第六話:使役されるもの、諸牛頭

 一笑に付す話なのかもしれません。

 と、前置きしてFさんが失敗談を語ってくれた。

 アハハと、聞き取りをしていた時には怖くとも場は和んだのである。ひとえにFさんの人柄であろう。テープ起こしをしている最中、ふと気になって調べてみたら霧生ヶ谷郷土史から葬られた出来事と結びついてしまった。点と点が繋がる。


 試験監督をしていたときの話。

 仮想化基礎の検定を行なった初めての日でした。

 セキュアオンラインって、技術を体得するのはもっぱらシステムエンジニアだけの世界って時代は過ぎたんです。

 概要を知る、と知らないでは雲泥の差がありまして。クラウドサービスからの情報漏えいが世間を騒がせていますが、危機管理がてんでなってない。

 試験請負上、詳しくは話せませんが、生き残り戦術で企業の中間管理職が尻を叩かれたんだと思います。

 親の齢ほどの、つまり「ド偉いお客さん」相手に僕は壇上にいる。

 穴という穴から、即席に詰め込んだ題目が漏れちまう、早く早くとせっつく、狂おしい幾筋もの視線に射殺されるんじゃないか、身震いしてガチガチになっちゃって。


 それでとちったんです。


「それでは受検者の皆さん」とご案内するところを、

」と言ってしまいました。

 老獪な人らが爆笑ですよ。

 ぶふっと噴出すオジサン、しかも最前列。緊張感が解けたのか、皆さん柔和な目に戻られていました。失態で僕は意識が飛びそうでしたけど。

 どうにか立て直そうと深呼吸一つして、会場を睥睨しました。

 

 途轍もない緊張感が僕を奇怪しくしたんだろうか。

 なにがって?

 夜明けにうなされる悪夢のような何かが眼前を埋め尽くしていたんです。

 床から天井までみっちりと質量のある、それでいて不定形にひしめく……円柱。

 可塑する無数の拳ほどの小泡が纏まっては牛頭ほどの大泡となり弾ける。ぶくぶくぶくぶくと。

 弾ける度、緑の燐光が点っては消えてを繰り返して。またたく目でした。

 何か漏斗状に口径の開いた……あれは発声器官なのかもしれない……。

 牡牛が喘ぐようなぶふぉーぶふぉーとした呼気に甲高い声が混じっていました。

 りにてけり、言葉にするとそんな感じです。

 理にて……吏にて来たり?


 理にて来り、吏にて来り、

 りにてけりりにてけりりにてけり……。 

 

 そこかしこからにじみ出てきて会場はもう溢れんばかりで。

 不愉快な厭わしい緑色に圧殺されるっ!

 咳払いで僕は悪夢から戻りました。先程の爆笑を大人げなかったと釈明する生真面目な年長者に僕は救われたのです。

 それにしても、受刑者たちはどこからきたのでしょう……。 


 九段ガーデンビルの定礎にまつわる都市伝説。

 通常、補陀落山から産出する花崗岩が最上とされ礎石に用いられるが、

 一説によると「霧生隧道跡碑」という碑石が転用されている、そうだ。

 霧生ヶ谷水路史編纂室から拝借した私文書を紐解くと、戦後復興の一環として地下鉄計画が持ち上がった。

 浅いところでも八十メートル以深というから、大深度地下の先駆けである。

 計画を先導した真霧間まきりま家は人的資源の一切を私財でまかなうと宣言し、垂直ボーリングで掘削調査を開始。結果として計画は頓挫した。

 とんでもないものにぶち当たり、恐れた市当局が計画を中止させたという。

 その「とんでもないもの」が何なのかは不明だ。

 太古の遺構である、

、インターネットの大型掲示板[無名都市]ではまことしやかにそう囁かれている。

 地下鉄計画自体、公文書に残っておらず、調査が進んでいた立坑の正確な位置は隠匿されたままだ。

 掘削時に出た土砂の中に面影石があり、旧い文字が刻まれていた。

 

 為威神いしんのため 宮殿全造營きゅうでんぜんぞうえいす 諸牛頭もろもろのごず 吏於来りにてけり


 この面影石、

 やまとーベルジカ岩体で採取された花崗岩質片麻岩にそっくりなのだ。

 第十四次南極観測隊の成果である。

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