第七話:さりげなく大がかりな
「【外宇宙】火球をみたらageるスレ【萌ゆ】」というものがある。
火球とは、一般にマイナス3からマイナス4等級よりも明るい流星の事で、隕石や破損した人工衛星の金属片などが地球外から地表に降る際、大気中で蒸発したものがプラズマ化し、一定以上の明るさで発光するのを捉えた現象をいう。
さて、インターネットの大型掲示板[無名都市]はスレッドフロート式だ。
書き込むとそのスレッドが一覧で一番上に移動する。実際には[sage]という文字列を入力しスレッドの位置を固定しない限りはなにをしたって上がるのだから[age]と表示する必要はない。ただ、同好の士に「意図的に存在を知らせる、気付かせる」意思の発現としてageるのは様式美にすぎない。
そのスレッドが上がったのは一本の動画が投稿されたからで、それは車載されたドライブレコーダーの録画映像だった。
「運転してて窓の外を見てたらUFO的ななにかが山に突っ込んでった!
疲れて幻覚かよ、ヤベーってドラレコ再生したらマジモンキター!
霧谷区のルート6を北に走ってたから、落ちたの霧生ヶ谷峠のどっか。確認頼む」
投稿された7秒の動画にあるのは、進行方向、フロントガラス左上から翡翠色の飛翔体が紫金に滲み、そして魂魄の尾のようにたなびきながら右下の晦冥へ高速で突入していくさまだった。
「23時過ぎ@東区瑠璃家町」
「で、気象観測気球?」
「おうし座流星群南群の極大日って今頃の時節でしょ」
「いあいあはすたー」
「アンブローズ・ビアスか。羊飼いの神さまの名前だっけ」
「ハスターはアルゴル型の食変光星
「中央区の第一庁舎からグリーン、ホワイト、ラベンダーに変化するのを目視」
「地球から空気がなくなるんですね。分かります」
「自転車のチューブ、間にあわなくなってもしらんぞーーーっ!!」
「天狗様だから。ハレー彗星じゃねーよwww」
「誰だよ、でたらめな口笛がずっと鳴り響いてて眠れないんだが」
「ほぼ無風。風鳴りでなければ、音階が狂った、とにかく不気味な口笛という表現がしっくりくる@第一庁舎屋上」
「フレンマリオン氏乙」
火星と同等のマイナス3.0実視等級規模であったためか、天文V.I.P達を狂喜させ、上記のような書き込みは翌朝まで続く。ちょっとした祝祭会場さながら。
いつもなら陽が昇りきるころにはスレッドの住民は各々の棲み処に引っ込む。第一に生活があるし、なんといっても年中どこだって祭りはあるのだから。
真霧間科学研究所、通称M研から提供された観測データがそれを許さなかった。
発光体の視直径が18秒角を超えていること(補足:腕をめ一杯突き出した際に目視できる拳の幅が10度ほどである)。
拡大静止画像を確認すると大気圏突入時にプラズマ化したというより、それ自体が不安定に、だが力強く明滅していること。緑や紫に見えたのは、実は無数のシアン光点やマゼンタ光点、イエロオ光点の集合体が夜空のパレットで混合され、そう映ったのだ。
また、周囲の夜気を”喰らう”かに特異な空間の歪みを帯びていること。
地球の引力に捕らわれず膨張しあるいは収縮という不規則な変容をし続ける蠢動する塊であること。
”それら”は、深淵なる外宇宙から飛来したのではなく、中間圏と熱圏の境目、海抜高度およそ85キロのカーマン・ラインから、まるで陰鬱なか黒い沼からぼこっとあぶくが沸き立つように外次元の開口部から”突如”現出していること……。
霧生ヶ谷の11月は濃霧の朝を迎えることが多い。
峻険な補陀落山も雲海に呑まれている。
先を見通せないくらいの乳白色でいて褐色がかった霧がやけに煙たい。
白い綿毛状のなにかが宙中を覆い降りてくる。
天を仰ぎそっと手のひらをかかげてみた。
かすかな痛みが奔る。
ふわふわと着床し受胎するかに足盤が伸び。皮膚にあわく融けたのは、
雪ではなく、降灰でもない。
四方八方に円錐形をした口吻が放射状にはじける。
いとわしく邪悪な声を漏らす、
それは、
ポリプ状をしたヒドロ虫の群体に見えた。
追記。
正式に「ジーン汚染災害」と認定。
ヒトの同位性を保持しながらも苗床の対象としてなにものかがゲリラ的に
今のところ、ただちに健康に対する被害は認められない。
続く
「第壱拾漆話:童子沢の怪」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881029941/episodes/1177354054885075735
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