旅人たちの一コマ

@metaKcognitive

旅人たちの一コマ

今年の秋も穏やかに始まる。


日差しが弱まっても、昼はまだそこそこ暖かい。


偶然にもその時に逢ってしまったのは、町はずれにある小さな鉄道の駅。


そのシーンはこっそりと目撃され、秘密の宝物を収めるように保存された。


二人はもちろん、そんなことには気づいていない。



オリーブやハーブなどの樹木栽培。


それが、フランス南東の山間部にある、この小さな町の主な産業である。


オリーブ園でなくても、町のそこここにオリーブの木が見かけられる。


町の公園や教会、商店街や住宅街でも当たり前のように目にすることができる。


もちろんこの駅にも。


オリーブという木は、植えてから六年で実をつけるようになる。


二十年で完全な成木になった後は、何世紀にもわたってその葉を茂らせる長命な植物である。


オリーブの実の採集は、十一月から一月にかけて手作業で行なわれる。


粒の大きな実は食用に、粒の小さなものはオリーブオイル用にと選別される。


オリーブの木は、美しい木目、堅くどっしりとした質感、つや感のある滑らかな手触りを生かして、木工品に加工される。


飾り柱、テーブルや椅子などの家具、サラダボウルやチーズ用カットボードなどの長く愛用できるキッチン用品にもオリーブ材が好まれる。


町のはずれにあるこの駅も、石造りの駅舎のなかの調度品はすべてオリーブ材でまかなわれている。


駅の重厚なエントランスドア、切符を買うための窓口のカウンター、待合室にある椅子などはちょっとしたアンティークのようだ。


その待合室に、三人はいた。



アジア人二人と、ヨーロッパ人一人。


アジア人の一人は髪の短い男で、見たことのない楽器を持っている。


もう一人のアジア人は黒のストレートヘアの美しい女で、やはりそれほど大きくない楽器のケースを持っている。


連れのヨーロッパ人はめがねをかけていて、なにやら秘密の道具でも入っていそうなケースを足元に置いていた。


三人は、とても親しげな割に会話は少ない。


やがて時間となり、ゆっくりとホームに入ってきた電車のドアが開くと、三人は少しばかりお互いの視線を合わせただけで、やはり会話なく乗り込む。


ホームに客は少なかった。


その少ない客が乗り込んでから、電車が出発するまでのほんの刹那。


一度は電車に乗り込んだはずのアジア人の女が、黒髪をしなやかになびかせ、素早く電車から降りてきた。


無常にも電車は時間を守り、ドアが閉まる。


けれども、ドアの閉められた電車のことなど、女にとってはもうどうでも良いことのようだった。


ホームに一人、電車に乗り遅れたわけではなさそうな男がいる。


電車の動き出す音を背に、女は足早にホームに立ち尽くすその男へと向かっていった。


ゆっくりとホームを発つ電車の窓から、女の仲間の一人が身を乗り出して何かを叫んだが、異国の言葉でわからない。


けれども、その表情が何かほっとしているようにも見えた。


電車から降りた女は、一人ホームに残るその長身で金髪碧眼の男に近づくなり、眉間を寄せ、鬼のようにひとつ強烈な文句を言ったようだ。


けれども、男は何一つ表情を変えずに、女の美しい顔を見つめている。


電車が完全に過ぎ去ると、男は風に踊る女の髪をすり抜けるように、片手でその頬に触れた。


そして、女だけに聞こえる、けれどもしっかりとした声で何か答えた。


その言葉に、女の表情が柔らかくなる。


男は自然と優しく女を抱き寄せた。


腕の中にあるその存在を確かめるように、自分の胸にしっかりとその女を美しい黒髪ごと包み込む。


女が目に涙していたからかもしれない。


程なく、二人はぴったりと寄り添ったまま駅の外に出て行った。


その先の野暮な想像はするまい。



駅にあるその古いオリーブの木は、町にあるものと比べて、大きさも太さも格段に異なる。


樹齢がどれほどのものなのか、誰も知らない。


この町の駅が建つよりもずっと以前からその場所に立ち、今このときも、風景と共に樹木を纏う四季の政(まつりごと)の歴史を重ねていく。


その樹は、いつものこの季節と何ら変わりなく枝を大きく伸びやかに広げ、葉の色を灰色がかった深い緑や乾いた黄色へと変えていで立つ。


この時期、時折り強く吹く秋の季節風が、黄色の葉をさらって行き、電車も人も去った駅のホームに乾いた音を響かせていた。




おわり

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