第31話 九州縦断特急旅~特急『指宿のたまて箱』編

 ラーメンでお腹を満たした私達は九州縦断の最後の列車『指宿のたまて箱』に乗り込んだ。今までの赤をメインとした列車と趣が異なり、この列車は黒と白のモノトーンである。そして浦島太郎の『玉手箱』の煙をイメージさせるミストがドアの上部から噴出するという演出もこの列車ならではだ。

 派手な柄の回転椅子に子供用の本や置物が置かれている棚、それを飾るタイルなど今まで乗ってきた列車と比べてかなり華やかで、親子連れを対象とした感じの列車である。 だが、乗車しているのは指宿温泉目当てのオッサンオバサン外国人ばかりだった。平日なのでこれは仕方ないだろう。


「確かこの沿線からは桜島が見えるんだよね」


 一通り列車の中を探検し、座席に座った私は隣の旦那に尋ねる。


「うん。錦江湾沿いに出るから今までとだいぶ景色は違うみたい」


 そう、今日乗り継いてきた列車の中で、唯一海沿いを走るのがこの『指宿のたまて箱』なのである。高校時代江ノ電を通学列車として使っていた身としては、やはり海が見渡せる路線というのは何となく落ち着く。

 更に言うならば天璋院篤姫の実家の別邸跡地が薩摩今和泉の近くにあるとのことだ。歴史オタとしては見逃せない場所だが目的地はあくまでも指宿、途中下車する予定も余裕も私達には無い。


「あ~あ。篤姫の実家、跡地でもいいから見たかったな~。知覧の武家屋敷も見れないしさぁ」


 薩摩観光ということで少し調べてみたところ『知覧の武家屋敷』は薩摩の小京都と言われるほど美しい屋敷群らしい。他の地域とは趣を異にする武家屋敷が見たいと私は旦那に対してブツブツと文句を言うが、いつもの如く私の文句に全く耳を貸そうともしなかった。旦那の気持ちは既に今夜宿泊する民宿と、その近所にある砂蒸し風呂なのだ。9割方諦めモードで窓の外を見ると車窓には桜島が見え始めている。ということは手前に見える海は錦江湾のはずだ。

 人工物が殆ど無い海の景色、こんな景色を篤姫も見ていたんだろうなぁ、と感慨にふけりながらふと陸側を見る。すると武家屋敷らしき日本家屋がいきなり目に飛び込んできたではないか。慌ててそちら側の窓にへばりつくと、武家屋敷らしい日本家屋と端午の節句の幟旗がはためきが、今まさに過ぎ去っていこうとしていた。

 場所からするときっと篤姫の実家・今和泉島津家ゆかりの武家屋敷に違いない。何故私はここで下車することが出来ないのか……車窓から去りゆく幟旗を見つめつつ、私は心の中で、次回はきっと途中下車してこの場所を見てやると強く心に誓ったのだった。

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