第7話
【いつの間にかこの教室にいた】というのは何となく、言葉が違うかもしれない。
それは『昨日までいなかった人間が突然現れた』というわけでは無いからだ。
彼女の存在に違和感を覚えたのはきっと、僕だけだったんだと思う。
ある日突然、冴えない普通の女の子がみんなの中心となるほど人気者になっていたのだから。
だから言い方を変えて彼女を表すとすれば、【いつの間にかみんなの中にいた】と言った方がいいのかもしれない。
そして幼い僕はその違和感を「恋」として誤認識していたのかもしれない。
…いや、もしかしたら「恋」自体は誤認識ではないのかもしれないけれど……。
そして僕がこの「せかい」に呼ばれたのは、それを思い出すためだったのかもしれない。
僕は確かに昔から少しだけひねくれていた。
今と比べれば全くもって純粋と言って嘘はないが、それでも周りと比べれば少しだけ、少しだけ、変な子どもだったんだと思う。
だって小三の男の子が、そこまで関わりのない同い年の女の子に真剣に恥じらいもせず「君が不思議で気になる」なんて普通なら言わない。
ていうかそんなセリフ、むしろ高校生になってしまった僕にも言えない。
その時の僕はその点においては子どもらしく、どこか自分に主人公性を感じていたようで、なんだかその時は彼女の秘密を知りたくて、あわよくば名探偵のようにこの不思議な事件を解決してやろうとばかりの気持ちでいた。
故に彼女のことをずっと見ていたし、彼女と同じ委員会にも入った。
おかげで仲良くなったし、放課後にはよく話もするようになった。
今の僕はどうかって?出来るわけない。
そんな他人のテリトリーに土足で入り込むようなこと出来ない。無理無理。
いや、ほら、なんてったって紳士性とデリカシーでできてるみたいなもんだからね。僕は。
……悪かったって。冗談だよ。流石に心が痛むから露骨にコイツ何言ってんだみたいな顔しないでくれよ。
話を戻すと最初に話した通り、あの頃彼女は小学3年生とは思えないほど大人びているところがあって、どことなくタダモノじゃなかった。
当時の僕はそれが不思議でならなかった。
そんな僕を彼女はとっても嬉しそうに見ていたように思う。
そして5月の中頃ぐらいだったかな。
仲良くなった僕らは不思議な儀式をするようになった。
それはやはり彼女が言い始めたことだった。
「
その時僕はなんの違和感もなく彼女の方を振り返った。「どうしたの?」なんて言って。
そうしたら彼女は幼い顔に似合わない、大人びた表情をして僕を見ていたんだ。
僕は驚いて「どうしたの?」ってもう一度聞いた。
彼女はその問いにこう答えた。
「どうもしないんだけどね、ただ、春人くんに私の眼を見て、私の名前を呼んでほしいの」
意味がわからなかったけど難しく考えるのが苦手だった僕は素直に彼女の眼を見て彼女の名前を呼んだ。
「
彼女はスッと目を閉じて噛み締めるように、少しの間黙り込んだ。
10秒も経たないうちに彼女は目を開いてホッとしたように僕に笑いかけてこう言った。
「ありがとう」
眼を見て名前を呼んだだけでありがとうなんて変な気分だった。
その日から、彼女はたまにその儀式を要求した。
なんの疑いもなく僕はそれを受け入れた。
そんなことを繰り返していたら、夏が来ていた。
夏の日の放課後。
この教室で僕は彼女に聞かれる。
「私が、大人だって言ったらどうする?」
僕はまた意味がわからなかったけれど、少し照れながらこう言った。
「それは不思議だよね、でもそれが本当なら、なんだか知ってしまった僕が特別って感じで、ちょっと嬉しいよ」
彼女はそれを聞くと何故かひどく悲しい顔で笑った。
僕は何かひどいことを言ってしまったのかと驚いて聞いた。
「何か気分を悪くしたかい?」
彼女は大きく首を振って答えた。
「ううん、違うの。違うのよ」
そう言うと涙を流し始めてしまった。
僕は混乱して彼女の背中をさすることしか出来なかった。
しばらくして彼女は落ち着きを取り戻して、
「ごめんね。大丈夫だから、今日は帰るね。答えを聞かせてくれてありがとう」
と言って教室から出ていってしまった。
僕は意味がわからないまま、しばらく立ち尽くしたけれど、彼女の立ち去った後ではどうしようもなかったので、自分も帰ることにした。
家に帰ると母さんが夕飯の支度をし終えていて、僕に気がつくと「おかえり」と笑った。
それになんだかひどく安心して僕も「ただいま」と笑ったのを覚えている。
夕食やほかの用事を終わらせ、ベッドに転がり込むと、彼女のことを一番に考えた。
僕は明日どんな顔をして彼女に会えばいいのか?と。
悩んでいると突然、誰かの声が聞こえた。
(春人くん、聞こえるかい?)
声は僕を呼んでいた。
「 」のせかい 波乃 @Namino3
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