肆ノ二、見よ、これぞ絡繰党奥義、大一磨神初号機、見参!
兵之進は肩をすくめた。古骨の傘から手を放す。
傘は、たんぽぽの綿毛のように、ふわっ、と浮き上がった。
「ふるほね屋なぞ俺の性には合わんが、どういうわけか、こいつは俺に懐いてるらしい」
恋町は顔をそむけた。口をへの字に曲げる。
「……クッソ、やっぱ落ち着かねえわ。マジでひよじゃねえのかよ、こいつ」
雪駄で足元の石を蹴飛ばす。
兵之進は、剣呑な目を恋町へと突き刺した。
「あァ? どういう意味だ、そりゃあ?
「誰がだボケ」
「んな真似さらしたら、今度こそブッ殺すぞ」
「っざけんなイキリ野郎。そのツラでそのウザ絡みはやめろや」
「うっせェ、俺も綺乃も、たいがい同じツラだよ悪ぃかクソ町ウンコ町フンコロガシ町!」
「何だと貴様、それが上役に対する態度か!? おう、いい度胸だクソガキが、表に出ろ!」
「ああ!? 綺乃に色目使うなっつってんだよオッサンのくせに!」
「誰がだキモい誤解すんなしてねェわ全然!」
「嘘つけ毎回毎回綺乃そっくりのポンチ絵ばっか描きやがって、このヘンタイ肥え町! くらすぞコラ!」
互いに威嚇し合う野良犬さながら。
眉間に獰猛なしわを寄せ、首の毛を逆立て。橋のたもとで、がるるると唸り合う。
「……ああ、もう、やめてくれ。こんなことしてる場合じゃねえんだよ」
やがて恋町は額に手を当てて、げんなりとうなだれた。
「とにかく、暮れ六つを過ぎると、
念を押す。
この兄妹は、ずっと、そうして生きてきたのだ。
あやかしに憑かれやすい綺乃は、霊媒体質。無意識に霊を下ろす巫女のようなものだ。事あるごとに鬼やら厄やらに
だから、よほど具合が悪い時は、《あやかしの魂を喰らう》妖刀に互いの血を吸わせ、あるいは与えて、
「夜は、《あやかし喰らい》から鬼の気が逆流する。気は満ちるが、代わりに魂が食われちまうんだよ。ほっといたらすぐ、あいつは夜行の鬼に
「そういや、昼間も
と、言おうとして。恋町は兵之進の顔を見た。もごもごと口をつぐむ。
「余計なこと言ったらこっちが斬られるわ……」
「何か言ったか?」
「別に!」
冷や汗混じりにごまかした。
折り砕かれた傘の骨が、光につつまれてゆく。やがて傘は、夜空をあわく染め上げる幻想のごとき過去の姿を取り戻して、ほんのりと青白く浮かび上がった。
しるべのともしびとなって、行く手を照らす。朱塗りの欄干が、薄赤く浮かび上がった。
光に誘われたか、生物とも魔物ともつかぬ、けむくじゃらの子蜘蛛が駆け寄ってきた。するどい鳴き声を夜に走らせ、貼りつくように兵之進の肩へと飛び乗る。
「ピヨパ!」
ぽふ、と煙を上げて変化する。蜘蛛は、茶色の衣をまとった一寸法師の少女になった。黒真珠の数珠が首にかかっている。どうやら、悪い鬼ではなさそうだ。
「パプパ! ポッピ! ポイ!」
一寸法師は、まるで凧を揚げるかのように、糸を引っ張る。糸はキラリと光ってどこまでも伸び、闇夜に吸い込まれる。
「おう、見つかったか。待て、待て。兵之進。拙者も行くでござる!」
後方から、一磨の野太い声が響いた。
「一磨?」
さすがに驚きを隠せず、兵之進は振り返った。妖刀使いならいざ知らず、言うなれば普通の人間である一磨が、誰の助けも借りず、
「いやーすまんすまん。あやうく迷子になるところでござった」
一磨の巨体が、片手を振り振り、駆け寄ってくる。
兵之進は、眼をしばたたかせた。声と姿形から想定される距離感、遠近感が、なぜか、すごく、狂っているように見える。
どすどすと地響きが強まる。地面が小刻みに揺れた。
「むんっ!」
それは、流星のごとき噴煙を夜空に引いて、高々と闇に舞う。
「何だアレは。
恋町が、唖然と口を開ける。
兵之進は首を横に振った。
「俺にも、何が何だかさっぱり分からん」
「何が何だと言われても!」
でかい。
でかすぎる。
あまりにもでかすぎて何が何だか分からないものが、橋の袂に、ずううん、と。
土煙を蹴立てて着地した。
「忍法、大魔神の術!」
金に煌めく前立ての兜、
けだし、巨大。
ぷしゅう、と、蒸気の洩れる音がした。ういん、ういん、ういいいいいんがちがちがち、と。素っ頓狂すぎる謎の動作音までが聞こえてくる。
「見よ、これぞ絡繰党奥義、
全身これ甲冑! な装いをした巨大一磨が、大太刀をやすやすと振り回した。家一軒をも、その突風で薙ぎ倒しかねない。
けれんみたっぷりに、片足を上げ、四股を踏むにも似た大見得を切る。
ずうん、と。
信じがたい地響きが鳴り響いた。
「いざ尋常に、ご笑覧あれいッ!」
兵之進は遠い目をした。
「一磨……お前、人間じゃなかったのか、そうか……」
「あのニンジャ、明らかに頭のネジが五十本ぐらいゆるんでるな。良く見ろ。
呆れ果てた顔で、恋町は、兵之進の背中を小突く。
くわ! と、鎧武者の
「なに、近頃の忍者は
「オオオオーー!」
口の中に熱球がふくれあがる。
「焼き払え!」
夜空に、一直線の光条が走り抜ける。空が真紅に染まった。垂れ込めていた暗雲が二つに切り裂かれる。
天空が爆発した。雲は一瞬にして蒸発。雷を交える局所的豪雨となって降り注ぐ。
「これで綺乃どのを探し出すぞー! えいえいおー!」
一磨ロボは、ガチャガチャと腕を突き上げ、はしゃいだ鬨の声をあげた。
「……何か、真面目にテンパってたのが、馬鹿みたいに思える」
恋町は、げっそりと疲れ果てた顔で空を仰いだ。額に手を当てる。
「いや、あんたも十分おかしい部類だって」
兵之進は薄笑いで慰めた。
「気休めはいらねえよ……どうせ俺は妖刀持ってるだけの一般人だよ……お前ら見てると普通って言葉の意味が分からなくなるわ……」
恋町は、橋の真ん中で、どんよりとうずくまる。
ただでさえ薄墨のとばりをまとっているのに、さらにしょんぼりといじけた顔で、橋板にへのへのもへじを書いた。
「そんなことしてる場合じゃないって言ったのはあんただぜ、
古骨光月が、鬼火をまといつかせた。古骨の傘が照らし出す朧の光の向こうに、今まで気付かなかった黒い足跡が、点々と続いているのが見えた。
橋を渡り、闇の奥へと向かっている。
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