第25話 九州縦断特急旅~特急『くまかわ』運行編
本日捕獲の鉄ヲタ一匹―――私の頭の中にそんな言葉が流れてゆく。視線の先、『くまかわ』運転席真後ろにあるガラス張りのミニ展望室、そこに入り込みはしゃいでいるのはうちの旦那ただ一人であった。他の客は皆おとなしく席に着き、電車旅を堪能している。というか、ミニ展望室ではしゃぐ旦那の姿を見て全員がドン引きしているというのが正しいかもしれない。
そう、『くまかわ』の厄介なところは客席が全て前方に向いていること―――すなわち乗客全ての視線がミニ展望室に集中する作りになっていることなのだ。ミニ展望室内にいる旦那はさながらガラスケース内に展示された珍獣、というところだろうか。それを乗客全員で見ているのである。
これが赤の他人なら私も面白がって見るところだが、何せそこにいるのは自分の旦那である。しかも『くまかわ』全席指定なので、私のとなりにある空席=ミニ展望室にいるおっさんの席ということがモロバレである。恥ずかしい事この上ない。
(それにしても、いつまであそこにいるつもりだろう。いい加減自分の席に戻ってくればいいのに)
電車が動き出した直後から既に30分近く、旦那はガラス張りのミニ展望室から出てこようとしない。もしかしたら乗換駅である人吉駅まであのままじゃ……と目眩を覚えたその時である。
「あ~楽しかった♪やっぱり水戸岡鋭治先生のデザインは最高だよね!」
と、満面の笑みでようやく旦那が席に戻ってきた。流石に30分間も運転席真後ろのプチ連坊室を独り占めすれば満足もするだろう。しかし初っ端の『くまかわ』でこの様子である。私達はまだ残り3台の特急に乗らなければならないのだ。それぞれデザインは違うと聞いているが、運転席の後ろに『特等席』があろうものなら間違いなくこの男は独占するだろう。
(他の電車にもあんな感じのミニ展望室が付いているのかなぁ。先が思いやられるんだけど)
今度は窓際で車窓を流れる景色を堪能し始めた旦那をちらりと見ながら、私は心の中で呟く。ジャンルは違えど私自身がオタクだから、旦那のこの羞恥プレイに耐えられているが、これが非ヲタ嫁だったら間違いなく離婚ものだろう。
(どうか次に乗る『いさぶろう・しんぺい』にミニ展望室がありませんよ~に!というか、この羞恥プレイは『くまかわ』だけにしてください、お願いします!!)
隣ではしゃぐ旦那を横目に私は心の中で必死に祈る祈る。そんな私達夫婦を載せた『くまかわ』は長閑な景色の中をそのまま走り続け、終点の人吉駅へと到着した。
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