第32話 は~るばる来たぜ、指宿へ~♪編

 薩摩の武家屋敷を華麗にスルーした私達は、終着駅である指宿へと到着した。東日本にもその名が知られるほど有名な温泉街の割には大人しめの駅舎で、駅前も少々寂しげだ。温泉街といえば箱根の派手さを即座に連想する神奈川県民としては、この何もない駅前は不安を掻き立てるのに充分すぎる。


「本当にこの近くにあるのかなぁ、砂蒸し温泉。温泉の匂いもしないしさぁ」


 温泉=硫黄の匂いという固定観念が根強い私はくんくんと空中の匂いを嗅ぐが、硫黄どころか他の温泉の匂いも感じられない。何もかもが地元・神奈川とは違う不思議な温泉街、それが指宿なのだ。

 駅から宿に向かって歩いてゆくと、ぽつりぽつりと生活感漂う商店とのソープランドらしき、大人の遊び場風の建物があった。きっと家族連れも多い宿の中では、芸者遊びなどという不健全な遊びは禁止されているのだろう。きれいどころと遊びたい場合は外に出向かなければならないようだ。

 その点は結構風紀が厳しい温泉街なのかもしれない。民宿でさえもちょっと見には普通の家屋と変わらない通りの中で、そのお店だけが妙な『昭和の温泉街』を感じさせる。だがそれ以外はごく普通の商店街兼住宅街だ。

 そんな大通りを暫く歩くと今日泊まる民宿・千成荘に辿り着いた。ごく普通の家屋が並ぶ中、比較的民宿らしい出で立ちの宿だったので内心ほっとする。


「いらっしゃいませ。長旅お疲れ様です」


 中に入ると思ったより若い宿の主人らしき男性が笑顔で出迎えてくれた。私達は部屋に案内された後、すぐさま宿の主人らしき若い男性に温泉のことを尋ねる。すると宿には温泉が付いていないと言うではないか。


「砂むし温泉はここから5分ほどにある共同の施設で入ってもらうことになっているんです。お食事の前にぜひ行ってきてください」


 いわゆる銭湯みたいなものなのだろう。宿泊場所は宿泊場所、温泉は温泉、遊び場所は遊び場所ときっちき区分けされているようだ。


「そうなんですか!じゃあ荷物を整えたら早速行ってきます!」


 さすがに新幹線プラス特急列車4本乗り継ぎ旅は中年の身体にはだいぶ堪えた。ここは指宿の湯で疲れを癒やそうではないか。私と旦那は荷物を置き、着替えと貴重品だけ持って早々に宿を飛び出した。

 そして宿から5分ほど歩いたところに目当ての温泉施設『砂むし会館・砂楽』があった。近隣の小さな宿に宿泊している旅行客は殆どがこの施設を利用するらしく、あちらこちらから人が集まっている。私達もその流れに沿って施設入り口にあるエスカレーターに乗りフロントへと向かった。

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