第13話 「蛇を踏む」
私が人生で一番本を読んだのは、7~12歳の頃である。
テレビやゲームも好きだったが、暇さえあれば本を読んでいた。元々両親ともよく本を読む人で、家に文学全集から専門書、SF、旅行記、エッセイまで色んなジャンルの本が何百冊とあったし(だがどれも難しくて読むようになったのは中学生以降)、活字の本ならなんでも買ってくれた。本棚いっぱいに子供用のオールカラーの百科事典をそろえ、知人から不要になった伝記シリーズ、世界名作全集なるものまで貰ってきてくれた。
段ボール数箱にも渡る本の山に私は大喜びし、片っ端から読んでいった。
学校が終われば大抵図書館へ行って本を読み、地域の読書クラブ(学校外の私設コミュニティ)にまで入っていた。学校指定の教科書を買いに行った日は、その日のうちに国語の教科書と国語便覧を読みつくしてしまった。授業で習うまで待てなかったのである。
何を読んでも面白かったし、気に入った話は何回も繰り返し読んだ。
この時期の読書量を越えることは今後もないだろうと思うし、読んだ名作の知識には今でも助けられることが多い。
特に映画、アニメ、ドラマ等の映像作品を観て抱く既視感がそうで、話の途中なのに今後の展開やオチや元ネタがわかったりする。そこで「ああ、これ原作読んでるんだ……」と気づく。タイトルや作者の名前を忘れても、登場人物やストーリーは覚えているのだ。
知っているおかげで初めて会う人でも話が弾むこともあり、いやはや……本当にありがとう昔の私。
沢山本を読んで、泣いて笑って、感動してくれて。
よくやった。よく読んでくれた。
何の先入観もなく、無知ゆえに素直に、純粋に物語を楽しんでくれた。ありがとう。
大人になってしまった今はそうではないから、尚のこと痛切にそう思うのである。
ちょっとだけ、最近の読書も書いてみよう。
最近読んで良かった小説は、川上弘美さんの「蛇を踏む」。
第115回芥川賞受賞作品。話は蛇を踏んだことで、蛇に憑かれてしまった主人公の日常が淡々と綴られている。一見するとホラーなのかと思うが怖くはない。特に大きな事件も起きない。だが、主人公は徐々に蛇に侵食されていく。
やがて主人公が暮らす世界では、「蛇に憑かれることが別段珍しくもない」ことがわかり、人間と蛇の奇妙な共依存生活は続き、最後は主人公も読者も「蛇」という圧倒的理不尽と不条理に押し流されて終わる。
最初から最後まで問題は何一つ解決せず、終始喉がざらつくような気持ち悪さを覚えながら、しかし読後感は爽やかだった。
全くもって摩訶不思議な話である。この独特の世界観は川上さんにしか書けないので、高く評価されているのだろう。
ただ、私は同じ文庫に収録されている「消える」という短編の方が好きである。
これも主人公の家族(兄)が突然、存在するらしいのに見えなくなってしまう話。
なのに残された家族は騒ぐことなく、透明人間となった兄が存在する生活を淡々と受け入れる。
家族どころか、周囲の人たちも気にしない。
なんでだよと思うが、特に理由もなく、透明に生きることが許されている世界なのである。なんという寛大、寛容なのか。
読んでるうちに、こちらまで「まあ、見えなくても生きてるならいっか」と思ってしまうのだから、すっかり川上ワールドに呑み込まれている。
この温かな水のように、いつの間にか染み入ってくる文章は見事だなあと思う。
不思議だけどSFでもない話が好きな方には、ぜひともおすすめしたい。
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