雪の日
Polaris
1話
「雪だ……」
その日は珍しく雪が降っていた。
そして僕は不思議な出会いをした。
すっかり寒くなってしまった、冬の町。もう、夏の青さの欠片もない灰色の空の下を僕は歩いていた。
今は退屈な授業が終わった帰り道だ。
今の僕にとって学校は憂鬱なものでしかない、それというのも転校してきて学校に馴染めていないからだ。元々人付き合いが苦手な僕は、通い始めて一週間という短い期間で友達を作るということは当然できてない。クラスの人とは少しは話したこともある、でもそれは友人として話すようなものじゃ無かったし。
はぁ……
つい溜め息が出てしまう。
「なんか、頭が痛くなってきたな……」
大体なんでこの時期に転校なんだよ、親父の仕事の都合なんか知ったことじゃない。
「ねぇ」
こっちはまだ慣れてない環境でテストは受けなければいけないし、クラスの奴らは珍しい物でも見るかのように意味ありげな視線を向けるし、その上僕がそっちを見ると慌てて目を逸らすというオマケつきだし。
「ねぇったら、ねぇ、ねぇねぇねぇ」
しかも変な声まで聞こえる始末だ……ん、声?
「ねぇってば」
いや僕はさっきまで一人だった。声なんか聞こえるはずは無い。
念のため辺りを見回してみても人の姿はない。
……いや、目の前に明らかに人の大きさではない小さな女の子が浮いているような気がする。しかも羽根もついているように見える。これは、あれだ、そう、よくおとぎ話なんかに出てくる妖精の姿だ。
いや、冷静になれ、そんなものが居るはずがない。きっと目にゴミでも入ったんだな。
目を擦ってみる。
「……?」
まだ見えるな。しかも心なしか不思議そうに首を傾げている様に見える。目を閉じて深呼吸、これでもう見えないはず。自分を信じ、目を開く。
「ねぇ、何やってるの」
思いっきり見えてるし、しかも声まで聞こえるし……ああ、僕の頭は現実に耐えかねてとうとうヤヴァイ状態になってしまったんだな。そういえば、この前はあんなことがあったし、その前も……。
「ねぇ、なんか思いっきり失礼なこと考えてない」
「うるさい、このねぇねぇ妖精。僕の頭が壊れる前に消えてくれ」
つい反応してしまった。これで僕もヤヴァイ奴になってしまった……
「ちょっと、ねぇねぇ妖精って何よ。私にはミントっていう名前があるんだからね」
怒ったようにちょっと頬をふくらませて文句を言ってくる。
「ねぇねぇうるさいからだ、お前の名前なんか知ったことじゃない」
「うわ、そんなこと言っちゃうんだ。そういう君はむっつり魔人でしょ」
いや、訳分からん。
「なんだよ、むっつり魔人って」
「ふーんだ。ずっとむっつりしながら歩いてるからでしょ」
「してねぇよ、大体、お前は何なんだよ」
「見て分かんないの? 妖精だよ」
はっきりきっぱりしゃっきりと言い切りやがった。胸まで張ってやがる。
「そういう事じゃなくてな」
「名前はさっき言ったでしょ。ミントだよ」
そういうことでもないんだが。どうやったら伝わるんだか。
「あ、そーだ。まだ君の名前聞いてなかったよ〜」
「そんなことはどうでもいい」
「あっそ、じゃあむっつり魔人ね。お〜いむっつり魔人」
無視しよう。ようやくこの考えに至った。
「むっ、あくまで無視する気ね。さすがむっつり魔人。でも私は負けないよ、むっつり魔人。返事をするまで呼び続けるからね、むっつり魔人」
かなり鬱陶しい。
「分かったよ、構えばいいんだろ、構えば」
「やっと、素直になったね。じゃあ、名前教えてよ」
「雪斗だよ。藤宮雪斗」
「そっか雪斗っていうんだ」
「それで、お前は僕に何か用でもあるのか?」
こうなったら自棄だ。こいつが消えるまで話し続けてやる。と、思ったが、
「あなたが一人で寂しそうに歩いているから話しかけたのよ」
この一言に反論しようとして、出来なかった。
寂しい、確かにそうだ。こんな寒い道を一人で帰っているんだから。でも、こんな小さい奴相手に素直に認めるのは嫌だった。
「そう、かもしれない」
「かもじゃなくてそうなの。だから私が慰めてあげようと」
「余計な、お世話だ」
つい、言ってしまった。いつもこうやって差し向けられた手を振り払ってしまう。結局、後で苦しい思いをしてしまう。
どうして僕はこうなんだろうな。
でも彼女は
「まぁ、そんなこと言わないで。私も暇だし」
もう一度、手を差し出してくれた。それなのに僕は……
「暇つぶしに付き合えと」
また素っ気無い言葉で返してしまった。
「んー、駄目かなぁ」
彼女は首を傾げて聞いてくる。
「まぁ、それ位なら別に……」
「そっか、それじゃ何か話、しよっか」
「なんのだよ」
「それじゃ、私があなたの悩みを聞いてあげるっていうのはどう」
思わず立ち止まってしまった。いきなりそんなことを言われるとは思っていなかった。
「別に、僕は……」
「何か悩んでるでしょ。そういう顔、してたよ」
顔にまで出ていたのか、結構、追い詰められているのかも知れないな。
「分かったよ」
「ん、素直でよろしい」
このまま道の真ん中で話すのは躊躇われたので落ち着ける場所を探すことにした。
少し歩いたところに公園があった。ベンチやシーソー、鉄棒などの最低限の設備の小さな公園だ。それでも子供たちは遊んでいるのだろう。遊具には子供らしい落書きやちょっとした傷などの使われている痕があった。
ここに来る途中にあった自動販売機で買った、暖かいというか熱いお茶の缶を開け、入り口の近くにあったブランコに腰掛けた。
ちなみにミントと名乗った妖精は僕のコートの内ポケットに入り込んでいる。どうやら気に入られたようだ。
お茶を一口飲み、少し落ち着いたところで僕は話し始めた。
突然の環境の変化に戸惑っていること。人付き合いが苦手で困っていることなど。
途中、なんでこんな事をこんな奴に話しているのか分からなくなったが、それでも話し始めたら止まらなかった。それなのに……。
「そっか、大変だねぇ」
「……それだけか」
「え、それだけって他に何か言って欲しいの」
やっぱりこいつに話したのは間違いだったんじゃないか。と、思ったが一応、一般論を言ってみる。
「いや、普通人の悩みを聞いたら何かアドバイスとかするものだろ」
「え、そんなこと求めてたの」
ひどく驚いている様に見えるのは僕の気のせいか?
「そんな難しいこと私には無理だよ〜」
「いや、悩みを聞くって」
「だから〜。聞いたでしょ」
こいつ……まさか。
「本当に聞くだけってことなのか」
「うん」
どうやらこいつを信じた僕が馬鹿だったらしい。
「でも、少しは楽になったでしょ」
そう言われれば確かにそんな気はするかも知れない。
「雪斗は今みたいな素直さがあれば大丈夫だよ」
「……果てしなく、難しいと思うけどな」
「ま、その辺は努力で何とか」
「いい加減だな」
でも少しホッとした。何かこの先、少しはマシになる気がした。
その時、白い綿のようなものが降ってきた。
「雪だ……」
「本当だ〜」
雪は地面に着いては溶けていく。それでも少し時間が経てばゆっくりそして確実に積もってゆく。そして世界中を白で包み込んでいく。僕も、そんな優しい雪の様になりたいと、そう、思い始めていた。
「道理で寒い訳だ」
「うん、そうだね」
僕は立ち上がりいつの間にか空になっていたお茶の缶をくずかごに入れる。
「さて、帰るとするか」
「そうだね〜。あ、そうだ」
突然、何かを思いついたように振り返り、そして。
「寒いから、雪斗の家に置いてくれると嬉しいな〜、なんて」
とんでもないことを言い出してきやがった。
「大丈夫だよ〜。私の姿も声も雪斗以外は分からないから。」
「そういう問題じゃねぇ。」
「え〜、じゃどういう問題なの」
「全部だ、全部」
そんな調子で帰路に付く。
そして、この日僕にしかわからない家族兼友人が出来たのだった。
雪の日 Polaris @Polaris
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