第60話 魅惑の御宿・竹ふえ名物に美味いものあり!編

 翌朝、私は珍しくスマホの目覚ましではなく雀の鳴き声で目覚めた。やはり竹と雀は相性が良いのだろう。ほんの少しだけ予定より早かったが起き上がり、身支度をしたり庭を覗いたりしていたら、朝食の時間が近づいてきた。そう、『ご汁』がやってくる時間だ。

 ワクワクしながら囲炉裏部屋へと降りてゆくと、まるで見ていたかのようにタイミングよく外からかかった。朝食の準備にやってきてくれたのだ。


「お早うございます。では朝食の用意をさせていただきます」


 その言葉と共に手際よく朝食の膳が用意されてゆく。

 基本的には体に優しい、王道の『日本の朝食』なのだが、やはり目を引くのは中央の小鍋に入っている『ご汁』だ。味噌が入っているはずなのだが、見た目は真っ白な豆乳鍋そのもの、野菜はたっぷり入っているが肉や卵などの動物性蛋白質は一切入っていないようである。


「いただきま~す!」


 見た目は豆乳鍋だが、わざわざ『ご汁』と言うからには味は違うのだろう。私は真っ先にご汁をすくい、一口飲んだ。すると豆乳のまろやかな口当たりと味噌の絶妙な塩気、野菜の旨みが調和した今まで経験したことのない味が口いっぱいに広がったのである。

 味噌の効果だろうか、私が苦手とする豆乳独特の癖は完全に消えており、かなり食べやすい。というか、出された小鍋だけでは物足りないくらいだ。多分二人分の鍋で出されても全部ぺろりと平らげる事ができるかもしれない。それほどまでに『竹ふえ』のご汁は美味だったのだ。

 しかし、それを素直に顔に出したり口にしたりすれば間違いなく旦那が『よこせ』と言い出すだろう。それだけは絶対に避けなければならないと、私は『なかなか美味しいよ』とだけ言ってポーカーフェイスを決め込んだ。横取りされるのはぷっちょ晩白柚味だけで充分だ。

 かくして旦那にバレないよう美味なる熊本名物を小鍋まるごと堪能することが出来た。程よい塩気の優しい味は、二日酔いでもするすると入っていくだろう。ご汁を堪能し、やはりオススメのものは素直に受け入れるべきだと私は朝風呂に向かう旦那の背中を見ながら確信した。

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