三
沼田からLINEがあった。
『回転寿司行こうぜ』
沼田宏行は和久田と同じ中学の出身で、正義活動をしていた頃に知り合った一人である。現在は県内有数の進学校に通っている優等生だが、つい先週集まったばかりなのに、また知己を集めて夜の町にくり出そうという魂胆らしい。何も入らないという胃の状態ではなかったので、彼はすぐにも部屋を出て自転車を走らせた。
待ち合わせ場所の公園に着くと、そこには沼田の他に平木と大島が待っていた。角刈りの沼田はいつものように白地に黒いゴシック体で書かれた英字Tシャツを着て、ジーンズを履いていた。平木は『火夫』のカール=ロスマンよろしくくすんだ色合いのハンチング帽を被り、灰色のジャケットとそれからチノパンという出で立ち。大島は寒がりなもので、北欧的な柄の冬物のシャツを一枚羽織っていた。髪はワックスで固められて、光っている。
「Tの奴また来てねえの」
「言い出しっぺあいつだぜ?」
沼田と大島が口々に言って笑った。平木はガールフレンドとのLINEのやり取りに忙しくしていたが、やがて懐にスマートフォンをしまってTを置いて早く行ってしまおうと言い出したので、一行は自転車に跨り行きつけの回転寿司店に向かった。
やや遅い時間なだけに店内はそれなりに空いている。痩せて黒い眼鏡をかけた店員に連れられて六人分の席のある位置を確保しお茶を淹れた湯呑みがめいめいに行きわたると沼田はさっそく皿に手をつけはじめた。早々に五枚積み上がる。平木がパルタイについてこんなことを聞いてきた。
「あの後さ、亮は結局なんか事件に遭遇とかしてないわけ? ミステリの第一発見者みたいにさ」
「いや、特にないってよ」
「一回第一発見者になったら次はそうそうないっしょ。ミステリじゃないんだから」
「ミステリじゃないんだから」
「ははは」
「はははは」
入り込んできた大島の言葉に、和久田と平木は二人して笑った。「ははは」と沼田まで笑い出す。
「ミステリじゃないんだから、ミステリじゃないんだから」
「はははははは」
しまいには平木まで笑いだした。亮とは以前ホームレスの集団死の現場に遭遇した湧田らの後輩で、小太りで、腫れぼったい目をしており、手芸を嗜む。祖母の影響らしい。
スマートフォンをいじっていた平木が「T今から来るって」と呟いてから二十分ほどたつと、上下ともにデニム地を身にまとったTこと古賀照彦が現れた。TはテルヒコのTである。
「やあごめんごめん」
「なんで遅れたの」と沼田。
「寝てた」
「女子かよ」
平木がそう言うと、また皆して大声をあげて笑った。沼田はいつの間にか十皿を平らげ、ほかの面々の席にも段々と皿が積み上がりつつあった。その後もめいめいベルトコンベアから皿を取りつつ番茶を飲んだり高校の授業内容をくさしたりしていたが、ふと沼田が、あ、と声を上げた。視線が集まる。
「まあ全員聞いてると思うんだけどさ、白いパルタイの話、知ってるよな。まあ聞け、それでさ、なんかその白いパルタイと、青い……? そう、パルタイの青い奴が、なんか、戦ってる、らしい、みたいなのをさ、俺前聞いたんだよ。白い方はなんか兎みたいに耳生やしてて、青い方は背中に羽が生えてるとかいってさ、ぶわーってさ、それで飛んでるっていうのよ」
――青? パルタイで青いと言ったか?
「へえ」だの「青いって何だよ」だのと大島と平木とが口々に言う中、和久田はどうしても彼の言葉に内心強く反応していた。和久田はパルタイについてほとんど何も知らない。橙や緑、白のパルタイがいるらしいということはこれまでのフェルミの口ぶりからわかっているものの、パルタイが色一つにつき一人だとは一言も言っていなかった。青い髪と瞳のパルタイは他にもたくさんいるかもしれない。しかしそのほとんど何も知らない状態で「青いパルタイ」について言及されれば、どうしても真っ先に頭に浮かぶのはフェルミである。
思い返してみれば、肩の数字が減っていたことがあったようにも思う。片方の「1」はいつも変わっていなかったが、もう片方の数字は、あの変化のたびに変わっていた、ような気がする。あの数字はインベーダーゲームなどの「残機数」のようなもので、人の魂を得たり、あるいはダメージを負うなどすることで、増えたり減ったりするものなのだろうか……。
いや、いや、まさか! さすがに考えすぎだ、和久田はすぐにその考えを投げ捨てた。
しかし他方で、和久田は、自分でも本当にフェルミに肩入れしていると思う。再三部屋にあがりこまれたところで別段追い払うようなこともしていないし、こうして旧交を温めに来ているときでさえ、肌身離さずあのゼンダーを持ち歩いているのだから。「なんだかんだ言ったところで、おれはフェルミに対して、それなりに好印象を持っているんだろう」というのが、奇妙なことだが、彼の考えだった。
突然古賀が「和久田の高校行こうぜ」と言い出した。和久田の口から「ええ」と呻くとも嘆くともつかない声が出た。
「たしかここから近いっしょ」
「え? まさか中入るの?」
「いやさすがに外から見るだけだけどさ。校舎きれいなんでしょ?」
「まあ、たぶん」
「羨ましいなあ、こっちなんて築ウン十年でもうパッと見からボロボロだもん」
古賀の通う高校は、たしかに校舎の外観はかなり古めかしいものがある。和久田の記憶では築五十年。歴史のある学校だが、一部は老朽化がだいぶ進んでいるのに改修されない理由については進学実績が芳しくないせいで予算がおりないからだ、というのがもっぱらの噂である。
鶴の一声とばかりに次の目的地が決まり、一行は自転車に跨り一城高校へとくりだした。街道沿いとはいえ周り三方は住宅街に囲まれた立地なので、この時間は人も少なく静かなものである。近道ということで五人は住宅街を通ることにしたが、後日クレームを付けられないよう静かに自転車を走らせた。「高校生なんだし少しはしゃんとしようや」という平木の意見が通ったのだ。ところどころ街灯が心もとなく光っている以外は住宅街は暗く、自動車やバイクのエンジン音が遠巻きに聞こえてきた。その移動の中、立ち並ぶ住宅のひとつの表札に、和久田は「武藤」の文字を見た気がした。
西側から南の住宅街を通ってひとまず正門前に到着した五人だったが、侵入するわけでもないのに門に何か用があるでもない。そもそも十時を回ったこの時間に学校の門が解放されているはずもなく、とりあえずと敷地の周りを一周しても職員通用門以外はすべて施錠されていた。
「やっぱりきれいな校舎してるよな」西側に戻ってきたとき、古賀が言った。
「最近改修工事あったし、多少はね、きれいだよね」
大島が言って、五人は闇夜に浮かぶ白い校舎を見上げた。買ってきていた小瓶入りのモンスターエナジーの栓を開けて乾杯した。東の街道から漏れてくる光が、背後から後光のように連なる校舎を照らしていた。
明日も授業があるし、もう帰ろう。そういって解散し、家路につかんと自転車をこいでいた和久田を、突然の寒気――のようなもの――が襲った。風が吹いたわけでもないのに、空間に生じたさざ波が一瞬のうちに全身の皮膚を撫でまわしていったような、奇妙な感覚……しかし、いつもとは違う。なんだか、普段フェルミが《変化》したときに感じるものよりも、強いような――その気配は、和久田たちが学校に来るとき通ってきた方から感じられた。
頭に浮かぶのは、沼田が語った白いパルタイの噂と、フェルミの肩に刻まれた数字、それから少しだけ、あの見たかどうかも曖昧な表札。
自転車を降りた和久田は巾着袋からゼンダーを取り出し、右手に握り込んで、異常な気配のする方向へと歩き出した。
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