第13話 函館山展望台の悲劇編

 五稜郭タワーを後にした私は五稜郭そのものや再現された箱館奉行所、更に足を伸ばして碧血碑などを見物した。特に碧血碑はひと目を避けるようにひっそりと山中に建てられており、当時の旧幕府軍に対する弾圧を感じずにはいられない。

 そして碧血碑の感慨にふけった後、私は函館山へ登るロープウェイの駅を目指して歩きつづけていた。これがまた路面電車の駅から遠く、おまけにそこそこ急な坂道を登らなくてはならないときている。中年の体力的には少々きついが、函館の地理上これは仕方ない。

 そこまでして急坂を登り、ひたすら函館山に登るのには2つの理由があった。ひとつは函館の街並みを一望できる場所だからということ。もうひとつは展望台にあるレストランである。

 先述の通り高いところは苦手だが、ここまで来たのなら観光写真でよく見る函館全体の風景を函館山から見てみたいではないか。更にその場所にレストランがあるというのなら、函館の絶景を眺めつつ料理にありつきたい。

 この二つの欲望の赴くままロープウェイ乗り場までやって来た私は、そそくさと停まっていたロープウェイに乗り込んだ。平日だというのにやけに混んでいる。やはり人気スポットだからだろう。景色が一望できる窓側には多くの観光客がへばりついていたが、私は高所恐怖症なので車窓から窓の外が見れなくても構わない。

 そんなこんなで暫くロープウェイに揺られていると、函館山の展望台に到着した。晴れ渡った空の下、観光写真やTV中継などでよく見る光景が広がっている。夜景の華やかさとはまた違う、函館の活気を感じる光景だ。

 高所恐怖症ゆえ流石に手すり近くには近づくことはできなかったが、それでも函館の街を一望できたのは収穫だった。私はその美しい景色に満足し、その気分のまま昼食を食べようとレストランへ向かった。だが、その入り口付近に何か怪しげな張り紙が出されており、レストラン内へ入るのを妨害していたのである。


「なんか・・・嫌な予感がするんだけど」


 しかしレストラン内には客が入っている。もしかしたら『食事をしたい人間は名前を書いておけ』というやつかもしれないと気を取り直して張り紙の近くに寄った私は、その書かれていた内容を見るなりううっ、と呻いた。


「団体客の貸し切り、だと?よりによって今日?」


 そう、平日なのに異様なこの混み具合、どうやら団体客が函館展望台に押し寄せているらしい。そして彼らの食事のため、他の客は展望レストラン使えなくなってしまったのである。このショッキングな出来事に私はただ立ち尽くすだけだった。


「ううっ、どうしよう・・・ここの他のお店なんて全く考えてないんだけど。一体どこでご飯食べよう・・・」


 私はうつろな目のまま展望レストランの前から離れた。普段であれば一食くらい抜かしても腹の贅肉を消費すればいいだけなので全く問題ない。だが今日は新選組、というか土方歳三ゆかりの聖地を巡り巡って歩き通しである。さすがに空腹のまま何も食べずに動きまわるのは少々、というかかなりきつかった。

 せめてコンビニかちょっとした軽食を売っている売店でもあれば、おにぎりでも胃袋に放り込んで午後動き回ればいいが、函館山展望台にはそんなものは一切ない。つまり、この展望台から降りなければ食事にありつくことは出来ないのだ。景色にまだ未練はあったが残念ながら空腹には勝てない。仕方なしに私は下りのロープウェイに乗り込み、函館山から下山した。


「ご飯が食べられるところなんて、駅からここに来るまでにあったかなぁ。見学できそうな洋館の他普通の家しか無かったように思えるんだけど」


 私は空腹を抱えたまま、きょろきょろと辺りに目を配る。するとほんの少し歩いたところに食事処を宣伝している、無駄にでかい看板が目に飛び込んできたのである。言っては何だが洋館が多いお洒落な街・函館にしてはデザイン性に欠ける看板だ。


「五島軒・・・大衆食堂かラーメン屋さんかな?」


 私の地元・神奈川では『○○軒』といえば中華街系ラーメンの店か中華メインの大衆食堂である。函館の事情は判らないが、何せ海の幸を売りにしている港街である。中華系だったら海鮮チャーハンや海鮮あんかけ麺が間違いなく美味しいだろう。

 看板には店までの地図も描いてあった。どうやらかなり近くに店はあるらしい。既に空腹も限界に達しており、飲食店が多くある函館駅方面に行く気力もない。となると答は一つだ。


「大衆食堂でもラーメン屋さんでも何かしら食べれるものはあるよね。ここで良いかな」


 というか、私の選択肢はこの『五島軒』しかない。いかにも『田舎の看板』然とした、素朴な看板に不安を感じないわけでは無かった。だがここは美味の宝庫・北海道函館である。きっと好き嫌いが多い私だって食べることができるメニューの一つや二つあるに違いない。

 私は覚悟を決め、五島軒へと向かった。頭の中は海鮮中華でいっぱいだったし、既に胃袋は中華料理モードになっている。だが、そんな中華料理モードの私を待っていたのは、『五島軒』の衝撃の事実であった。

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