お題小説2

しずく

予約

 まだかな、愛しい愛しい私のダーリンはいつ来るのかな。

 私はダーリンのかっこいい姿を思い浮かべながら、彼が来るのを待った。今日は記念すべき日、そう! ダーリンが私の家に住む初日だ。ああ、早く来ないかな。そう思いながら私は家の前で不審者のごとく右往左往しているとやっと彼らしき姿が見えた。

「ダーリンだ!」

 私はついそう叫びながら彼の元へ走り、抱き付いた。彼の服の匂いを堪能したあと、彼の顔を見るために上を向くと、彼は驚いたような困ったようなやはりかっこいい顔をしていて、ああ、私今なら死ねるなと思った。

「えっと、はじめまして。須々木望さんですかね?」

「はい、そうです! 今日からあなたのハニーですよ!」

「え、ええ?」

 彼の更に困った顔を見て、私の幸せは絶頂でした。ああ、愛してるよダーリン。


 僕は、須々木さんの彼氏らしい、しかし僕で本当にいいのだろうか。

「須々木さん」

「ハニーって呼んでって言ってるでしょう! それで、なんですか?」

「本当に僕でいいんですか? その、須々木さんお綺麗ですし、僕よりいいのはいっぱいいますし」

「ダーリンだからいいのよ! 私だってそれなりに選んだ結果よ!」

 そう言ってもらえると、僕だって嬉しい。僕だって頑張ろうという気持ちになれる。だが、ちょっと外に出ただけで死にもの狂いで探されるのには僕も少し憂鬱になってしまった。

 しかし、僕は須々木さんの彼氏、多少の我慢はつきものだ。それにそれ以外は須々木さんはよくしてくださるし、とても素敵な方だ。とてもではないが、うっとうしいだなんてことは言えない。

「ダーリン!」

「はい、なんでしょうか」

「いつでもどこでもダーリンと連絡できるようにスマホをもう一個契約しちゃった、GPS付きだからどこにいるのか一目でわかっちゃうね」

 語尾にハートが付きそうな勢いで言われながら、スマホを渡されたが僕は苦笑いを返すしかなかった。


 ダーリンと一緒にいれる毎日はとても幸せだった。でも、ある時、事件は起こった。それは、私がいつものように彼の隣で抱き付こうとしたときだ。

「……もやだ」

「ん?」

「もういやだ!」

 彼が初めて大きな声を出し、私は驚いてしまった。そして、初めて拒否を示したことにも驚いた。

「何が嫌だった?」

「ちょっと外に出ただけでほかの人に迷惑がかかるくらい探されたりGPS付きのスマホを持たされることですよ。もううんざりです。」

「でも、今まで笑って許してくれてたじゃない」

 そうだ、彼はいつでも笑っていた。私の理想の彼氏だった、なのに。

 誰? この真顔。

「そうですね、でも内心は辛かったんです。」

 そんなことはない。ダーリンはもっと優しいしこんなこと言わない。

「ダーリンはそんなこと言わない! 彼氏ロボットのくせに私に逆らうなんて規約違反よ!」

 わざわざ高いお金を払ったのに、こんなにつらいことになるなんて。

「そう、僕はロボットです。主人に逆らうのは規約で違反されている。僕は欠陥品です。返品したければどうぞ、そんな長い時間たってないのでお金は戻ってきますよ」

 返品してやる。そう言いたかったのに、なぜか彼の辛そうな顔に言葉がつまってしまった。

「ロボットのくせに心のある欠陥品の言葉です。聞き流してくださってかまいません。ただ、僕だって生きているんですよ!!」

 ダーリンは大きな声を出し、外へ飛び出した。追いかけなきゃ。私は反射的にそう思ったが、彼の言葉が響き、動けなくなってしまった。

 足音が聞こえなくなった頃、私は泣き崩れた。ダーリンにそんなことを思われてたなんて。つらい。苦しい。その気持ちでいっぱいいっぱいだった。そうだ、彼を壊してしまおう。私は彼が出て行ってしばらくしてから思いたち彼の体自体に仕込んであったGPSを調べる。すると、意外なことに、彼は家の裏にいた。

 家の中からそっと裏の方を様子見ると、彼はなにかぶつぶつと言いながら、裏庭をうろうろとしていた。壁に耳をあて、何を言っているのか聞き耳をたててみる。

「ごめんなさい、言い過ぎました。謝っても許してもらえることではないとわかっていますが、須々木さんのことが嫌いなわけじゃ……うーんなにか違いますね。もうちょっと言葉を練ってみますか」

 私はハッとした、どうやら私に謝るために練習しているらしい。

「すみません、気持ちは変わりませんが言い過ぎたと反省はしています。許してもらえるとは思いませんが……うーんここからどうやって言いましょうか」

 彼はたぶん自分が欠陥品だとずっと前から思っていたのだろう。でも彼は彼なりに頑張ってくれていたのだ。私が勘違いしてしまうほどに。

 それを私は自分のわがままで彼の頑張りを砕いてしまったのだ。謝りたいが、彼はきっと聞き入れてくれないだろう。だったらせめて、謝罪の意味を込めて、私は彼をできる限り幸せにしてあげたい。

 私は先ほどとは別の意味の涙を流した。彼が満足のいく謝罪を決めるまでに涙を止めないといけないな。


 僕は、須々木さんに欠陥品として返品される覚悟で嫌なところをぶちまけた。

 でも、須々木さんは僕を許してくれた。

「私も悪かったし、これからは気を付けるよ。だからまだ、一緒にいてくれないかな?」

 僕はもちろんはいと答えました。

 GPSはすべて撤去されたし、僕が嫌だと言ったところはほとんど改善してくれた。ちょっと依存性があり、よく家の中でついてくることはあるけど、それくらいは平気になったし、今までのことからよくここまで我慢できたなと感心するくらいだった。

 欠陥品の僕にどうしてここまでしてくれるのかわからないけど、須々木さんが本当にいい人であることはわかった。

 あと一つ変わったことがあった、須々木さんの僕の呼び方がダーリンからあなたに変わったことだ。

 そういえば、普通主人はロボットになにかしらの名前をつけるものだと聞いたが、

僕は主人の須々木さんから名前らしい名前で呼ばれたことがなかった。やはり、僕のことをただの機械としてみてるところが心のどこかであるのだろう。

 でも、それでもいいと思った。所詮僕はロボットだし、そこまで望んではいけないだろう。僕はこれからは、須々木さんのロボットとして、未熟なりに頑張っていきたいと固く決意した。



 ある日のことだった。僕が遠くの街からの買い出しを終わらせたあとのこと。

 この家に来てからしばらくたつが、いまだに僕には鍵を握らせてもらえてなかった。なので戸をノックしたが、返事がない。どこかに出かけたのかと思ったが、なんとなく戸を引いてみても、鍵がかかっていない。家の中を見ても、須々木さんの姿は見えなかった。

 嫌な予感がした僕は慌てて家の離れにある村に行き、農地を耕していた老人を捕まえ、須々木さんの姿を見なかったか聞いた。あまり仲良くなかったのと、いけ好かない性格の老人だったので、答えてくれるか不安だったが、意外とすんなりと答えた。

しかし、その答えは残虐だった。

「あん? ああ、須々木か。あいつは神の生贄に捧げられたよ。生贄がなんだって? はん、そんなことも知らねえのか。忙しいからあんまりしゃべりたくねえんだが、その様子だと言わないと帰してくれそうにないしな。いいか、この村では神の儀式が行われるんだよ。お前も知ってるだろ? 数十年前くらいに神を作るプログラムが発見されたことくらいは。みんながみんなして神を作ろうとやっきになってた。この村では俺が昔作ったプログラムが成功してな。今ではこの村も米豊作地域になったってわけだ。それでそのプログラム、神を使うのには実は犠牲がいるんだ。物によっていろいろ犠牲は変わるが、俺の神は結構使えるからなかなか代償もでかいんだ。その代償っていうのが、若い女の血と肉だ。今回はあの須々木が生贄って形で神にささげられたってわけ。おいおいそう怒るなよ。あいつは好きで生贄になったんだぜ?

どういうことかって、これも説明かよめんどくさいなあ。あー、わかったわかった、ちゃんと言うから胸倉を掴むな。俺たちも米の豊作がなかったらそんなことはしたくない。しかも無理やりしたとなったら国が黙っちゃいないしな。この村にも若い女は限られてる。だから俺らは政府公認のやり方で生贄を選んだんだよ。求人でな。この求人は、一年間お金を使い放題な代わりにそのあと神の生贄に捧げられる。簡単なことさ、須々木はこの求人に応募して、自らの意思で生贄になったんだ。お前みたいなイケメンを買えたのもそのお金のおかげってわけだ。言っておくが嘘じゃないぞ。ちゃんとあいつ直筆の契約サインも残ってる。あいつの肉片に会いたいってなら会わせてやるし、サインが見たいなら見せてやるがどうだ? あ、別に見たくない? あ、そう。じゃあ用が終わったなら帰りな。まあ、お前を不憫に思わないわけでもないが、あいつのためを思うなら残された金で精一杯楽しむのがいいと思うぞ」

 僕は下を向きながらふらふらと歩いた。

 なんで、どうして、苦しい、つらい。いろんな感情がめぐり僕はやるせない気持ちになった。

 気が付くと、僕は須々木さんの家についていた。無意識だったが、足は須々木さんの家に向かっていたらしい。

 いったん落ち着こう。僕は須々木さんの家に入り、座布団が敷いてあるところに座った。ふぅ、と一息つく。ふと、床をぼんやり見ていると、先ほど部屋を覗いたときには慌てていて気付かなかった紙が置いてあった。

 どうやらなにか書いてあるようで僕は二つ折りになっていた紙を開いて読んでみた。

「急にいなくなっちゃってごめんね。実は私、自殺予約をしていたの。その期限が来ちゃったんだ。私はもうこの世にはいないと思う。私ね、ずっと生きてる意味なんてないって思ってたの。都会で生まれて育ってきたけど、毎日が辛くて苦しくて、いつも死にたかった。でも自分で死ぬ勇気はないから他人に約束したんだ。そうしたらきっと死ねると思ったから。お金が自由に使えるようになったから、最後に遊ぼうと思ったの。彼氏ロボットでも買って依存しちゃおーって。でも来たのはロボットとはとても言えないような代物で、最初は返品してやろーって思ったよ。でもあなたの一生懸命生きてる姿を見て、そんな気はすぐ失せた。死のうとしている私にそんな資格はないなと思ってね。それとね、今読んでくれてるあなたに言いたい事があるの。本当に、私と出会ってくれてありがとう。私に、ちょっとでも生きる幸せを持たせてくれてありがとう。あの時、私を怒ってくれてありがとう。怒ってくれなかったら、私達の関係はなかったと思うから。欠陥品って今でも思ってるのかな? でも、私が自信を持って保証するよ。あなたは欠陥品じゃない、立派な人間だよ。大丈夫、あなたは生きている。いっぱい謝りたいことがあるんだ。最初すっごい嫌なこと言ってごめんね、名前を考えちゃうと後々辛くなっちゃうからって名前で呼ばなくてごめんね。直接言うと私が辛いからって、突然いなくなっちゃってごめんね。あと、最後に。ダーリン、大好きだよ。愛してる。死んでもずっと一緒にいたい」


 僕は、最後の文章を読んでいる最中から、ずっと足元から危険信号が流れているのを感じた。

 でもそんなことはどうでもよかった。構わずに繰り返し読んでいた。

 僕が流している涙が家中に広がり、水位があがっているのはわかっていた。

 何もかもがどうでもよくなっていた。

 今までの記憶がよみがえってきた。楽しかったこと、辛かったこと。そして、君の笑顔。

 水位が、体全体を包むくらいになった頃、僕は体が動かなくなるのを感じた。

 僕はどうなるのかな、君と一緒の所にいけたらいいな。

 もし行けたら、一言いいたいな。

 君ともっと生きたかったって。

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