第36話 野菜盛りだくさんすぎる夕飯編

 かごしま黒豚に薩摩牛―――鹿児島といえば肉というイメージが私の中にあったのだが、食膳に並んでいたのは多種多様な野菜料理の数々だった。唯一の動物性タンパク質はきびなごの天ぷら数匹のみ、精進料理と言っても問題無さそうなメニューである。


「お刺身もないのか……」


 並べられた皿の中身を確認するなり、旦那はあからさまにがっかりした表情を浮かべた。本当に目と鼻の先が海なので新鮮な刺し身を期待していたらしいのだが、オプションメニューにさえ刺し身は無い。良く言えば健康に気を使った料理、と言えなくもない。

 いや、もしかしたらこれが本当の鹿児島の家庭料理なのかもしれない。戦国時代から薩摩国では豚肉を『歩く野菜』と呼んでいたらしいが、そもそも豚を野菜に例える発想自体他の地域ではないと思う。それだけ鹿児島の食生活に野菜が根付いていると考えるほうが妥当だろう。

 昼に食べた『ざぼんラーメン』といい今夜の夕食といい、偶然かもしれないが炭水化物や動物性タンパク質の割合に比べかなり野菜の割合が多い。東日本の野菜王国というと長野が思い浮かぶが、どちらのほうが野菜の割合が多いのかちょっと気になってしまった。


「今日のお昼と夕飯で旅行中の野菜まかなえそうだね。というか湯治の食事なんだから身体に良い物が出るのが当然じゃん」


 未だに肉がない、刺し身がないとぼやく旦那に私は慰めにもならない言葉をかける。そんなに食べたければ明日の昼以降に食べれば良いではないか。

 心の中でそうツッコみながら私は唯一の動物性蛋白質であるきびなごの天ぷらを口に放り込む。するとその身の小ささからは想像できない、芳醇な旨味が口いっぱいに広がった。


「……きびなごの天ぷら、美味しいじゃん。これで満足できないの?」


「うん、できない。これはおかわりしてもいいくらいの美味しさだけど、お刺身食べたい」


 やはり食べ出がある肉や刺身が欲しいらしい。やや不満そうな表情を浮かべつつ、それでもきびなごの天ぷらを肴にビールをきっちり飲む。それを見た瞬間、私達には本当の『湯治』はまだまだ先なんだなぁと痛感せずにはいられなかった。

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