曇りと蛍
小学校の高学年になっても、僕たちはいつも一緒だった。
圭介は六年になると身長が162センチになり、声変わりもしていて、なんだか大人みたいに感じていた。
歌音も身長が156センチになって、五年生にしてはかなり大きい方だった。顔の肉が落ちて丸さがなくなったのに、身体は曲線が多くなって、ドキリとする事が何度もあった。
歌音の事をウタちゃんと呼ばなくなったのは、いつだったか覚えてない。でもきっと、この頃だったと思う。
そして、肝心な僕はといえば、身長は151センチ。顔は幼いままで声変わりもまだだった。
一人だけ子供のまま取り残されているみたいで、焦っていた。
ある日、僕たちは夜の山に遊びに行く事になった。
珍しく歌音から僕と圭介に声をかけたのだった。
「山の小川に蛍がいるって。見てみたい!」と。
都市開発が進んでいたせいか、周りは山ばかりだというのに蛍を見ることはなくなっていた。
外で遊ぶのが好きな圭介の事だ、蛍がいなくなってしまっていた事には当然気付いていたのだろう。
失ったはずのものがまた見えるという事に興奮したのか、普段は知的な雰囲気さえ出し始めていた圭介が久々に目を輝かせていた。
圭介の反応を見て僕も賛成した。
「うん、じゃあ、決まり!」
歌音は満足そうに頷くと「集合は、みとこ山に夜八時ね」と集合場所と時間を告げて、ご機嫌な歌を歌いながら、家に帰って行った。
「……八時って、遅い時間だよね。親に怒られないかな?」
「それが良いんだろ。暗い方が蛍はきれいだ。ロマンチックじゃないか」
僕の心配なんか歯牙にもかけず、圭介はフフンと鼻を鳴らしていた。
ロマンチック。
その言葉が少し引っかかりながらも、確かに暗い方が綺麗だし、親に黙って夜遊びというのにも、そそられるものがあった。
「よし、決まりだな」
僕の心を読んだかの様に、圭介はニカッと笑う。
……この表情だけは変わらないなと思った。
「響、お前、きっと今日の事が忘れられなくなるぞ」
ぽそっと圭介が漏らしたように言った。その時の僕はまったく意味が分からなくて、そんなに蛍って綺麗だったっけ、なんて考えていた。
山のふもとには歌音が一番に到着していた。女の子が一人で危ないな、なんて感覚はまだなかった。歌音を見てドキドキする理由も分からない当時の僕が、そんな事に気が回るわけがない。
「遅いよ二人とも! 蛍が見たくないの!?」
腰に手を当てて怒っている様子の歌音だけど、声に怒気は感じなかった。そのくらいはすぐに分かった。
これから山に登るというのに歌音は白いワンピースを着ていた。黒髪と細い体躯に良く似合っていた。
「絶好の蛍日和になったな」
圭介も歌音の言葉に特に反応する事はなく、空を見上げていた。
僕と歌音もつられて空を見る。
「曇ってるけど……」
「その方が蛍が出るらしいぞ」
圭介がさり気なく知識を披露する。
「そう! 今日は絶好の蛍日和!」
蛍日和というフレーズが気に入ったのか歌音も復唱していた。歌音がこれだけテンションが上がっているのは珍しく感じた。
「蛍日和……」
なるほど、確かに口に出してみると何やら響きがいい感じがした。
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