あすへあすへと。

kt60

第1話

 極めて普通の男がいた。

 頭も平均、体力も平均、人格も普通。

 人から好かれる性格をしているわけではないが、嫌われる性格もしていない。

 そんな男だ。


 ただ男には、ひとつ大きな欠点があった。

 嫌なことや決断を、先延ばしにしてしまうのである。


 若いころからそうだった。

 学校の宿題が、期日までに間に合わない。


 だがそれを、正直に言えない。

 遅れたことを咎められるのでは――と思ってしまう。

 遅れても出そう。

 そう思うことができなくなってしまう。


 期日に合えばよいのだが、遅れてしまうともうダメだ。

 あした言おう。あした言おうと思いつつ、あすへあすへと延ばしてしまう。


 学校であれば、大きな問題にはならなかった。

 教師に叱責を受けたところで、頭を下げれば問題なかった。


 会社では困る。

 ミスした直後に言えば何とかなることも、男はだらだら延ばしてしまう。

 あした言おう。あした言おうと思いつつ、あすへあすへと延ばしてしまう。

 小さなミスを、大きな被害にしてしまう。


 そして男は、それ以外の能力は普通だ。

 逆に言えば普通どまりだ。

 当然のようにクビになった。


 男は落胆する。

 それでも希望は捨てていなかった。

 想いを寄せる女性がいたのだ。

 それは花屋の店員で、とても気のいい感じの人だ。


「花のような笑顔とは、まさに彼女のための言葉だ」


 好きな人を想う時の言葉も、普通で平凡な男であった。


 何とかなる。

 彼女さえいれば、自分の人生は明るい。

 男は、そんな風に考えていた。


 けれども、声をかけることすらできない。

 拒絶された時のことを考えてしまう。

 あした言おう。あした言おうと思いつつ、あすへあすへと延ばしてしまう。

 女性は、他の男とくっついた。


 男は絶望する。

 仕事をクビになったことが理由ではない。

 好きな女性が他の男とくっついたことが理由でもない。

 あすへあすへと延ばす自分を、治せる気がしないのが絶望だった。


「こうなったら首でも吊るしか……」


 縄を目の前にするが、尻込みする。

 吊るのは怖い。

 死ぬのは怖い。

 あした死のう。あした死のうと思いつつ、あすへあすへと延ばしてしまう。


  ◆


 長い年月が経った。

 男は、世界一の長寿となっていた。

 取材にきた人間に、長寿のコツを聞かれて答える。


「長生きのコツですか? あすを見続けて生きることですね……」

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