A05

「…………」


 なぜ手を伸ばそうと思ったのかはわからない。

 ただ何となく、そうすることがごく自然であるような気がして。

 気が付けば僕は、何か吸い寄せられるように、ゆっくりと岩の割れ目に手を差し入れていた。


 その途端。

 岩に刻まれていた模様がボウッと発光したかと思うと、次の瞬間には岩全体が音もなく崩れ去った。

 細かい塵になったみたいに、風に乗って消えていく。


「なっ……」


 驚いて手を引っこめると、ガシャン、と何かが地面に落ちた。

 さっきも見えた鈍い光の正体――それはやはり、剣だった。

 錆びてボロボロだが、わずかに光っているような気がするのはなぜだろうか。

 いや、ひとまずそんなことはいい。

 もしかしたら、これが……。


 伝説の、武器。


 やっぱりあったんだ。

 まさか岩の中に埋まるような感じだとは思ってなかったけど。

 とても使えそうにも見えないが、とにかく発見したことは事実だ。


「おーい皆、武器っぽいのが……」


「てぇぇぇい!」

「『疾風陣雷エリアホワイト』!」

「……シュッ」


「おーい……」


 三人とも、とても聞いてくれそうな状態じゃなさそうだ。

 まあそのうち気付いてくれるとは思うんだけど。

 とりあえずもうちょっと離れておいた方がいいだろう。

 そう思って剣を拾い上げた、そのとき。


「え?」


 最初、手の中で何かが輝いたのは、見間違いじゃなかった。

 その現象は、僕が握っていた剣の柄から始まって、剣先へと進んでいく。

 朽ちたと言っていいほどボロボロだったはずの剣が、輝きを取り戻していったのだ。


 いや、言い方が正しくない。

 それはまるで何か別の存在へと置き換わるかのように。

 剣が――生まれ変わるかのように。

 僕が持っていた『それ』は、端から端まで真っ白な、見たこともない剣へと変貌していた。

 驚いて剣を落としそうになる。


 何だ、これ?


 金属とも大理石とも違うような、不思議な物質で創られているらしきその剣。

 静かに発光している刀身はあたかも生きているかのようだ。

 これか。これこそが本来の、伝説の武器。

 だけど、どうして急に……?


「ヨシトっ!」


 ファレンの大声で我に返る。

 気が付けば、怪物が突如僕の方に向かって……ジャンプしてきたぁ!?


「うわあああああああっ!?」


 ちょっと待ったどうすんの? どうすんの!?


「はあっ!」

「『日光縛りクロスシャドウ』!」

「……っ」


 落下してきた黒い巨体は、僕ごと地面を押し潰す直前でギリギリ止まった。

 ファレンとサリサが一撃かますのと共に、クメルパの魔法がネットのようにして怪物を受け止めていた。

 一瞬でどうにか先回りしてくれたらしい。

 ……が。


「ちょっと何コイツ、急に重く……!」

「この魔法はわたくしまで重さを感じるから嫌なんですけれど……この重さは……!」

「……重い……」


 グググ、とまるで重量が増していくかのように。

 その巨体を受け止めている三人が揃って声を上げる。

 僕の目の前で止まっていたはずの黒い塊が、ズッ、と少し近付いてくる!


「なっ、あ……」


 ちょっと、これヤバいんじゃないのか?

 このままじゃ、皆一緒に怪物の下敷きに……。


「ヨシトあんた離れて! 巻き込むから!」

「そうですわヨシトさん!」

「……走って……!」


 三人の声が響く。

 そうだ、逃げなきゃ。

 僕がいたら皆の邪魔だ。

 足手纏いにならないように、さっさとここから離れなきゃ。


「…………」


 わかってる。

 そんなことは充分にわかっていたんだ。

 今までだって、こと戦闘において僕が何かの役に立ったためしがない。

 なのに。

 どうしてこのとき僕は逃げ出さなかったのだろう。


「ヨシト聞いてんの!?」


 初めて三人がピンチらしいピンチに陥ったから?

 それは確かにあるかもしれない。

 だけどたぶん僕はこのとき、助けなきゃ、って思うよりも。

 まったく別のことを考えていたような気がする。


「ヨシトさんお早く!」


 それは、本当につい何秒か前の僕だったら決して思わなかったであろうこと。

 今までの人生で、おそらく一度も感じたことのない感覚。

 ここ最近で数多く見てきたモンスター達の中でも最上級に奇怪で強いこの存在が、目の前まで迫ってきているこの状況で。

 僕は、確かに思ったのだ。


 ――斬れる。


「…………」


 気が付けば僕は剣の柄を両手で握っていた。

 言っておくけど剣道だってロクにやったことなかったし、伝説の武器を手にしたからって都合よく剣術まで出来るようになったわけでもなかった。

 だから、ただ思いっきり振りかざした。両手を天に掲げるようにして。


「……ヨシト……!?」


 逃げ出さない僕を見かねたらしいサリサが駆け寄ってきたが、その歩が止まる。

 僕が何をやってるのか混乱しただろうけど、それでもすぐにハッとした顔になる彼女。

 目が合うと、逃げろと言う代わりにサリサは叫んだ。


「……斬って!」


 その言葉を合図にして。

 力任せに、叩き付けるように、僕は両腕を振り下ろした。


「はぁぁぁぁああっ!」


 ザグ、と固いような柔らかいような不思議な感触がして。

 僕が斬った断面は真っ白になり、そこから怪物の身体はどんどん漆黒から塗り替えられていく。

 白い光に染まっていく。

 そして同時に、その白はサラサラと砂のように変化していって。


「へ?」

「……これは?」


 ぽかんとした顔のファレンと怪訝そうな顔のクメルパ。

 その前で怪物は見る間に真っ白な塵と化し、やがてちょっとした砂山が一つ、後に残されただけだった。

 倒したのか。よりによって、この僕が。


「斬れた……」


 勢いで切っ先を半分地面に埋めたまま、僕は剣から手を離してその場にへたり込んだ。

 慣れないことをしたせいか、手のひらも腕もかなり痛い。

 でもそんなことはどうでもよくて。

 今、僕は何をやったんだ?

 三人があれだけ倒しあぐねていた怪物を、たった一撃で仕留めてしまった。


「ちょっとヨシト、あんた何してんの!?」

「いや、僕にもどうなってるんだかさっぱり……」

「どうも何もあんたがやったんでしょうがっ」

「あいててててて!」


 ファレンに胸ぐら掴まれて振り回されるが、僕だって何が何だかわからないのだ。


「剣、ですわね。しかし刀身から何から白一色、というのは見たことがありませんわ」

「……多分……じゃなくて絶対……これが……探してた、武器……」

「あの怪物を一蹴した事実からして間違いないのでしょうが、問題は――」

「……ヨシトが、使った……」

「ということですわね」


「何アレどこにあったのよぉおおお!」

「たまたま岩の中にぁぁぁあああああああ! ちょっと二人とも助けてぇ!」


「あの様子を見ていると、にわかには信じられませんわね。ヨシトさんに戦闘の才能は欠片もなさそうでしたのに」

「……強いから、剣を振れた……とかじゃ……ない、かも。さっきも……素人攻撃、だった」

「では剣そのものの強さであって、ヨシトさんが扱えたのはたまたま?」

「それも……違う……たぶん」

「ということは」

「見てないで早く止めてぇぇぇ!」


 しばらく僕たちを放置した後、ようやくサリサがすたすたと歩いてきてファレンを止めてくれた。


「ファレン……ちょっと来て」

「何よ? あ、それが今ヨシトが使った剣? 伝説の武器ってやつよね?」

「たぶん、そう……これ持ってみて」


 地面に置かれたままの剣をサリサが指差す。

 止めてくれたのは嬉しいけど誰かいたわってよ。死ぬかと思った。


「へー、真っ白ね。どれどれ……って、うわっ何これ!?」

「ファレンさん?」

「ぐぬぬぬぬぬ……お、っもーい! どうなってんの!?」


 剣を持ち上げたファレンが、信じられないといった顔で叫ぶ。

 最初、片手で軽く持とうとしたのだが、今はしっかり両手で柄を掴んでいる上に何となく腕がプルプルしている感じだ。

 え、重いって言った?


「ファレン何言ってるのさ、僕でも持てたぐらいなのに」

「なんであんたがこんなの振れたわけ!? ふざけてんの!?」

「それ僕の台詞じゃないかな……」


 僕の数百倍は腕力ありそうなファレンが持てない武器なんてないと思うんだけど。

 そんな重量を僕が持てるわけもないし。

 何だかよくわからないが、やってみせればいいか。


「じゃあちょっと貸してみて。はい」

「え? ……えっ?」


 ファレンが掴んでいる柄に手を伸ばし、ひょいと代わりに持ってやった。


「ほら、僕でも持てるし振れるでしょ。よく知らないけど剣の重さってこれぐらいなんじゃないの?」

「…………」

「ファレン?」

「あんた、が? まさか……」


 目を丸くしているファレン。何なの?


「えーっと。クメルパ、サリサ、どうなってるの?」

「それが判然としていれば話が早いのですけれど」

「へ?」

「サリサさん、つまりこれは」

「……ファレンはダメで……ヨシトは、使える……武器が、使い手を……選ぶ」

「では、やはり」

「???」


 何をぶつぶつ言ってるんだろう。


「まさか本当に出会えるとは……しかもそれがヨシトさんだなんて。偶然ですの?」

「……わからない、けど……少なくとも……運命的」

「確かにそうですわね。元々期待などしていませんでしたのに、何の巡り合わせか」

「ねえ二人とも、だから何なのか教えて欲しいんだけど」


 僕の言葉に、クメルパがひどく真面目な顔をして振り向いた。


「ヨシトさん。その剣は間違いなくわたくし達が探していた武器でしょう」

「やっぱりそうだよね。よかった」

「そしてそれは、ヨシトさんにしか扱えません」

「え? な、なんで?」

「伝説の武器と呼ばれる存在はおそらくいくつかあります。しかしその中でも唯一無二の存在が――聖剣。使い手を選び、聖剣使いと称される者だけが振るうことができる奇跡の刃」

「……はあ」


 急に聖剣とか言われてもなあ。そんなゲーム武器みたいな。


「あれ、ちょっと待って。僕がその聖剣使いだって言いたいの? そんな馬鹿な」

「信じられないのはこちらの方ですわ。けれど、あの怪物を斬ったのがヨシトさんなのは事実。何より――ファレンさんすらロクに持てない物体を、ヨシトさんが軽く担げるなんて、通常ではあり得ませんわ」

「いやいや、今のはファレンの冗談でしょ?」


 ねえ、と同意を求めるつもりでファレンを見る。

 しかしその顔は相変わらず目を丸くしたままだった。


「いや……いやいや、だって僕は別に。そもそも皆と違って戦闘とかできないし」

「そんなことはこれまでの旅で百も承知ですわ」

「でしょ? だからそんなご大層な人間のはずが……サリサ?」

「…………」


 すたすたと歩いてきたサリサが僕の前で立ち止まる。

 そして静かに、僕の持つ剣を指差した。


「そうだ、サリサならきっと使えるよこれ。どんな武器でも完璧に使いこなすしさ」

「……名前……」

「えっ?」

「それ……名前……何……?」

「名前? この剣の名前ってこと? 何言ってんのヴィストモルクでしょ、そんなこと聞かれても知らないよ……僕……あれ」


 僕、今何て言った?


「……やっぱり……」

「え? え? なんで僕、そんなこと知って……」

「聖剣の声を聞くことができるのは使い手だけ、と言われておりますわ」

「そんな。剣が、しゃべるわけが……」

「どう聞こえるかはわたくしたちにはわかりません。ヨシトさんは今どうやって剣の名を?」


 わからない。ただ、いつの間にか頭の中に入っていたんだ。


「名前の他には何もありませんでしたか」

「他?」

「聞こえたり、感じたりしたことが。今までにない何かを感知しませんでしたか?」

「あ……」


 怪物を前にした瞬間。

 斬れる、なんて思った理由は、まさか。

 この剣が僕にそう思わせたってことなのか。


「ヴィストモルク……」


 握ったままの白い刃をじっと見る。

 ファレンの怪力ですら振り回せないのに、僕にはそれができる。

 本当に、そんなことが?


「……ど、どうしよっか」

「戸惑うのも無理ありませんわ。わたくしたちも半信半疑ですもの。とはいえ、このまま旅をご一緒していただきたいのは変わりないですけれど」

「それはもちろん、僕の方も」

「よかったですわ。ただ、道中、少し剣の修行をしてみませんか?」

「あ、やっぱり」


 そうなるよなあ。

 大丈夫かな。最近見慣れて来たとはいえ、自分で怪物を真っ二つにしたりできるだろうか。


「うん、まあ、役に立てるなら何かしたいところだけど。あんまり期待しないで」

「構いませんわ。こちらこそお礼を言わなければ」

「でもちょっと残念だったよね。三人のうちの誰かが使い手だったらよかったのに」


 そしたら鬼に金棒どころか龍にミサイルばりに最強だったのになあ。

 けれどクメルパもサリサも小さく首を振る。


「いえ。それは少し違いまして」

「……むしろ……超、ラッキー」

「そうなの?」

「ええ」


 何だかよくわからないけど、戦える人数が増えた方がいいってことなのかな。

 このときはまだ、そんなことをただぼんやり考えていた。



 こうして僕は、聖剣の使い手とやらになってしまったらしかった。

 もちろん、それがどういう意味を持つのかなんて知る由もなくて。

 二人の様子がちょっと変だったわけも、ファレンがまだ目を丸くしてぽかんとしたままだった理由も(腕力で僕に負けたから、じゃなかったらしい)わからなかったけれど。


 僕はすぐに知ることになる。

 強さとか魔王とか、そういったこととは関係のない――彼女たちの、事情について。

 そして……迫られる、僕の選択についても。





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全知全能の俺 in ビッグバン直後の宇宙空間 カトーミヤビ @kato-miyabi

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