第21話 別れと出会い

 この便か、次の便を逃すと、次に乗れるのは明後日であった。大塚博士の気持ちを考えれば分からないことはなかったが、六人は笑うしかなかったのである。

 そのわめいていた博士には、わめくだけの理由があったみたいだ。わめいた原因は係員ではなく博士自身の書類に不備があったようで、ゲートにいた係員二人に両腕をつかまれると横にあるオフィスに押し込まれていた。

 それを見ていた六人はあっけにとられるが、冨田と山田は博士など眼中にないのか危機感がないのか、目の前にずらりと並んだ店が目に入ると興味津々きょうみしんしんと眺めていた。

「火星のコロニーでは、こんな物が特産品なのか?!」

 二人は手に取りしげしげと眺めているが、時刻を気にした山下が二人をかせていた。

「すぐに出発時間だ! 搭乗口で早く手続きをしないと・・・。」

 言われた四人は各々書類を持ちそそくさと行列に並ぶと、係員に書類を提示した。

 ロボットであっても人間であっても同じだろうが、心の底に偽造したというやましさがあるイーティ・ゼット1000は見ていて気が気ではなかった。しかし山下はと見ると、平然としている。

「山下さん、落ち着きませんね。」

「大丈夫だよ、どっしりとかまえていればいいのさ。」

 書類を疑うのが仕事の係員は四人が提示した書類をひつこいくらい目を通していたが、問題が見つけられなかったのだろう審査オッケーの合図をだすと、別の係員が手際よく四人に許可書の代わりにメモリーチップを渡していた。

 ギリギリだったが、この便に首尾良く乗れることとなった四人をイーティ・ゼット1000と山下は、後は見送るだけであった。ゲートを通過したイーティ・ティとイーティ・エックス10、そして冨田と山田がこちらを振り返って大きく手を振った。

 「もしかして、これが見納めなのか? それはないだろう・・・、イーティ・ティに限って?!」、見送るイーティ・ゼット1000の胸中に複雑な思いが浮かんでは消えていく。何人乗るのか分からなかったが、一台のエレベーターに一回に十人くらい乗ると直立した輸送船の搭乗口まで運んでいた。

 乗客がすべて乗り終えると輸送船は点火したようで、轟音と共に激しい炎を吹き上げた。そんな中、音に負けないほどの大きな声を山下は出すと、

「さあ、そろそろ戻ろうじゃないか。博士も、たぶん次の便には乗るだろうから、ここでグズグズしていてはまずい。それに船はすぐに飛びたつだろうから、見送ったらさっさと戻ろう。」

と、他人ごとのようにイーティ・ゼット1000に言っていた。輸送船が大地を離れジワッと浮き上がっていくのを眺めながら、イーティ・ゼット1000は山下ほど事務的にはなれず心底四人の無事を祈っていた。

 帰る道すがら山下は、

「僕はあらゆる機会を捉えて、自分の居場所である議会で四人のために法案や政策などで援護射撃をしようと思っているんだ! イーティ・ゼット1000、君はどうする?」

 大塚博士がいる場所から離れて、安心したのか山下は言っていた。

「私はイーティ・ティとの約束通り、敵のロボットにロボットの尊厳を説こうと思っています。この戦争を一日も早く終わらせるには、それが一番の近道だと考えていますから。」

「しかし、どうやって?」

「戦場に出ます。」

 山下は驚いた顔をすると、

「それは、危険だ! 危ないどころか、死んでしまうぞ。他に方法はないのか?」

と問い返していた。

 二人が見送りで別れて数日後、イーティ・ゼット1000は政府によって厳重に保管されていたイーティ・エックス10の感情ユニットを、山下の働きで手に入れることができた。そして補給庫を離れ、やはり山下の手引きで偵察ロボットの目をかいくぐり地下道を抜けると、地上で戦っているジェーピーエヌの戦闘ロボットの元へと地表に出るハッチを開けていた。

「僕ができるのは、ここまでだ。」

 先導してくれた山下は、ハッチに手をかけたまま言う。そうして閉める前に、

「それではイーティ・ゼット1000、今の僕はこんな言葉しか思い浮かばないが、くれぐれも気をつけて!」

と言い残し、素早くハッチを閉めていた。

 地上にのそりと出たイーティ・ゼット1000、また慌てて身を隠した山下もだが、ハッチが設置されていた場所は最悪なことに戦闘ですでに敵の領地になっていたのを知らなかった。ただ一つの幸運は、イーティ・ゼット1000が敵の背後に出ていたことである。

 「うん?!」、灯りもないところで見なれないものを目にしたら誰だってそうであろうが、イーティ・ゼット1000は目の前にいるものが理解できなかった。細い筒状のものが、瓦礫がれきにもたれて前方を注視している。

 「なんだこれは?!」、イーティ・ゼット1000は首をひねりながら、もっと良く見ようと目をこらした。筒の上に底の浅い土鍋にアルミの鍋のふたが乗せられていて、アルミの鍋のふたの両端に小型の監視カメラのような物が付いている。

 「何だ?」、イーティ・ゼット1000が不思議に思っていると、その不思議な物・・・、土鍋の頭が振り返った。

「うん? お前、誰だ・・・。」

 何と、それは敵のロボットだったのである。。「まずい!」と思ったイーティ・ゼット1000は背後に出たのを幸いに筒に手をかけたが、触れたのはカバー状のものだった。考える前に、そのカバーをはずしたイーティ・ゼット1000は中を探ると、スイッチらしきものがあって思わず動かしていた。

 何か分からなかったが、筒は瓦礫がれきにもたれたまま倒れていく。「これはラッキーだ!」と思いながら、レーザー光線や粒子ビームが撃たれるたびに強烈な光が辺りをてらすので、その光で筒の中を見るとイーティ・ゼット1000が動かしたのは幸運にも動力中継スイッチであった。

 「なんでこんなところにスイッチが?」と思うのだが、「さて、この敵をどうするか?」、イーティ・ティから概略だが人類の歴史を学ぶように言われたときに見たカエルのオモチャそっくりの顔と、体はどう見てもカマキリだった。一点違っているのは、鎌がないことである。しかし、ジェーピーエヌのロボットとはえらい違いであった。

 どこに人工知能が埋め込まれているのか? 声が出せるので声帯は顔の部分であろうが、筒の中はどう見ても簡単な基盤と配線しかなかった。すると重要な機能は、撃たれても大丈夫なように腰か脚に配置されているのか。敵の構造が簡単に分かるとは思えないので、イーティ・ゼット1000はもう一度動力スイッチを入れてみることにした。

 再び動力がはいったカマキリロボットはイーティ・ゼット1000を見て、

「お前、誰だ?」

とあらためて言っていた。面倒くさくなったイーティ・ゼット1000は自分は敵方で等々、素性を打ち明けた。するとカマキリロボットはカエルの顔で、

「おお、おめえ敵なのか?! 初めてまじかで見るぞ、よろしくなっ。ヘイ、オヤビン!」

と言いだしていた。それを聞いたイーティ・ゼット1000は、「オヤビン?」に首をかしげる。

「アイ、アイ、サア! オヤビン。」

「どうして・・・、私がオヤビンなんだ?」

「あっしは一兵卒で、話を聞いているとおめえさんは偉い人だ。だから、オヤビンだ!」

 言われたイーティ・ゼット1000は、バカバカしさに苦笑いするしかなかった。その時である、二人がいる瓦礫の側で戦闘が始まっていた。レーザー光線と粒子ビームの目もくらむような光が飛び交い、炎が上がっていた。「危ない!」と思い側を見ると、カマキリロボットは身動きもしない。可哀想にやられたのかと思って軽く突くと、少しして動き出していた。

「君、大丈夫か?」

 イーティ・ゼット1000が尋ねると、カマキリロボットは頭をかきながら、

「エッヘッヘ、何時ものことでさあ・・・。」

とアッケラカンと言う。イーティ・ゼット1000は、再び人類の歴史を思い出していた。その中で非常に小さいアリという生き物が何かあると動かなくなったり、仲間がセッセと働いていても平気でさぼるアリもいるということを思い出していた。

 「もしかして、こいつはそのアリといっしょか?!」イーティ・ゼット1000の思いをよそに、カマキリロボットはベラベラと身の上話をはじめた。その話をよく聞くと、カマキリはジェーピーエヌのロボットよりかなり強いのが分かったのである。体を覆う表皮もなく構造も簡単な、こんなロボットが自分たちより強い? イーティ・ゼット1000は信じられなかったが、事実は事実として受け入れるしかなかった。

 「これでは仲間が、何人でも殺られる。何とかしなくては?!」、イーティ・ゼット1000は思い切って、

「私は、もう戦いには辟易へきえきしているんだ。何とかして、この戦争を終わりにして平和な星にしたいのだが・・・。」

と、イーティ・ティの思いをぶつけていた。

 それを聞いたカマキリロボットが、思いもよらない言葉を吐いた。

「あっしもなんでさあ。それに仲間の何人かも、同じ思いでさあ。」

と言いだしたのだ。イーティ・ゼット1000は、このカマキリをただのナマケモノのアリと同じかと思っていたが、意外に頭が良さそうなのにビックリしていた。さらに、

「ヘイ、オヤビン。二・三人心当たりがあるので、これからチョックラ行ってきまっさぁ。」

と言うなり、瓦礫がれきの影を出ると匍匐ほふく前進で仲間のところを目指した。見ていたイーティ・ゼット1000の心に、「裏切られるのでは?」という懸念が湧く。当然だが敵なので拿捕だほされるか殺されるかもしれないという思いと共に、あのカマキリを見ていると、どこか信じても良いという思いもあった。

 イーティ・ゼット1000があれこれ考えていると、向こうから四つの影が兵隊らしく匍匐ほふく前進をしながら、こちらにやって来るのが見えていた。「ああ、やはりあの体だと標的としては難しいぞ」、頭は平べったく、胴は筒状で、尻と脚はがっしりしているが地上を這っていれば、それほど標的になるとは考えられなかったのだ。

 四体は少しして瓦礫がれきの影に着くと、身構えているイーティ・ゼット1000の前で例のロボットが立ち上がり、

「オヤビン、こちらが班長です。」

と言って、一体のカマキリロボットを紹介した。紹介されたカマキリロボットは武器を置くと、黙ったまま手を差し出して握手を求めていた。

 驚いたイーティ・ゼット1000だが再び人類の歴史を思い出すと、太古に武士という者がいて百姓と呼ばれる農民から、平時は年貢を取り上げ戦いの時には歩兵として駆り出していたことを思い出していた。

「お初にお目にかかりやす。あっしはウーロン、こいつらの班長でござんす。オヤビン、よろしくおねげえいたしやす。」

と言っていた。


                               第一部 完

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ET-T ゆきお たがしら @butachin5516

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