圭介

 山のふもとまで下りると、圭介の父親の説教が待っていた。

 曰く、大人に黙って夜の山に入るな。女の子を連れて行くならなおさらだ。田舎育ちの癖に山の天気も読めんのか――その他沢山。

 長い話の途中で、歌音のお母さんが温かいスープを渡してくれた。冷え切った体にはありがたく、体の内側が暖まるのが分かった。

「お父さん、その辺で。みんな帰るに帰れないでしょ」

 説教のきりが良いところで、圭介の母親が話をまとめてくれた。周りを見渡すと、二十人近く近所の見知った大人たちが集まっていた。

 みんな口々に「無事でよかった」「久々にやんちゃな坊主がいたもんだ」などと言っていて、大人の大きさっていうのが分かった気がした。

 最後に僕達三人の親が集まってくれた人たちにお礼と謝罪をして、その場は解散となった。

 別れ際に圭介が「ごめんな」と言ったけど、親にせかされてその理由は聞けなかった。

 そのまま僕は病院へ連れられて、腕が折れていたことが分かった。

 二か月もすれば完治するらしかった。

 それだけですんで良かったと、両親は言っていた。

 そう、僕はそれだけですんだのに……。


 ――二日後、圭介は自宅で突然倒れ病院に運ばれた。

 そのまま、圭介は二度と帰ってこなかった。


 医者が言うには、頭を強く打ったことが原因だったらしい。

 すぐに思い当った。

 かばわれた僕の腕が折れるほどの衝撃だったのだ。

 圭介が無傷でいる事の方がおかしいじゃないか。

 すぐに気付いたけど、そんなのもう、遅すぎるにも程があった。


 訳も分からないうちに、葬儀の日が来た。

 もちろん僕と歌音も参加した。

 歌音はずっと泣いていた。

 圭介が入った棺にしがみつき、声が出なくなるまで泣いていた。

 反対に、僕は涙が出ないでいた。

 圭介が死んでしまった事は頭では分かっている。

 でも、受け入れられてなかったんだと思う。

 きっかけになったのは遺影だった。

 遺影に写った圭介は、変わらないあの笑顔を浮かべていた。

 見ていたら、色々な記憶が甦ってきた。

 圭介はよく笑っていた。

 嫌な事があっても。

 嬉しいことがあっても。

 悲しいことがあっても。

 生まれ持ってのプラス思考で、笑顔でいた。

 朝も夜も問わず、それこそ一年中。どの時間にも圭介との記憶があった。

 ……これからもずっと、あるものだと思っていた。


「圭介」


 棺に向かって一度だけ、名前を呼んだ。

 返事はなかった。


 そしてやっと僕は分かったんだ。

 もう二度と話せないし、もう二度と後ろについて歩けない。

 気付いてやっと……涙が出た。


 ――あれから六年。

 圭介が亡くなった時から、ずっと気になっている言葉がある。

 蛍を見たあの日の別れ際、圭介が言った「ごめんな」という言葉。

 後で聞こうと思って、先延ばしにしてしまった。なにか意味があった様に感じる、今の僕を救ってくれるかもしれない言葉。


 その言葉の意味を、未だに僕は知らない。

 今となっては、確認するすべもない。

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