第24話 九州縦断特急旅~特急『くまかわ』乗車編

 流石に新幹線も停車する熊本駅はエレベーターもエスカレーターも巨大なお土産売り場も存在した。お土産売り場には沢山の『くまもん』の笑顔が観光客を迎えてくれ、購買心を刺激する。地元に似たような物があっても『くまもん』がプリントされているだけで欲しくなってしまうのは不思議なものだ。

 しかし『初物の特急列車』という美味なる獲物を前にした乗り鉄が、大人しくエスカレーターやエレベーターに乗っていられるはずが無いということを私はすっかり失念していた。『くまもん』付きのお土産を物色するなんて以ての外である。


「やっぱりこれはまずいよ……うわっ、スミマセン!!


 旦那の後ろについて行く私はひたすら他の利用客に謝りつづける。何と旦那は人様への迷惑を顧みず、大荷物を抱えたまま強引にエスカレーターの空いている通路を進み始めたのだ。さすがに一瞬躊躇したが、右も左も分からない旅先の駅で離れたら確実に迷子だ。重症の方向音痴の私は旦那の後について行くしかない。

 ただでさえ細いエスカレーターである。大荷物を持っての移動となると、どうしても隣の人とぶつかってしまう。結局一人ひとりに謝り倒しながら私はエスカレーターを上りきった。これだったらエレベーターの方が早くて楽だ。しかし『餌』を目の前にした鉄ヲタに、そんな理屈は通じない。

 一分一秒でも早く特急列車『くまかわ』が見たい―――今現在旦那の頭の中を占めているのはその思いだけだろう。でなければ他に幾らでも見どころのある九州に来てひたすら特急を乗り継ぐというバカな真似はしない。そんな愚痴を心の中で呟いたその時である。

 目の前に窓が黒く縁取られた真っ赤な車体の電車―――『くまかわ』が停車していたのである。

 熊本駅から人吉駅間を、鹿児島本線・肥薩線経由で運行する特急『くまかわ』は特急と言っても決してスマートな形ではない。どちらかというと通勤電車のような四角張ったフォルムだが、そこがまたレトロ感と愛嬌を感じさせる。

 そんな外装をたっぷり堪能した後、車内に入ると運転席の後ろに展望室らしき、ガラスに仕切られた小部屋があった。どうやらそこから運転席越しに景色を見てくれというスペースらしい。さすが水戸岡先生のデザインだけあって斬新だ。というか完全に鉄オタ仕様の作りである。

 このミニ展望室を見た瞬間、私は単に『あ、鉄オタが好きそうなデザインのミニ展望室だな』と軽く流し自分の指定席に着いた。だが、この20分後、私はこのオヲタホイホイな展望室によって極めて恥ずかしい思いをすることになる。

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