第6話



朝が来て、高校生になってからはまずあり得なかった時間に起きた。

朝起きて高校生に戻って、すべて夢でしたー!イエーイ元通り!!意味わかんない夢見たなー!!

………なんて都合のいいことにはなっていないらしい。残念ながら。


こんなに早く起きられたのは小学生特有の規則的生活リズムの賜物だろう。

やはり乱れた生活は負の循環を生むようだ。まぁ高校生にもなって今更それを直す気が起こるわけではないが。


まだ眠気の残る体を起こし、昔着ていたのと同じ服がタンスの中に並んでいるのを懐かしく感じながら黙々と着替えをし、ランドセルを持って下へ降りると朝ごはんができていた。


母さんの早起きには驚く一方だった。

僕が早く起きたと思っても大抵は先に起きていて、丁度いいタイミングに朝ごはんが温まっていた。

今思えばとてもありがたいことだ。


皿にのせられた出来立ての目玉焼きの黄身を食べながらふと昨日のことを思い出す。


冬谷夏海ふゆたになつみのアレはなんだったのだろう。

『いつも』というのなら、僕の中に一つくらい記憶があってもいいはずなのだ。

なのに欠片一つ思い出せないというのは、"せかい"の仕業なのだろうか。

そうなるとこの"せかい"は一体どこから始まっていたのだろう。

いや、そもそもこの光景がすべて幻なのか。


考えれば考えるほど謎が増えていく。

そもそも僕をここへ招いた"せかい"が僕を選んだ理由も謎なのだ。

これではいつまで経ってもここから抜け出すことは出来そうにない。

地道にヒントを探していくしかなさそうだ。


「はる、どうかした?随分と難しい顔してるけど」

考え込んでいたら箸が止まっていたらしい。

母さんが心配そうに声をかけてくる。

「学校で何かあったの?なんでもお母さんに言ってごらん?」

母さんはよくわかっている。まるでエスパーのようだ。でも流石に冬谷夏海のことをありのまま相談するわけにもいかない。

僕はふわりと、でも少しだけわざとらしく、笑って言う。

「ううん、昨日少し宿題を遅くまでやったからただ眠いだけだよ」

母さんは少しだけ眉間に皺を寄せたが、

「そう。何かあったらいうのよ」

とだけ言って引き下がった。言いたくないことを察したのだろう。ありがたいことに、こういうことには敏感で慎重な人だ。

その後、食べ終わった食器を台所に運んでから身だしなみ整理をして家を出た。


通学路。懐かしい景色の中、つくづく、僕は嫌な奴だなと思いながら夏の朝の、少しだけ熱が少ない空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

詮索を避けるためとはいえ、よくこうも軽々しく人の性格につけ込み、嘘がつけるものだ。腹が立つ。


そんなことを思っていると、ふととても「らしくない」事を考えていることに気がつく。

僕はこんなことを考えるような人間だっただろうか?少なくとも中学に入った頃からはそうではないはずだ。

というか今の自分は高校生の僕ではないのか?思考や感情は経験などからくるものではないのだろうか?


いや例え、考えや体が過去のものだったとしても僕はこんな人生達観してるようなマセたガキだったのか?小3なのに?僕に僕自身の知らない過去があるのか?そんなことがあるのか?


……わけがわからなくなってきた。自分自身の記憶すらままならない状況でヒントを探していかなければならないのか……。思ったより事態が絶望的だ……。



学校に着いてまず始めたことは、この時期までの自分をいらないぐらい細かく思い出すことだ。


・本やマンガが好き

・誰かがしている噂話を聞くのが好き

・甘いものは普通。肉は好き

・辛いものは少しなら好き

・コーヒーは飲めない

・野菜はあまり好きじゃない

・人付き合いはそんなに進んではしない

・かといって人当たりは悪い訳では無いと思う

・冬谷夏海が好き


というところまで思い出した素晴らしいタイミングで目の前の冬谷夏海に気がつく。

「うわっっ、なっ、夏海ちゃん」

俯いて前のめりになっていた上半身を慌てて起こしたら背中が勢いよく背もたれにあたり、衝撃を受けた椅子がガタン!と音を立てたと同時に背中に激痛が走る。

「……ッッッ」

「は、春人はるとくん大丈夫……?」

我ながら慌てすぎだ。冬谷夏海の心配そうな顔も頷ける。

「だ……大丈夫……っていうかいつからそこに……」

「ちょっと前から。春人くん難しい顔してるからどうしたのかと思って」


なんだろう、そのフレーズ、朝も聞いたような。

僕はそんなに普段から何も考えてない顔をしていたのだろうか。あひゃー?(°∀。)みたいな。それはそれでちょっと傷つく。いや、実際はちょっとどころじゃないけれど。


まぁそれはともかく、シカトするわけにもいかないので返事をする。

「いや、寝不足なだけ、昨日の宿題がちょっと時間かかっちゃったから」

母さんにも言った嘘だが、まぁ真剣に真面目な考え事をしている小3もなかなかいないだろうから大丈夫だろう。

「ふぅん、そっか!あ、春人くん、今日は放課後保健委員会の仕事があるから残ってね!じゃぁまた後で!」

冬谷夏海は少しだけ何かを考える顔をしたが、またにこりと笑って女子の友達の方へ行ってしまった。


彼女が去った後、すぐに小学校の時つるんでいた(小学生がつるむとか言わないか)男友達が冷やかしに来たが、それとなくかわして1日を終えた。


放課後。

委員会の仕事と言われたので教室に残る。

隣には冬谷夏海。

しかし彼女に委員会に行く様子は見えない。

それどころか帰り支度をし始めた彼女に恐る恐る声をかける。

「あの、夏海ちゃん?きょ、今日の委員会って……」

「あぁ、あれ?うそだよ、ちょっと春人くんに一緒に残ってもらいたかったから。」

冬谷夏海がシレッとした顔で言う。

……そうだ、思い出した。

彼女はそういう子だった。

「え、あぁ、そうなんだ。な、何で?」

僕は知らないふうに彼女に問う。

「……春人くんさ、」

彼女は急に大人びた顔をして、僕を見る。

なんだか僕はその顔を知っている。

「私が、」

ああ。知っている。

そうだ。

ヒントなんかなくても、今なら思い出せる。

あの時、彼女が自分を特殊だと言った顔。

本当はきっと何回も見たはずだったその顔。

そして、君が言うであろうその先の言葉も、知っている気がする。

そう、そうだ、確か。

「「大人だって言ったらどうする?」」

「……え」

「……あ」

冬谷夏海が目を丸くする。

僕も声に出していた自分に驚く。

「何で……」

冬谷夏海は信じられないといった顔で僕を見る。

そうだ。思い出した。

自分でも忘れていたことに驚いた。

彼女は、【いつの間にかこの教室にいた】んだ。

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