人類絶滅会議

腹筋崩壊参謀

【短編】人類絶滅会議

 地面の下のさらに下、人類が未だに到達した事のない地球の中心部。

 その中に広がる巨大な『会議場』で、非常に重大な会議が行われようとしていました。


「ブヒッ……ええ皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました、ブゥ」


 多数の議席に囲まれる中央の議長席で鼻息交じりの大声を上げ、会議の始まりを告げたのは、ピンク色の健康的な肌をした一頭のブタでした。そして、彼が見渡す会議場は、一面様々な生物たちで埋め尽くされていました。クジラにゾウ、サイ、カバ、トカゲ、カラス、ゾウリムシにミドリムシ、そしてゴキブリ――ありとあらゆる地球の命の代表が、この巨大な会議場に集結していたのです。

 彼らがここにやってきた目的はただ一つ、「大量絶滅」を起こすか否かを決めるためでした。


「皆様ご存じの通り、この『絶滅会議』はこれまで何度も行われてきました」



 議長のブタは、地球各地の生物の代表たちに、改めてこの会議の内容の説明を始めました。

 現在に至るまで、地球上の生物に大打撃を与える「大量絶滅」は何度も発生しました。ある時は地球内部の活動による気候の大変動、ある時は宇宙から降ってきた隕石、またある時は遥か彼方の星の大爆発――様々な要因によって地上や水中、そして空が大いに荒れ狂い、繁栄を極めていた生物たちが一気にその数を減らし、最悪の場合地球上から永遠に姿を消し去っていたのです。

 そのような事が過去に発生していたと言う所までは、現在の地球で繁栄を極めている『人類』もしっかり把握していました。しかし、その真の原因が、地球の内部で議論されている『絶滅会議』であると言う事実を、彼らは一切知りませんでした。

 何かしらの形で大量絶滅のきっかけが起き始めると、毎回地球の生物はこの場所に集まり、今後の地球にどれだけの影響を与えさせるか、どんな生物を絶滅させるか、そしてこの大量絶滅を起こすか否かと言う段階まで議論を進め、そして議員たちの賛成を持って決定するのです。


 そして今回のターゲットは、その『人類』そのものでした。



「えー、今回起こるかもしれない絶滅の要因ですが……ブホン、皆様こちらをご覧ください」


 議員たちが注目した先に、巨大な半透明の地球儀のような物が浮かびあがっていました。その中で、北アメリカ大陸の一部分だけ、赤い丸が点滅しています。この場所こそ、今回議論の的となっている大量絶滅のきっかけとなるかもしれない所なのです。


「人類はこの場所を『イエローストーン』と呼んでいるようですが、その中には今まで何度も大量絶滅を引き起こしてきた『赤い水』がたっぷりと溜まっております」


 何十万年もかけて大量に蓄積されたこの赤い水――人間の言葉で表すと「マグマ」が、ここ最近少しづつ爆発の兆しを見せ始めている、と議長のブタははっきりとした声で伝えました。これを一気に地上に溢れさせて一気に地球の気候変化を引き起こし、ターゲットである『人類』の食べ物や生活に大打撃を与えて絶滅させてしまう、と言うのが今回の大量絶滅の計画でした。


 ですが、この大量絶滅を地上にもたらすためには、この会議の中でしっかりと互いの意見を述べた上で、最良の結果を考えないといけない、と議長のブタは皆に伝えました。そのために、まずはこの場に集まった者たちが、人類を絶滅させてしまうこの計画に賛成か反対か、それぞれの意志を示してもらう事にしました。これまでの『絶滅会議』でも、同じような形で採決が行われていたのです。


 しばらくの時間の後、改めて議長のブタ――今回の大量絶滅を乗り切る事を約束された種類の代表が、『賛成』の者だけ起立して欲しい、と議員に呼びかけました。その言葉を待っていたかのように、続々と議員たちが飛び上がったり起き上がったり、各自様々な姿勢で人類を絶滅させて欲しい、と言う要望を示し始めました。

 人類によって絶滅の危機に追いやられたゾウやクジラ、カエルたちは勿論、人類の乱暴なやり方で被害を受け続けているイワシやマグロ、ニホンザル、そして人類がいなくなっても関係ないという立場であるシャチたちなど、数多くの動物たちが、この大量絶滅をぜひ引き起こして欲しいと言う気持ちを伝えたのです。


 ところが、集まった生物たちの全員が、賛成の意思を示した訳ではありませんでした。


「おい、お前反対するのかよ!」「何故ですか?」「あんな酷い事した連中やで!?」


 賛成派からの罵声、それに対する応酬で議会は騒然となってしまいました。慌てて議長の補佐を務めるアブラゼミ――議長のブタと同様、大量絶滅が起こっても生き残る事が可能とされている生物種の代表が、大きな音で静かにするよう呼びかけました。


 あまりの喧しさにようやく静かになった会議場。皆の心も鎮まった所で、改めて議長のブタは、反対の立場に回った者たちにその理由を述べてもらう事にしました。



「確かに、オレたちの仲間は人類によって色々と大変な目に遭いました」


 長い足で立ち上がり、堂々とした声で反対理由を述べたのは、首の黒いたてがみが良く似合うウマでした。彼らの仲間は人間たちによって生息地を奪われ、彼らのもとでの暮らしを余儀なくされた過去がありました。ですが、ウマにとってはむしろそれは好都合な事となったのです。人類と共に、これまで歩んだ事のなかった様々な場所へと生息域を広げる事が出来たのですから。


「もっと人類には頑張ってもらいたい。だからオレは、ここで絶滅させるのは時期尚早だと思います」

「はーい、私も絶滅に反対ですわー!」


 その意見に同調したのは、ウマのいる場所から少し離れた場所で触角を突きだすアフリカマイマイでした。この種類もまた、人類によって世界じゅうに分布を広げ、大いに繁栄する事が出来た種類。新天地でのびのびと勢力を広げさせてくれた人類に、アフリカマイマイも感謝の念を示していたのです。

 そして、同じ意見を持つ者が次々に挙手していきました。各地で好き放題させてもらっているアライグマ、湖や川で好きなだけ仲間を増やさせてくれた過去を持つブラックバスやコイ、人間のお陰で楽をさせてもらっているネコ、そしてオーストラリア大陸で億単位にまで増殖を遂げたアナウサギなど、人類を擁護する意見が会議場の中を包み込み始めたのです。


 しかし、そんな彼ら反対派に対して、賛成派の面々から罵声が再び飛び始めました。


「何が人間のお陰で楽してます、だ!ボクたちには一切そう言う事が無かったよ!」

「おめぇたちだけ好き勝手されて、不公平だべ!」


 特に怒っていたのは、人類絶滅の反対派の生物たちが大繁栄を遂げる裏で、彼らに負けて数を減らし続けていた生物たちでした。特に、海に浮かぶ様々な島に元から住んでいた生物たちは、揃って人類に多大な恨みを持ち、絶滅に対して積極的に賛成をしていたのです。そんな彼らにとって、人類の擁護によって楽をしている彼らは許しがたい存在だったのです。

 あっという間に会議場は一触即発の様相を見せてしまいました。


「せ、静粛に!静粛に!」


 慌てて議長のブタや補佐のアブラセミが大声を出して場を鎮めようとしましたが、その喧騒を突き破るかのように一つの声が生物たちの耳に入りました。その方角にいたのは、ほんの小さな一匹の昆虫――人類に様々な「恩」を抱く寄生虫であるヒトノミでした。


「ずっと思っていたのですが……議長、何故この場に『人類』を呼ばないのですか?」

「……!」


 人類の体に適応し、彼らの血で命を繋いでいるヒトノミの一言は、長年行われていた『絶滅会議』の欠陥を突くものでした。恐竜を絶滅させた以前の会議や、哺乳類の先祖格の動物や三葉虫を地球上から永遠に消し去ったずっと昔の会議、そのどれも、その時点で絶滅しない事が約束された生物のみがこの場所に集まって、地球の生物の様相の変化を勝手に決めていたのです。

 

 自分たちが絶滅すると伝えて、その生物がパニックになるのを防ぐためだ、と議長は釈明しましたが、当然反対派の議員たちは納得しませんでした。自分たちが絶滅しないからのうのうと話す事が出来るのか、これではヤラセや出来レースではないか、と言う批判の声が上がり始めてしまいました。その中には、人類で命を繋いでいるシラミやダニ、サナダムシなどの他にも、アルパカやウシ、イヌ、カラス、そしてネズミと言った、様々な形で人類の恩恵を受けていた生物たちも含まれていました。

 こうして賛成派も反対派も一歩も引かない結果、会議はまとまるどころか二つの意見が平行線をたどったままと言う事態になってしまいました。一体どうすれば解決できるのか、と議長が頭を抱えたその時でした。大きな殻を背負った動物界の大ベテランであるオウムガイが、その触手を上げて自身の発言を認めるように告げたのです。


「で、ではオウムガイ殿、何か意見でも……」

「左様。ヒトノミとやら、お主は確か『絶滅会議』に参加するのは初めてのようじゃのぉ」

「ええ、そうですが……オウムガイさんは何度も出席されてますよね」

「うむ、これで何度目か忘れてしもうたがの、ほっほっほ」


 何億年も前からずっと種類の命を繋ぎ続けているオウムガイは、これまで何回も絶滅会議に参加を続け、その度にこうやって議会は荒れに荒れた、と告げました。そして、ヒトノミと同じような疑問を持つ者も少なからずいた、と。そんな状況に陥ったとき、それぞれを完全に納得させる方法が一つだけある、と、年老いた口調ながらもはっきりとした言葉でオウムガイは言いました。ところがその方法を聞いた途端――。


「え!?人類を呼び出すって!?」「本当っすか!?」


 ――議長も含め、ほとんどの参加者は大声を上げて驚いてしまいました。

 何を言っているんだ、という表情で見つめる者もいましたが、オウムガイはそれが最善の方法だと告げ、わかりやすく説明を始めました。


「もしこの場にやってくるなら、それだけ人類は自分たちの危機を分かっておる証拠になる。じゃが、もし我々が直接言っても来ない時は……」


「なるほど、真剣になって考えているかどうかを見極めるんですね」

「そりゃいい考えだべ!」「わしも賛成だがや!」


 この会議に参加している者たちの中でも屈指の古株であるオウムガイの意見に、会議場に集まった動物たちは皆同調していました。平行線をたどるばかりのこの会議に決着をつけるには、この方法しか無い、と心に決めていたのです。


 そして、人類にこの会議を伝えるための代表に立候補したのは――。


「この重要な役目、自分に任せるであります!」


 ――美しく黒光りする体を持つ昆虫、クロゴキブリでした。


 反対派からは勿論、賛成派からも、彼の決心に反対する声が出ました。確かにクロゴキブリは、人類によってジャングルの暗い生活から広々とした大都会での生活に移され、美味しいご飯や暖かい居場所、そしてたくさん子孫を残せる空間まであらゆるものを用意された過去があり、彼らはそれに対する恩を感じていました。ただ、人類側の方はそんなゴキブリたちが抱く恩をそこまで認識してはいないのではないか、と多くの生物たちは考えていたのです。人類によって仲間をどれくらい消されたのか忘れたのか、と同じ境遇であったドブネズミが訴えましたが、クロゴキブリの強い心は揺らぐ事はありませんでした。


「確かにそのような事実はあります。しかし、種族の危機が起きている今、我々と対立する事が愚かである事を人類は知っているはずでしょう!自分は信じております!!」


 万物の霊長と謳われ、高い知能を持つ人類なら、きっと分かってくれるはず。その言葉に、次第に議員たちも納得の様子を示し始めました。この場にいるイヌやネコ、チンパンジー、カラス、クジラにシャチ、そして議長を務めるブタなどもかなりの知能を有していますが、人類はそれ以上の頭の良さを武器にして、これまでたっぷり繁栄をしてきました。クロゴキブリは、その人類の英知に希望を見いだしていたのです。


 そして、今回の会議は、クロゴキブリを人間への使者とする採択を行い、絶滅させるかどうかの判断を彼の働きに委ねる形でいったん閉幕しました。



~~~~~~~~~~~~~~~~~





 そして、次の絶滅会議が始まった時――。


「……」「……」「……」「……」「ぐすん……」「……ひっぐ……」



 ――会場を包んでいたのは、言いようもない絶望や呆れ、そして悲しみの感情でした。



「……私は、人類を信じてきた事をこれほど恥じた事はありません」


 あの判断を決めるきっかけを作ってしまったヒトノミが、涙をこらえながら語り始めました。人類によって繁栄を約束された者という強い絆で結ばれていたクロゴキブリを失った辛さ、そして彼の命を奪った人類に対する絶望を隠し切る事は出来ませんでした。


 結論として、人類の代表が地球の中心部にあるこの会議場に来る事はありませんでした。人類の集まる場所に降り立ち、必死にこの会議の事を伝えようと奮闘したクロゴキブリの努力は報われる事無く、いくら彼が必死に訴えようとも聞く耳を持つ人類はいなかったのです。他の動物たちが協力しようとしても、人類はこの使者の姿を見ただけで避けようとし、言葉すら聞こうとしませんでした。それどころか、彼らを絶滅から救おうとしていたこの黒い存在を、人類は消し去ろうとしていたのです。

 そして、最後までクロゴキブリの声は人類に届く事はありませんでした。どうか地球の中心まで来て欲しい、人類が絶滅しそうな現状を見て欲しい。そう訴えている途中で、彼の体は人類の持つ巨大な武器によって押し潰され――。


「あのような最期を迎えてしまうとは、夢にも思いませんでした。

 やはり我々賛成派の考えが、愚かだったのかもしれません……」


 ――そのまま席に戻ったヒトノミの抱いていた考えは、前回の会議で人類絶滅に反対していた面々と同じものでした。

 今まで人類を信じ続けてきた自分たちは、彼らに長い間騙されてきたのではないか。他の動物たちの命を道具、それ以下に考え、こういう大変な事態になっても一切見向きもしない存在である事を、ひた隠しにしてきたのかもしれない、と。

 あれほど積極的に人類を絶滅から救おうとしていたウマやオオヒキガエル、アフリカマイカイ、ネコなどの面々も、完全に諦めの心を見せていました。


「……わしも、こんな結末になろうとは思わんかったわい」


 そして、直接の発案者であったオウムガイも、無駄な努力に終わってしまったクロゴキブリに哀悼の念を表しながら、ため息交じりに呟きました。



「あれだけ威張っていた古代の巨獣たちでも、我々の使者の話を聞いてくれたはずなのに……」

「アラモサウルスですね……お会いできなかったのが残念でしたが、隕石衝突から生き残ったとか……」

「議長どの、左様じゃ。あの者たちは良い心を持っておった。我々の説得にもしっかりと応じて、この議場で意見を述べたもんじゃ。

 しかし、人類はのぉ……」


 会議場の中は、一つの意見に包まれていました。


「では、改めて今回の『絶滅』に関する採決を行います」


 そして、議長のブタの声に応じるかのように、会議に参加した全ての者たちが、自身の考えをはっきりと告げました。




 それから数ヵ月後の事でした。

 アメリカにあるイエローストーン国立公園の地下に眠っていた途方もない量のマグマが、凄まじい地震や天まで届きそうなほどの火山灰と共に地表に噴き上がったのは……。

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