殺意の行方は

ーーーーー


「おかあ、さ……」

「ははは…、っ…!!」

また、首から手が離れて行った。

重力に従って頭を沈ませ打ち付けて、はっとする。

慌てて起き上がると、げほげほと咳き込んだ。

そして気が付く。

生きている。

理解した瞬間に、相手を強く睨み付けた。

「何で………!!」

最後の最後には私を生かそうとしてくれた、

私に未来を選ぶ権利をくれた、

お母さん。

守ろうとして守れなかったあの人が、

私はーー!


深呼吸をして落ち着くと、私は見慣れない青年を見つめ直した。

威嚇をするように身体を縮こまらせ、獣のように髪を逆立てている彼を。

自分を守るようなその姿に、哀れみを覚えそうになった。

あの時のお母さんと似て、青白い肌。

特徴的な、野生の鼠のように限りなく黒に似た長髪。

十代後半といった外見なのに、私よりずっと年上な雰囲気を感じた。

そんな中強い違和感を感じるのは、採寸の合わない汚れボロボロになった着物だ。

一体いつから着て洗っていないのか。

これほど変色し破けては、もはや着続ける意味はないように思える。

殺気を放つ彼の瞳には、救いようのないような怒りと憎しみがあった。

けれど、怖くはない。

初対面なのに、何処かで見たことのある顔。

何より、彼の外見は弱々しかった。

不健康極まりない。

手足など枯れ枝のように異常に細く、握れば折れてしまうのではないかというほどだ。

「…お前、笑ったな。」

「………え?」

「俺に向かって、笑ったな………」

「………」

果ての見えない夜の海のように不安定な瞳が、私の瞳の奥を覗き込むように開いていた。

低く地を這うように言ったのは、私がお母さんと呼んだ時のことだろう。

「……」

「………」

「…………聞いて、どうすんですか?」

ビリビリッ、と電波に似た振動波を受けて体が震えた。

彼から、より一層強い憎しみの感情を受ける。

いつまた首を絞められてもおかしくない状況に、始めてここまで緊張した。

何とか感情を抑えて呟くように質問する彼に、私は出来るだけ正直に答えた。

「何で、笑った…」

「………気の迷い、です。」

「………」

納得したのかしていないのか、彼は俯いて小さくふっと笑った。

でもそれは、喜びによるようなものではない。

苦笑に似た、自嘲や諦めを含んだもの。

どうしてそんなに苦しそうな、悲しそうな顔をするのだろう。

思わず言葉が漏れ出た。

「………あなたは、誰ですか。」

「…誰、だと?」

また、雰囲気が変わった。

彼は顔を上げて、呆然としたようにこちらを見た。

そして憤怒の表情をしたかと思うと、明らかに衝動的にこちらに向かって来た。

「誰、だと…?

…ふざけやがって!!」

「うぐっ…!?」

胸倉を掴まれ、高く持ち上げられた。

何故怒っているのかわからない、混乱しながら解決策を手探った。

「嘘つき…嘘つき…嘘つき…

嘘だあぁあぁ!!」

「本当にっ…、知らなくて…っ」

一秒にも満たない、それでも確かに数瞬。

彼の瞳に悲しみが現れ、あっという間に絶望が溢れた。

身体を震わせながら一言一言紡いで行かれる言葉達が、ゆるりと私を縛っていく。

「もういい、全部壊してやる…

消してやる…苦しませてやる…殺してやる…

呪ってやる…!」

嫌な予感が、した。

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