第33話 指宿温泉の砂かけ姐さん編

 入り口からすぐの場所にあるフロントで入湯の受付をすると、私達は浴衣とタオルを渡された。


「あのぉ、これは?」


 日帰り温泉施設で浴衣が必須とはどういうことなのだろうか?理解が出来ず私はフロントのお姐さんに尋ねる。


「砂むし温泉に入る際、こちらを着てください。その時下着も脱いでくださいね」


 困惑顔の私に対し、受付のお姐さんはかなりの早口で説明した。何故なら受付が混み始め、私達の後ろにもかなりの客が並び初めていたからだ。どうやら私達と同じ『指宿のたまて箱』に乗ってやってきた宿泊客達が、荷物を宿に置いてこの温泉施設に押し寄せてきたようである。確かに同じ電車に乗ってきたのだから、同じタイミングで温泉に入りたくもなるだろう。というか『指宿のたまて箱』のダイヤそのものが温泉に入るのにちょうどいい時間帯に設定されているのである。

 ここで立ち止まっていては何も出来ない。判らなくても周囲の入浴客を見れば何とかなるさと開き直り、私達は脱衣所へと向かった。そして砂蒸し風呂専用浴衣に着替えると、これまた受付で渡されたタオル一本を手に砂蒸し風呂そのものがある海側の出口から外に出た。


「もしかしてあの屋根の下かな?海岸沿いでもできるって聞いてたけど」


 視線の先には屋根だけの建物があり、その下には何人もの人が砂に埋もれている。たぶん雨よけというか日差しよけがあるその部分がメイン会場なのだろう。

 パンフレットや案内ポスターでは海岸近くでパラソルをさしての砂蒸し風呂もできるとあったが、波打ち際の状態が思わしくないのか私が見た時点では誰もいなかった。取りあえずメイン会場に行って案内に従えば間違いはないだろうと、旦那と共に屋根のある砂蒸し風呂場へと近づく。

 そこには数人の若い細マッチョなお兄ちゃんと2人の砂かけ婆、もといベテラン砂かけ姐さんがいた。特に二人の砂かけ姐さんの手際は鮮やかで、若いお兄ちゃんら数人よりも遥かに早い速度で次々にお客に砂を被せてゆく。温泉を含んだ砂をかけるのだから相当重労働の筈だが、この二人はそれを微塵も感じさせない。オリンピックに出るようなトップアスリートの技術はとことん無駄を削ぎ落とした美しさがあるが、この二人の砂かけ技術は正にそれに匹敵するだろう。

 どうせかけてもらうなら、大ベテランの砂かけ姐さんにかけてもらいたいな~と心の中で思いつつ砂蒸し風呂場にさらに近づくと、案内係のお兄さんが声をかけてきた。そしてその案内に従いつつ、私たちは既に人一人分のくぼみができている砂の上に浴衣を着たまま横たわった。

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