第310話 「春の雨」




 朝から静かに雨が降っていて、ベランダの花がしっとりと濡れていて「ああ……」と安堵とも溜息ともつかない吐息が出る。

 囚人ではないのに、四方が鈍重な曇り空に閉じ込められているような気がする。

 かといって、家にいるすべもなく、寒い外へ出て行かなくてはならないのが憂鬱だ。

 どうぜ気圧が低いのだろう。足がふわふわしたかと思うと、心がザクザクとささくれる。

 だって春だもの。空も心も不安定になりがちだ。


 中原中也も「春の雨」という詩で同じようなことを言っている。


 ***


 昨日は喜び、今日は死に、

 明日は戦い?……

 ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、

 道に踏まれて消えてゆく。

 歌いしほどに心地よく、

 聞かせしほどにわれあえぐ。

 春わが心をつき裂きぬ、

 たれか来りてわを愛せ。

 ああ喜びはともにせん、

 わが恋人よはらからよ。

 われの心の幼くて、

 われの心に怒りあり。

 さてもこの日に雨が降る、

 雨の音きけ、雨の音。


 ***


 春わが心をつき裂きぬ!

 春がザクザクと刺さってくる!

 春め。来るなら来い。


 何と戦っているんだ私! わからん!

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