に似た針金よりも細い一対の角が斜めに広がる形に生え、涙の痕の残る目は一切覆われることなく空気の中に剥き出しになっていた。

 その瞳は黄金色こがねいろには程遠いくすんで淀んだ愚者の金色をしていたが、それでも確かにぎらぎらと光る、紛うことなき超常の輝きを放っていた。

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