第11話:サイン

「おばあちゃんっていうのは、ありがたいもんだなぁ」

 誰もいない林の中を、大竹と設楽は手を繋いで歩いていた。指と指を絡ませ合う、俗に言う「恋人繋ぎ」だ。

 もちろん、今までに2人がそんな風に手を繋いだことはない。最初設楽が大竹の手を握った時、大竹は一瞬ぴくりと反応したが、その後は黙って設楽のさせるに任せてくれた。


「いつもは傍にいないお前を心配してくれてるんだろうな」

「うん。あんまり心配掛けないようにしないとって、反省したよ」

「そうだな」


 2人はそのまま、何となく言葉もなく歩いていた。ただ握った手を思い出したように前後に揺らしながら。

 大竹が時々全く喋らなくなることに、設楽は馴れていた。でもその沈黙は、居心地の悪い物ではなかった。

 今日は少し雲が出ていて、木漏れ日が柔らかい。木々の陰が滲んで見える。目の縁に鳥の陰が横切ったとき、ふと何かを思い出したように大竹が口を開いた。


「でもさ」

「え?」


 それはいきなりだったので、設楽は一瞬大竹が口を開いたことに気がつかなかった。


「いや、あんな風に言われると、何かお前を嫁に貰うみたいだな」

 意外と真面目な顔でそんなことを言う大竹の横顔を見ていたら、なんだか設楽まで本当に嫁にでも行く気になって、甘酸っぱい気持ちになってしまった。恥ずかしい。真っ赤になった顔を大竹に気づかれたくなくて、設楽は慌てて首を振る。


 ふ、雰囲気……。雰囲気変えなくちゃ……。


 設楽はとってつけたような明るい顔で、それでもうっすらと額に汗をかきながら笑った。


「あ、でも案外、ばあちゃん気づいてたりして!」

「おい」

 設楽の妙にはしゃいだ声の意味が伝わっているのかいないのか、大竹は焦ったような顔で設楽を見返した。


「だってさ~。俺達結構2人でイチャイチャしてるじゃん?ばあちゃん気づいてるのかもよ?」

「やめろよお前そういう事言うの……。マジで心臓に悪いわ……」

 大竹の顔がみるみる歪んでくる。


 そうだ。先生はこの位の顔をしてくれいた方が良い。だって、あんな風に優しく全肯定されてしまうと、嬉しくて嬉しくて、もう我慢が出来なくなってしまうじゃないか。


 設楽は大竹の指を絡めた手に、ぐっと力を込めた。


「先生が俺と卒業するまでえっちしないのは、俺とその先ずっと一緒にいるためなんだよね?」

「そうだ」

 大竹の目は真摯で、揺るがない。


 でもここに来て、大竹がちゃんと自分への欲求を持ってくれていて、それと戦っている事も目の当たりにした。それが設楽には堪らなく嬉しい。


「じゃあ俺も、俺が先生を好きで、先生も俺を好きで、ちゃんと俺を欲しがってくれてるって分かったから、俺もそれで良いよ」


 もう1度繋いだ手に力を込めると、大竹の手も設楽の手を強く握り返してきた。

 どちらともなく足が止まる。

 2人は手を繋いだまま向き合った。


「先生、今のは『アイシテル』のサインだよ。気がついた?」

「奇遇だな。俺もそう思って握り返したんだ」


 2人は妙に真面目な顔で見つめ合って、それからそっと、触れるだけのキスをした。


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