第14話 上がらないチャック、肉肥ゆる初夏




 欲望のままにうまうまと肉やら揚げ物やらを食べていたら、4キロも太ってしまった。とはいっても、普段着は別にきつくなっていない。前のものが壊れてしまって以来、わが家には体重計がない。旅行先とかスーパー銭湯とか、健康診断の時くらいしか体重を知る機会がないのですっかり油断していた。


 何故、太ったことに気づいたかというと、最近喪服を着たからである。

 訃報が相次ぎ、ただでさえがっくりきているのに、喪服がきつくなって背中のチャックが上がらなかった時の衝撃といったらなかった。背中についた肉のせいで、途中からうんともすんとも動かなくなってしまった。後ろ手で触ると、背中の肉がぽよんぽよんと柔らかい。ヤバイ……。なんだこの柔らかみ。

 チャックが上がらないからといって、一着しかない喪服を着ないという選択はあり得ない。無論、太って喪服が着れないという理由で通夜や告別式を欠席することもあり得ない。買い替えている暇もない。上着を着れば背中を隠せるが、なにかの拍子でチャックが落ちないとも限らないし、何より中途半端に空いた背中が気になって仕方ない。

 結局、鏡の前でうんうん唸りながら、身を捩って四苦八苦して肉を押しこめ、無理矢理チャックを上まで上げた。

 着るだけで20分近くかかり、なんとも情けない気分になった。


 私は元々暑さに弱くて、夏になれば冷夏を除いて毎年夏バテに苦しめられる。

 食欲が激減して大好きな肉や油っこいものが一切食べられなくなり、食事は大体そうめんと冷やし中華とアイスクリームのローテーションになる。自他ともに認める大のお米スキーなのに、ほかほかごはんも食べなくなる。パンも辛い。

 とはいっても、さすがに人の目があるところで偏食はしないし、外食や会食で残したりもしないが、楽しんで食べるのではなく常に頑張って食べている。

 猛暑の東京ではなく、避暑地である軽井沢や日光あたりへ行くと食欲が戻るのでやはり単純に気候の問題のようだ。

 なので、7月~9月にかけて自然と体重は落ちる。秋から冬の間に数キロ戻り、再び夏で数キロ落ちてトータルで見れば体重は変わらないのだが、さすがに4キロはまずい。肥えすぎだ。

 あまり頻繁に着たいものではないが、今度喪服を着た時に脂肪と肉が入らず、チャックが弾けとんでは困る。


 なんとかせねば……これは痩せねば! と思いながら行きつけの定食屋に入った。

 メニューは何でも良かったが、トンカツとカニクリームコロッケの盛り合わせが期間限定でワンコイン価格になっていた。

 私は「期間限定」という言葉にひどく弱い。

 この四字がついているだけで、何か買わなければ損するような気になってしまう。実際、トンカツやクリームコロッケを食べなくても損などしない。

 しかし、それでも抗いがたい魔力があり注文してしまった。というか何も考えていなかった。惰性で注文し、しばらくたって定食が出てきたが、食べ始めて気づいた。ごはんの茶碗がやけに大きいのである。茶碗というかどんぶりである。

 メニューを見ると大盛り無料と書いてある。しかし、大盛りを頼んだ覚えはない。

 間違えたのか店員が気をきかせたのか、勝手に大盛りにされている。あーあ……と思いながらも、残すには勿体ないので全部食べた。

 完食してから気づいた。

 あ、これ既にダメなパターンだ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る