第12話 恐怖の五稜郭タワー編

 函館の観光地は絶対にタクシー会社と結託している。まるで時代劇の悪代官と越後屋のように――――――路面電車の駅を降り、五稜郭へ向かう道すがら、私は確信した。

 とにかくどの観光スポットも駅からやたら遠い上にアップダウンが激しいのである。私のような萌を目指すヨコシマ中年オタク主婦ならまだしも、高齢者には少々というよりかなりキツイ道のりだ。

 実は五稜郭に向かう前、五稜郭タワーが開くまでに時間があるからと先に新選組屯所の一つだった称名寺にも立ち寄ったのだが、そこも函館どつく前駅を降りてから10分近く、坂道をただひたすら上り続けるというとんでもない場所にあった。

 更にこれから向かう碧血碑や土方歳三終焉の地・一本木関門も路面電車の駅から遠くはなれている。これは官軍の陰謀か、それとも函館のタクシー会社の陰謀か間違いなくどちらかだろう。ダイエットには最適だが、全ての観光スポットがこれでは先が思いやられる。


「路面電車を作るんなら、せめて五稜郭まで伸ばしてくれりゃあいいのに。何でこんなに離れた場所に駅を作るかな」


 街の中心部から離れている称名寺や、人目を避けるようにひっそり佇む碧血碑は仕方ないとしても、街中にある五稜郭の近くまでなら路線は伸ばせるだろう、とブツブツ文句を言っているうちにようやく目当ての五稜郭タワーに到着した。

 五稜郭タワーの中に入ると、入り口すぐ近くに新選組グッズが大量に揃っている魅惑的なおみやげ屋さんがあった。しかし既に疲れきっている中年オタクがそこで買い物を始めたら、確実にその場に居座ってしまうだろう。

 お土産の誘惑に耐えながら私はエレベーターに乗り、展望階へと昇った。するとそこには素晴らしい景色が広がっていたのである。


「うわぁ、五稜郭きれい!!」


 そう、展望台の眼下には深い緑の森に取り囲まれた五稜郭が広がっていたのだ。美しい五角形の城塞は日本のどんな城とも趣を異にして、この城が西洋技術を取り入れた、当時としては画期的なものだったというのがよく判る。写真で見た桜に囲まれた五稜郭も魅力的だが、すっきりとした濃い緑に囲まれた五稜郭のほうが私の好みだ。きっと箱館戦争の最終決戦の時も五稜郭はこんな緑陰に囲まれていたに違いない。

 整った幾何学模様の美しさに誘われるように、私は展望台の窓辺に近づいた。そして持っていたデジカメとスマホで五稜郭の写真を撮りまくる。だがその最中に私は思い出してはいけないことを思い出してしまった。自分が極度の高所恐怖症だということを……。


「ふぇぇぇ」


 私の腰から力が抜け、思わずしゃがみ込みそうになる。子供の頃はそれ程でもなかったが、いつの間にか高いところが苦手になっていた。大体3階から上だともうアウトで、ベランダから地面を見下ろすことさえ出来ない。実際自宅マンションを選ぶ際も、高いところは勘弁と旦那に泣きつき可能な限り低層階にしてもらったほどだ。

 そんなそこそこ重度の高所恐怖症の私が迂闊にも五稜郭タワーの展望台に上ってしまい、あまつさえ窓際まで近づいて写真を撮りまくるという暴挙を犯してしまったのである。

 そのまま自分の高所恐怖症に気が付かずオタクの熱に浮かされたまま展望台から降りれば幸せだったかもしれない。しかし悲しいかなその高さに気がついてしまったのではもう遅い。私の脚はガクガクと震え、手すりに掴まっていないと立っていられない状況にまで陥っている。


「うわ、ヤバイ。まじヤバイ。ちょっと離れよ」


 床にへたり込みそうになるのを必死に堪え、私は窓際から離れぎりぎり壁際に引っ付く。勿論五稜郭タワーが堅牢なのは頭では充分に理解している。しかしだからといって高所恐怖症が緩和されるわけではない。コワイものはどうあがいてもコワイのだ。

 結局それ以後は窓辺に近づくことは出来ず、私は早々に展望台から降りてしまった。それでも展望室に展示されていた土方歳三の銅像を、写メで2、3枚撮ったのは歴史オタクの意地である。因みに展望室から降りた後、その写真を確認したら、そのの写真は思いっきり逆光で何な何だか判らない真っ黒写真になっていた。だが再び展望台に戻って写真を撮り直す勇気は私には無い。

 一応五稜郭タワー一階にも土方歳三の銅像はあるのだが、展望階のものとはポーズが違うのだ。やはりあの銅像は展望階の銅像は上った者だけのご褒美なのだろう。

 がっかりしつつもしっかり一階にある銅像の写真を撮ってから私はおみやげ屋さんをようやく覗く。そこには土方歳三を中心とした新選組やら旧幕府軍メンバーのお土産から北海道の特産品までずらりと揃っていたが、心の準備無く高所へ上ってしまったダメージから抜け切れない私は、腑抜けたままお土産を一通り眺めるだけで一杯一杯だった。

 初っ端から路面電車からの距離は遠い、心の準備無く以外と高い五稜郭タワーに上ってしまうなど前途多難な函館聖地巡礼となってしまった。果たしてこの後私は無事自宅へ帰ることができるのだろうか?一抹の不安を抱えつつ、私は五稜郭そのものの中に入って見学するため、五稜郭タワーを後にした。

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