歌音の世界

「歌音、大丈夫だよ、きっと圭介ならもっといい場所を探してきてくれる」

 思い出しても情けないセリフだ。

 そんな励ましでも、歌音は笑顔を見せてくれた。

「そうだね、それなら私は……歌っていようかな」

 変なセリフだ。歌音以外の人が言えば、状況にそぐわないセリフ。

 歌音は大きな岩によいしょと登って、高くなった視線に微笑んだ。

 両手を大きく開いて、背を反らせるようにして、数回深呼吸。

 もう一度大きく息を吸い、一瞬の静寂。


 ――次の瞬間、歌音の世界が広がっていた。


 優しい声色、深い緑色を感じるのは山にいるからなのか。歌音の表現力がそうさせるのか。

 声量は物凄いのに、耳には触らない。

 それどころか心が癒されていく。

 不安に思っていたことが、些細なことに思えてくる。

 歌詞も存在しない、旋律だけの音楽でここまで胸が打たれるのはなぜだろう。

 きっと、感情をそのまま表しているからだ。

 綺麗な感情も、汚い感情も、そのまま音にするだけでここまで人の心を打つんだ。


 だから僕は、歌音の歌が好きだったんだ。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 しばらく歌音は歌っていたと思う。

 終わりに向かって、気に入ったらしいフレーズが数回繰り返されて、静かにその歌が終わった。

 それと同時に明るく照らされていた歌音の姿が暗くなる。

 二人して空を見上げた。

 月が、雲に覆われようとしていた。

「……月」

 歌音が呟いた。

 気付いていなかったけど、いつの間にか、歌音が月明かりに照らされるほどに晴れていたらしい。

 そしてまた、曇ろうとしている。

 完全に月が雲に隠れると辺りが真っ暗になった。

 ある期待から、二人とも黙っていた。

 三十秒もすると期待が形になった。


 最初はポツポツと光が見え始め、次第に光の数が増えていく。

 「わ、うわぁ」と歌音が声を漏らす。

 その声に反応したかの様に、一気に光の数が増した。

 気が付けば、一面に蛍の光が広がっていた

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