第2話 『 俺は、ただ……』
立ち上がった煙の中から瓦礫が落ちてくる。
目を凝らすも煙の中に人影はない。
と、背中に気配がした。
「悪いが...」
男の子は長い髪を揺らしながら、勢いよく振り返った。
数メートル先の電柱の近くに、男が何でもないような顔で、腕を組みながら立っている。
「俺は反応が、『組織』一早くてな。」
視界に入った男の足に、何かを感じる。
その足には、似せ紫色の灰が揺れていた。男の子のモノと、よく似ている。
男の子は驚いたように目を見開いた。
「...なんだ……それ……?」
うっすらと不敵な笑みを浮かべながら、男が見返す。「可哀想なお前には、教えられないな。」
ビシッと男の子の纏っていたモノから音がした。
(こいつは……)
男の子の口元が、苛立ったように歯を見せる。
勢い良く地面を蹴り上げながら、背中から再び羽根のようなモノを作り出す。
男に向かって右手を投げるように飛ばした。
「俺を...バカにしてんのか...!」
男の子の腕を容易く受け止めながら、男が言った。
「いいや、本心だ。」
頭に血が上るような思いで、男の子は男の手から自分の腕を離す。一瞬で黒いモノの形状を、刀の様に変え、直ぐに男に振りかぶる。
「...ふざ...けるなっ...!!」
キィンと摩擦音が鳴った。
男の子の腕が後ろに飛ばされる。手にしていた黒が、フッと姿を消した。
「!?」
男の手には、足と同じ似せ紫色の剣。
「ああ、悪い。そう言えば剣(コレ)も得意なんだった。」
驚きながら攻撃体勢に入る男の子の身体を、男が刀で弾き返す。
小さな呻き声を上げながら地面に着地する。
どういうことか、斬られたような傷はない。
砂埃が上がる足元。
男を睨みつけるように見上げた。
(こいつ……なんだ……?)
男はコツコツと靴を鳴らしながら、こちらへ向かってくる。
「迷える仔羊のような眼を持つお前は」
(なんで...俺に似たその力を持つ...?)
「憂く、虚しい、孤独な堕とし子。」
(なんで、俺を……)
腕に力を込める男の子。すると、ぼこぼこと黒が皮膚を這った。男の子の腕が大きな男の様に太く、血管が浮き出ている。しかし、色は変わらず真っ黒だ。
「些か憐れで痛ましい。」
(そう、呼ぶんだっ!!!)
再び地を蹴り、男に向かって斬りかかろうとする。
しかし刃は届かない。
金属音のみが谺響する。
「俺を...憐れだとか……可哀想だって……言うんじゃねぇ!!」
「可哀想だ。」
「……っっ!!!」
脳の発するままに男を襲う。何度も何度も弾かれては斬りかかり、向かっていく。
「お前は、独りで可哀想だ。今の感情の名も知れず、誰と接することも無い。そうしてお前はのうのうと生き、誰にも知られずこの世を去る。」
身体(ウデ)が反応するままに、男を狙う。
血の一つも滴らぬ男を睨みつける。
身軽に攻撃を避ける男。
「それはとても、嘆かわしい。」
「うるさい!!!!!」
ギィンと金属同士がぶつかり合った。
(俺は...っ)
男を見上げ睨むその目の先は、どこか遠くを見ているようだった。
男の子の脳裏に、ある記憶が蘇る。
今より更に幼いだろう男の子の姿。
そんな小さな男の子が家の中であろう壁に投げつけられ、大きな男に殴られている。
男の子は頭を庇う様に身を守る。
大きな男が何かを言い残して立ち去ると、小さな男の子が目に涙を浮かべた。そして腕の中に膝を抱え、顔を埋めると、堰を切ったように泣き出した。
「……っ...、可哀想なんかじゃ……ない……っ」
男の子の表情が変わった。今までの、ただ暗い闇を落とした様な眼ではなく、歳相応の...苦しみを噛み締めたような表情だった。
男がその眼に気づく。
「……可哀想な眼だ。」
男の子がぴくっと反応し、男を再び睨みつける。
「...その眼は今まで何を見てきた?」
予想外の言葉に、男の子が目を見開いた。
「その心には、どんな想いを与えられ、どんな事を想ってきた?」
俯くように男から一瞬目を逸らす男の子。
そして小さく、徐々に大きな声で叫んだ。
「……うるさい……...。...あんたなんかに……俺の事が分かるわけ無いだろ!!」
男と反対に飛び退き、一旦距離を取る。
そしてすぐさま向かってきた。
(あんたみたいな人間が...)
「解ったように、俺を、語るんじゃねぇ...!!!」
ドッ
「!?」
男の子の肩に、大きく、穴が空いた。
「……え…………...」
男の手には、小型の銃が握られていた。
銃口からは白い煙が風に流れる様に揺れる。
「く……そ…………っ」
男の子が穴の空いた肩を押さえつける。ちりちりと揺れる黒が、穴に反応する様に、そこから網のようなものがめきめきと男の子を覆っていく。
「……っ!?」
きつく身体を締め上げられる。
身動きのとれない男の子は、ギロりと男を見上げた。
「て...めぇ……っ!」
「……それはお前本人の力のみに作動する仕掛けだ。実物か偽物か判断するためにな。」
「ならもう分かっただろ...!」
息を切らす男の子。腕に力を入れようとするも黒いモノも、羽根と化したソレも全てがサラサラと消えていった。今までにない体験に冷や汗を流す。
「いや、まだだ。一つ、お前に質問しよう。お前は今まで、何人の命を奪ってきた。」
腕を組み、男の子の近くまで足を進める男。
「……知らねぇ。」
男を睨み上げる。
動こうにも関節一つ動かせない。
男が目の前で立ち止まった。
「数えていないのだろうな。ならば教えてやる。
8万人だ。」
男の子は顔色一つ変えずに無言のまま男を見上げる。
「これはどんな数だか分かるか。街一つ、廃れさせる程に大量の人間を、お前は殺したんだ。その身体で、この3年間で。」
(だから……なんだ。)
「なぜお前は、同じ人間をそれ程殺せる。」
男の子がピクリとする。
「……同じ...人間……?」
男の子を締める網が、ビシッと音を立てる。
「...あんたは、俺と、あそこに転がっている肉片が、同じ人間だって、言うのか...?」
俯きながらも、男の子の身体を締める網が、小さな塵を産む。
男は変わらず腕を組んだまま、男の子を見下ろす。
「そうだ。」
「……何が目的だ。」
ビシビシッと網にヒビが入った。
男の子の従える黒が再び揺らめく。
「……俺を小馬鹿にしたかと思ったら、憐れだと同情する。そして今は、同じ人間?」
大きな音を立てて、男の子は網を破壊した。
黒いモノが歪に揺らめき、男の子を囲う。
「……ふざけるな…………っ!そうやって"お前達は"、何度俺を騙してきた...!?何度...俺を殺そうとしてきた!!」
過去、男の子の居た街では男の子の異質な力を毛嫌いする人間が沢山いた。しかし、それを知らない程にまだ幼かった男の子は、街の人間と笑い合っている。
偽りだと気づいた頃にはもう、陰で噂をするなんて生易しいものではなかった。
男の子を殺そう、力を剥ぎ取ろう、あいつが居たから俺の息子は死んだんだ...。
災厄は全て男の子の仕業だ、生きているからダメなんだ。
そう言われた男の子は、安心して寝ることも、食事することも出来なかった。
それは、街を出て他の街へ行っても同じだった。
そして、男の子は言われた。
同情する言葉と、それと裏腹な人間の笑顔で
『 可哀想な子供だ』
と。
何かが、一瞬で襲ってきた気がした。
憎悪なのか哀憐なのかは分からない。
気づいた時にはもう、黒と赤に染まった自分がいた。
「…………同情するふりをして、心の底では俺を危険視、怨み、殺そうとする。」
俯いたまま、話し出す男の子を、黙って見つめる。
「...同情するなら、代わってくれるのか?…………言葉だけ並べれば、俺が喜ぶとでも思ってるのかよ!!」
(ふざけるな...同じじゃない……!同じじゃないのが、どれだけ辛いか分からないだろ。同情するふりばかりして、自分は普通でよかったって...安心してるんだろ……!)
脳裏に過去が浮かんだ。
異端と謳われ、実の父親に、街の人に、叩かれた幼い男の子。
(俺は、ただ……)
男の子の足元に、ぽたりと何かが落ちた。
直ぐに地面を濡らす。
「...ただ、普通の人間になりたい……っ」
そう言う男の子の眼に、涙が浮かんでいた。
堪えるように目を開けている。
(それだけのことが、どれだけ幸せか。どれだけ望んでも、俺には決して手に入らない……)
「……...ふざけるな...ふざけるな!!何が可哀想だ...何が同じだ!同じじゃないから、俺は今ここにいるんだろ!こんな姿をしてるんだろ!!」
男の子の背後の闇が、男の子の身体を覆い尽くす様に纏わりつく。
「それでも……生きようと…………運命だったんだと、仕方なかったんだと、押し殺してるのに……簡単に、口先だけで"可哀想"なんて言うんじゃねぇ!!!」
男の子の黒いモノが、腕を組んだまま動かない男に襲いかかろうとする。
「……そうか。」
無言だった男が、ボソリと言った。
男の子の黒いモノを容易く避け、勢い良く近づいてくる。
「それがお前の"本心"か。」
「……っ!」
目を赤くする男の子。
男が顔を突きつけてくる。それに向かって腕を振り抜くも、弾き返された。
男の子の首に、似せ紫色の剣を突きつける。
冷や汗を流す男の子。
男は睨みつけるような目で男の子を見て、こう言った。
「俺と共に来い。」
to be continued......
罪人の髑髏 ひゅう @s0914
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