第220話 夢なら醒めなければよかった




 最近、毎晩のように幸せな夢をみる。

 私はどこともしれない真っ白な部屋にいて、椅子のようなものに腰かけている。

 が、椅子の固さは伝わってこず、浮遊感があって、足も地についていない。

 目の前には大きなテーブルがあって、向かい側には色んな人が座っている。

 それは毎回違うのだが、相手も必ず一人であり、好きな芸能人であったり、かつて親しくしていた故人だったりする。


 彼らは絶えずにこやかに笑いかけてくる。どこまでも穏やかで優しく、満ち足りた顔をしている。

 私はその笑顔に応えて笑う。声を出さずに笑う。

 懐かしさとそれに伴う様々な思い出がこみ上げて来て、胸が苦しくなり、泣きそうになり、それでも無理に笑い続ける。

 その場を動くことはなく(動こうと思えば動けるようなのに)、終始何も起きないのだが、部屋は温かく快適で、私はこれ以上とない多幸感に包まれていて、その場に永遠にとどまっていたいと思う。

 夢の中の私は、これが夢であるとは微塵にも疑わない。白い部屋が現実だと信じ込んでいる。したいこともなく、欲しいものもなく、意志もなく、疑問も抱かず「ただそこに茫洋と在ること」がたまらなく幸福である。


 なので、目覚めて夢だと知った時のガッカリさといったら半端ない。

 どうして夢なのだろう、あの時が停止したような部屋でぼんやりしていた方が良かった……と目覚めたことを心底悔しく思う。それくらい幸せなのである。いや、幸せだった、というべきか。


 それから起き上がるまでがまた憂鬱で、あちらを現実と信じたまま呑みこまれてしまえば良かった。醒めなければよかった……と、どうしようもないことをうだうだと悔やむ。

 季節のせいかもしれないし、気圧のせいかもしれないけど、その時はすこぶる本気かつ真剣にそう思っている。

 夢と現実の区別がつかなくなったら社会人としては終わりだろうけど、イキモノとしてはすこぶる幸せではないかと考えたりする。


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