罪人の髑髏

ひゅう

第1話 「可哀想」

真夜中。

徐々に灯りの消えていく街を背に、佇む影。

その周りには故意に崩れたのか、不格好な塀が影の足元に無造作に転がっている。ひとたび光が当たると、キラリと水面を反射するように、赤黒い液体がぴちゃんと瓦礫に色を着ける。

影と思わすそれは小柄な少年だった。頭から足の踵つま先まで黒い。まるで烏のようだ。

死んだように焦点の合わない目で自らの手のひらを見下ろす。

「…………」



( 畢生は 死よりも 酷薄だ )





脳が伝導する情報を形成(かたちづくる)力を持つ者は、人間(ヒト)とは言われず、独り陰影に息づいている。


頭から足の先まで真っ黒な男の子が、建物同士の、狭苦しい少しの地面にしゃがみ込み、ひっそりと息をしている。

よく見ると、体から出ている"黒いモノ"が灰のようにちりちりと遊んでいた。

男の子は、目を見開いたままにどこか一点を見つめている。


ふと、遠くから近づいてくる若者の声。

「はぁっ!?ばっかじゃね、お前」

「いやいやまじだって!意外といけんだよ!」

「アホか。ひとりでやってろっ」

ゲラゲラと笑う3人の青年が、男の子の居る建物の間を通り過ぎる。

と、その時

「ん?」

一番後を歩いていた金髪の青年が男の子が居るのに気が付いた。一瞬、顔をしかめながら暗闇を凝視するも、すぐに男の子がいる事が分かったのか、にやりと笑った。

「おい、見ろよ!何かいるぜ。」

わざとらしく大きな声で、先を歩くもう2人の青年に声を掛ける。

「...!」

ゆっくりと男を見上げる。

「何なに、どったの?」

「ん〜?」

街の明かりを背に、黒髪と、茶髪の青年の目が男の子に浴びせられる。

声を掛けた金髪の青年が、男の子の前まで行き目線を合わせる。

「こんな所で何してるんだい、ぼーくっ」

煌びやかな光を背景に、男の子を見る。笑っている青年の顔が、何故か恐ろしくも感じられた。

男の子は若干、怯えの混じった目を向けると、きゅっとボロボロの自分の袖を握った。

「...っ……...な、にも……。」

後ろでクスクスと笑う2人の青年。

それを、長い前髪の間から見上げる男の子。

不意に金髪の男が小さく笑う。

「...はは、もしかしてー、親に捨てられちゃった?」

目の前で大きな口がにんまり裂ける。

眉間にしわを寄せるも、なにもいいかえすことのない男の子。

笑いながら、黒髪の青年が金髪の青年と会話する。それを見ながらクスクスと笑う茶髪の青年。

「おい〜、やめろって!」

(……...)

ぎゅっと腕を握りしめ、俯く。

「でもよ〜、そうでもなきゃ、こんな夜中にこんな所、居ないよねぇ?」

話しながらも哀れむように男の子を見る金髪の青年。

「言えてるっ!独りぼっち〜!!」

「おい、やめろよー!」

制止の催促か、胸喜の煽りか。どちらにせよ、青年たちは嗤うのを止めない。ゲラゲラと不快な声だけが耳を劈く。

「…………黙れ...」

消え入るように発した言葉は、青年たちを更に昂奮させる。

「あれ、図星だった??あ、ごめんね?そっかそっか...」

また金髪の青年が改まったようにこちらに顔を向ける。男の子は、察した。

「……言うな...っ」

にんまり笑う青年の顔が、大きく瞳に映る。

「キミ、可哀想だねぇ!」


そう、青年が発した時。

男の子の背後で黒い灰が揺らめいた。

一瞬だった。

気づいた時にはもう、金髪の青年の頭が、宙を舞っていた。

ゴンッという鈍い音と共に、両の目を見開いた青年の頭が後ろで笑っていた2人の青年の足元に差し出される。その少しあとに、身体が倒れる音が建物の壁にこだました。

「「え...……...」」

状況をのみ込めていない、おかしな声を出す。

暗闇に居るであろう男の子の姿は見えない。グチャグチャと不気味な音が青年たちを現実に引き戻す。

「…………っ、!?」

立ち竦む青年の足元に、こつんと何かが当たった。

生臭い。よく、怪我をして流した赤い液体の臭いが青年たちの鼻を衝く。

履いていた靴やズボンの裾が紅く染まった。

「ひっ...、」

一気に現実味を帯びた。

よく見るとそれは金髪の青年の手だった。


ふと、暗闇を見つめる。

男の子が何変わらずと膝を抱えて座っていた。

動いていない。しかし、返り血の浴びた顔がこちらを向く。

「……っ!」

「おい、あれ……」

1人の青年が、男の子の背後に目をつける。

月光に照らされていく、異物。黒光りしたそれは、鋭い刃のようだ。ちりちりと灰のようなものが蠢いている。

「う...わ、逃げろ...っ、早く!!」

黒髪の青年が駆け出した。

(なんだ、あれは)

固まったまま、脚を動かすことの出来ない茶髪の青年。息をすることもままならないのか、苦しそうな呼吸音が汗を誘う。眼球だけを動かし、膝を見下ろす。

(……っそ、くそ、なんで...動け...……っ!)

男の子がゆっくりと立ち上がった。

茶髪の青年と目が合う。男の子は冷ややかな目で、睨みつけた。

「……俺に、可哀想だと発するな...!」


走って逃げる黒髪の青年が、後ろに茶髪の青年がついてきていないのに気が付き、歩幅を狭める。

くるりと振り返りながら、大きな声で叫んだ。

「おい、早くしろって……」


ドスッと黒い異物に、頭蓋骨を貫かれる茶髪の青年が目に入った。

「……あ...」

助けを乞うたのか、何かを言いたそうに手を伸ばすも、すぐにだらりと項垂れる。茶髪の青年の眼球が、どろりとズレた。

「……っ!!」

引き裂かれ、地面と不快な音を奏でる。

青年は再び走り出した。

「ぐ...、くそ……っ!」

(なんだよ……あれ!!)

逃げる青年を見据える男の子の背後から、高々と生み出された異物...それはまるで、漆黒の羽根。上下に揺らしながら、先を駆ける青年に向かい、別の異物を飛ばした。

「ぐぅっ……っ!!」

異物が青年の腹部を貫ける。

うっすらと眼に涙を浮かべ、男の子を見上げた。

口からゴポッと血が溢れる。

「お、れは...言ってねぇ……っ!」

ただ無言で見下ろす男の子。

(これから言うんだ、その口で)

歪なモノを握り締める青年。息が荒くなる。

懇願するような瞳をものともしない男の子。

歯を食いしばるように青年が言った。

「可哀想...な、んて……!」

(...ほら)

口を塞ぐように異物が貫く。

「あ゛あ゛......あ゛」

白目を向き、涙をこぼす。

鉄の匂いが噴き出した。


( 俺を蔑む人間は皆 落命しろ )


口を貫いた異物を抜くと、増して生き血が迸発する。


( 苦しんで )


見知らぬ家の塀を壊すように叩きつけ、男の死体(カラダ)を走らせる。


( 苦しんで 苦しんで )


幾度も幾度も貫いては裂き、男(ニンゲン)の面影は消え失せる。


( 俺に無様に 哀訴しながら 死ねばいい )



光の映らない眼が、転がる血肉の塊を見下ろす。

「……」











コツ、コツ...



ふと、足音が近づいてきた。

「…………」

低く、重い声が暗闇にずっしりと伸し掛かる。

「人間(ヒト)ならざる力を持った"生まれながら罪人"。」

「………………」

フードを被り、黒いコートに身を包む男がこちらへ向かってくる。

男の子は見向きもせず、ただそれを背に立ち尽くす。

黒い異物がゆらりと動いた。

「薄気味悪いと嘲弄され、何をしなくとも死を願われる。」

コツン

足を止め、フードに手をかけた。

「息づくことすら容易くない」

「...何が、言いたい。」

男の子が振り返り、男を見る。

フードの下から男の顔が現れた。若くも、年老いてもいない。顔に傷を負った30代半ばほどの男性だ。

男はまた、話し出す。

「嘆き、悲しむその心は、

残酷(殺人)にしか表現でき(あらわせ)ない。

あぁ、お前はとても"可哀想だ"。」

男の子の腕に、ビキビキと漆黒の闇が巻き付いた。睨みつける。

「……あんたも俺に、その言葉を投げるのか。」

男がフッと笑った。

「お前にはそれが、お似合いだ。」


( そうか、じゃぁ )


黒い宝石のように形の変わった右腕を構えた。手が、爪が、まるで獣のように大きく、凄みを増す。

「あんたを生かす必要が無い。」

男の子は、見知らぬ男に向かい、素早く腕を振り抜いた。


大きな地鳴りが、闇の中で響き渡った。




To be continued...

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