母の思いに

「もういい、全部壊してやる…

消してやる…苦しませてやる…殺してやる…

呪ってやる…!」

嫌な予感がした。

触れてはいけない危険なものを、触れて壊してしまったような……

わからないままに本能的恐怖を感じ、それがさらに倍増していく。

死んでしまうかもしれない、そうはっきりとした予感。

それが、さっきまでとは全く違う感情を練り出した。

彼の手が、掴んでいる服から上へ上と伸びていく。

そして、数分前までと同じように。

「……やめ…っ…わたしは…」

「……呪ってやる…呪ってやる…

呪ってやる…!!」

私を殺してどうする気なのか。

いや、殺すこと自体が目的なのだ。

私は、こんな衝動的な殺人をさせてしまうほどに彼を怒らせてしまったのか。

たった一言で、

「…私は、」

「……黙れ…」

なら、

「わ…たし、は…!!」

伝える価値は……ある。

「…死にたく…ない…っ………!」

「………。

………っ

…おれ…だっ、て…」

また、彼の声が小さくなった。

何を言ったのだろう、上手く聞こえない。

耳を澄ましていると、遠くから、足音が聞こえた気がした。

「……た…陽…っ…!」

彩芽さん…?

朝食のときにいないと思ったら、ずっと娘を探していたのか。

けれど居るであろう最悪の場所は、私でもわかっている。

最後の最後に、ここに回ってきたのだろう。

「太陽…ここなの…?

お願い、返事をして…」

枯れそうな細い声で呟く彼女には、もういつもの太く真っ直ぐな芯はなかった。

わかっている。

それが、母親というものなのだろう。

ぼんやりとそう考え同情していると、彼がそちらに目をやった。

「…ちっ、」

「ぐあ…、…いっ…!?」

「太陽…!?」

その後すぐに体が落下し、どさりと音がなる。

直後に襖が開いて、日光が入り込んだ。

意識と安心感をはっきりと取り戻した瞬間、そこにある顔を見てはっとした。

「……あ、ごめんなさい…」

キラキラと、日の光を受けながら流れゆくもの。

彼女は、もう私の知っている彼女ではなくなっていた。

「……………何で、あの子なの…」

「え?」

「太陽は、まだ幼いのよ…

こんなこと一人で出来るはずがない…」

「………」

「なのに、あの双子が…

いつもいつもそうよ!」

ヒステリックな高い声が、突き刺ってくる。

頭を抱えながら、彼女は自身の行動を振り返り解決策を探っているようだった。

頭が良い分、あの時その時こうしていればと思ってしまうのだろう。

失敗を認められない。

諦めがつかないのだ。

双子の悪戯具合は、彼女が一番よく知っている。

〝自分にも他人も厳しい彩芽さんは、愛娘だけには甘い。

他人の子であろうと容赦無く家から締め出すことで有名な彼女が、唯一怒り方を替える人間だ。〟

つまり、太陽ちゃんと双子は悪戯をして怒られることは何度もあった。

そこで甘くなったから、つけいれられた。

あの二人が太陽ちゃんを危険な場所から手招きして誘う様が、容易く浮かぶ。

立ち上がって見下ろすと、彼女はようやく顔を上げた。

「…本当は、知っていたんじゃないの?」

「え…?」

視線が、自身から私に向けられる。

突然、深い沼ぞこから足を掴まれたような感覚がした。

「…ねぇ、誘われたんじゃないの?」

「………」

「…一人だけ、逃げ出して…」

「………」

「………見捨てたのよね…?」

「………」

「コタエナサイヨ!!」

体がびくりと震え一歩下がる、けれど出口はその真逆だった。

そのうち、彼女の瞳に危険な瞳が灯り始めた。

見覚えがある、さっきの青年が強く灯していたもの。

すなわち、

殺気、憎しみ、悲しみ…それらを混ぜた得体の知れない不純物だ。

時間が過ぎた分だけ、その炎は大きくなっていく。

逃げなければ、まずい。

彼女には、一旦冷静になってもらわないと…

〝……友里恵、さん…?〟

頭の中に、聞き慣れた声が響いた。

声から棘が無くなっているが、先ほどの青年のものだ。

何故、そしてその名はーーーの。

そう思わず気を取られた私は、気づかない。

彩芽さんが、動いたことに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪われた者達に幸あれ 冬の猫 @haluneco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ